2008年11月30日日曜日

嗚呼無情

    京橋フィルムセンターで東京フィルメックス08の藏原惟繕監督特集~狂熱の季節~
     64年日活『黒い太陽(328)』。荒涼とした埋め立て地、盗んだ電線を焼いて中の銅を取り出している男たち。盗んで走り出す若者。彼の名は明(川地民夫)。銅線を売った金で、マックス・ローチのブラック・サンというレコードを買う。高級外車から男女が降りる。明にぶつかり落としたレコードをハイヒールで踏みつける女。金を払えばいいんだろうと言う男に、ジャケットのマックス・ローチに謝れと言って殴りかかる明。2人の車を盗み、怪しげな車屋(大滝秀治)に売りつける明。金は3日後だと言われ、帰りの車として貸してくれたのは、自転車にも追い抜かれるポンコツのオープンカーだ。
   街に戻ってくると人だかりがある。米兵同士が打ち合い、マシンガンを持ったまま兵隊が逃走中らしい。警察とMPが探し回っている。明は空襲で破壊され、廃墟となった教会に、セロニアス・モンクから命名したモンクと言う犬と住み着いている。犬と食べ物を買って帰ると、足を撃たれた黒人兵ギル(チコ・ローランド)がいる。明は、自分が黒人の作ったジャズを敬愛しているので、友達だと伝えたいが、全く言葉が通じないまま、マシンガンを突きつけられる。吠えかかってギルに殺されるモンク。街で外人相手の売春婦をしているユキ(千代侑子)をネグラに連れて来て通訳を頼もうと思うが、ギルはいない。ジャズで騒いで一晩を共にするが、金を持っていない明を罵って帰るユキ。車の後部座席に隠れていたギル。
   チンドン屋のバイトをする2人。白塗りのギルと黒塗りの明。ネグラに戻ると教会跡の取り壊しが始まりネグラが無くなった明とギル。車屋のオヤジの所に行き金を催促するが、約束は3日後だから、明日まで待てと言われ、明は途方に暮れる。ギルが海に行きたいというので、埋め立て地に行く。そこで、ギルの足に残っていた銃弾を取り出してやる明。ようやく2人の間に信頼関係が生まれたようだ。やっと名乗りあう2人。
   しかし、MPと警察の包囲網は確実に絞られていた。取り囲まれる2人。いつしか追い詰められ、倉庫の屋上に。そこにあったアドバルーンを身体に巻き付け飛び上がるギル。さらにロープを撃ってくれと頼むギル。躊躇った末、従う明。飛んでいくギルを見ながら、母親のところまで飛んでいけと叫ぶ明。何十人という警官達に捕らえられる明。
   うーん、ギル飛んでっちゃったか。『狂熱の季節』と出演者もかぶっているが、こっちは、中盤少しダレるかな。冒頭にマックス・ローチ・クァルテットの演奏がある。黛敏郎が音楽を担当した映画のジャズは、他の音楽監督と比べて、エッジが効いている上、映像と、グループの一体感があるような気がするのは気のせいか。
   64年日活『執炎(329)』。
   日本海を望む村の駅に、野原泰子(芦川いずみ)が降り立つ。今日は吉井拓治ときよのの七回忌の法要が行われている。昭和の始めに遡る、海で子供たちが遊んでいると、落馬した少女を見かけて走っていくと、娘は拓治を鼻ペチャという。拓治12歳、久坂きよの10歳2人の出逢いだ。
    網元丸吉の跡取りである拓治(伊丹一三)は20歳の徴兵前にしておきたいことがあった。太平洋を渡る船を作るための木材の買付だ。ある日、山奥で絶好の樹木を見つける。喉が乾き、山深い村落にある家に行くと、美しい娘に成長したきよの(浅丘ルリ子)に再会する。ここは平家の落人部落で、その日は、旧暦の七夕であり特別な日であった。和歌を詠んだり、能が舞われたり、時代を超越した風習に驚きながら、道案内をすると言って聞かないきよの。母(細川ちか子)は、「この子は、辛抱出来ない子だ」と言いながら、父(今欣三)と妹のあやの(松尾嘉代)に内緒にしろと言って許す山の中を歩きながら、初めて会ってからの拓治への思いを素直に話すきよのに惹かれていく。海の若者と山の娘との交際は、かってないことだったが、2人の人柄が、回りの人々からも暖かく迎えられた。しかし、拓治に赤紙が届けられる。汽車の鉄橋の上で、2人は口づける。拓治が出征する。辛抱が出来ないきよのは見送りに行かなかった。50通を超える手紙のやり取りで、お互いの気持ちを深めていく2人。
    3年後除隊とともに祝言を挙げる。山の娘が山以外に嫁ぐことは初めてのことだったが、そうした古い因習を破る二人を回りは暖かく見守る。拓治のいとこの泰子は東京の医専を出た医者だが、海軍将校の野原と結婚をする。第2次世界大戦が起こる。村役場の戸籍係(宇野重吉)は、召集令状を届けにくるので、女たちからは死に神のように恐れられている。若い男たちはどんどん出征していく。
   拓治にも赤紙が来た。必ず帰ると約束して行ったが、あまり手紙は届いていない。南洋で戦っているらしい。戦況の悪化に伴い、戸籍係のもたらすものは戦死の公報だ。ある時、戸籍係がきよのを訪ねて来る。凍りつくみなに戸籍係は、戦死ではなく、怪我で佐世保の病院に送られたという。足の銃蒼をが化膿していて軍医は片足を切断しないと死ぬと言ったが、きよのは生命の責任は自分が負うと言って不眠不休で看病し、足を切らずに済み、医師に奇跡だと言わしめた。除隊した拓治を連れて山深い小屋に二人きりで籠もって、過酷なリハビリをさせるきよの。医師の泰子は見かねて止めるが、自分の祖先は、ここに落ちてきて、源氏に敵を討つために生き延びたのだと言って耳を貸さない。しかし奇跡は起き、拓治は元通りに。命を賭けて自分を救ったきよのの気持ちを組んで、山を下りず、炭焼を始める拓治。
   しかし、若い働き手がみな戦争に取られ、老人と女子供ばかりになった村では、拓治に何かと頼ってくる。反対し続けたが、3日だけ山を下りることを許したきよの。しかし、軍に徴用された船の返却を認めさせた所で、戸籍係が拓治の下へ。弟の戦死かと思うと自分への赤紙だった。3日後には入隊だ。馬を借りてきよのの下に戻るが、なかなか言い出せない。結局不審に思ったきよのは拓治のポケットに入っていた召集令状を見つけてしまう。自分が戦傷を治したために、再び戦場に戻される皮肉に悲しむきよの。戦に出る夫を見送る時に女たちがつけて舞うために、代々伝わる能面をつけて、舞続けるきよの。
駅で拓治を見送るきよの。雪の中をお百度を踏む。徐々に、きよのの精神は病んでいく。夜道を全身びしょ濡れで歩くきよのに出会った戸籍係りは、殴られ、腰を抜かして逃げ去った。拓治が沖縄に向かう途中戦死した6月頃には、童女のように村の周りを彷徨うきょのの姿が見られる。あたかも、現実を受け入れることを拒絶したように。
   8月15日戦争は終結した。数日後、虚脱状態のまま、村では盆踊りが開かれた。きよのの姿を探すあやのと康子。その頃、鉄橋の上で、蒸気機関車の音を聞いて、きよのの精神は正気を取り戻す。拓治の家に戻り、拓治の遺影と遺骨を前にする。馬車に乗り、実家に戻る途中、自分はよる所があるので、歩いて帰ってもらえないかとあやのに言うきよの。きよのは、拓治と暮らした山中の家に行き、二人の幸せな日々を振り返る。実家に帰って来たきよのは、髪を切って仏壇に供えて姿を消す。初めて二人が出会った断崖から身を投げるきよの。
   藏原監督が非常にストレートに女の情念を描いた大作だ。若者たちの日常や、洒脱なサスペンス
などとは違い、日本人の歴史的な精神の奥行きが描かれる。勿論、重厚で落ち着いたモノクロの映像の中には、鉄橋の上で、汽車とすれ違い、ゆきのの手から飛ばされた番笠が、ゆきの自身のように、雪の中を舞いながら、村に落ちていく光景や、色々な表情を見せる日本海の姿など、監督の尖鋭な映像感覚に魅せられる。素晴らしい。女優として、演技が最も充実していた時代ではないかという気がする浅丘ルリ子の熱演も。
   阿佐ヶ谷ラピュタで山下耕作ノ世界。70年東映京都『日本女侠伝 鉄火芸者(330)』。
   シリーズ第3作。大正中頃の深川、辰巳芸者の小しず(藤純子)は、元貴族院議長の牧浦伯爵(伴淳三郎)のお座敷に呼ばれている。伊勢幸の女将から、辰巳芸者の踊りの発表の場、羽織会の止めで、清元の保名を踊らないかと言われる。今まで止めだった仇吉姉さん(弓恵子)を気遣う小しずだが、仇吉も年増で、旦那の安川(安倍徹)が米の買い占めで暴利を貪っているので評判が悪く、小しずを推す声が多いと言う。牧浦伯爵は、小しずに最期を看取って欲しいのだと口説く。そこに、とんぼ(正司照代)がやってきて、安川のお座敷で、半玉を泣かせているので何とか助けてやってくれと頼む。酔った振りをしてお座敷に乗り込む小しず。安川への捌きっぷりなど、芸者の同輩、後輩から慕われる小しずが面白くない仇吉。そこに使いが来て、自分の着物を賭場の借金のかたに出した人間がいると言う。行ってみると、太鼓持ちの金八(玉川良一)だった。小林組の面々に吊るしあげられているところを、小しずと、小林組の組頭の小林由吉(菅原文太)が取り成した。
   小しずの旦那となっている浅井喜一郎(曾我廼家明蝶)は、彼女の器量と気風に惚れて、小しずの後ろ盾になっているが、男と女の関係ではない。小しずには、10年前の半玉時代に、芸者の身の辛さに、身投げしようとしたところを板前修業中の男に止められ、お守りを貰ったことで、名前も知らぬその男への秘めたる思いを持ち続けているからだ。浅井は佐賀町で米問屋浅井喜一郎商店を営んでいるが、大阪から深川に出てきて30年、良心的な価格でコメを卸している。しかし、安川を中心に米価の釣り上げを画策し、巨額の利益を得ている人間たちからは目の敵にされている。今回も、安い米の荷降ろしを川人足たちの親方衆に圧力をかけて、浅井商会をボイコットさせている。しかし、由吉は、大恩ある浅井のために、自分の小林組だけは、荷受け作業を引き受けるのだ。
    安川商会の元秘書をしていて首になった佐山信一(高宮敬二)は、米騒動の扇動をし、安川の外車を焼き打ちにする。安川の手先になっている竹上兼蔵(山本麒一)率いる関東義心会が信一を追っているところを、小しずは匿う。信一は、かっての妹芸者の小いく(佐々木愛)の夫だからだ。しかし、信一がつかまり、小しずは、車の代金を、自宅を担保に金を借りて安川に届けさせる。
   由吉と会った時に、小しずは、想い人ではないかと思う。由吉は、かって深川で板前修行をしていたが、身を崩して生首の由吉という二つ名のやくざになり、人を斬って服役していた。
   浅井企画が朝鮮米を安く輸入しようとしていることに、安川が妨害工作を始めた。輸入を不可能にして、米を安川に譲り渡せというのだ。苦悩するが、きっぱり断る浅井。浅井の窮状に、小しずは、旦那である浅井の出費を考え、羽織会のトメを返上する。小しずの気持ちを汲んで伊勢幸の女将は承諾するが、仇吉は、辰巳芸者なら家を担保に金を工面してでも舞台に立つのが筋だろうと言う。陰で涙する小いく。小しずは、牧浦伯爵のもとに行き、浅井を救ってくれと頼む。しかし、牧浦に身を任せるつもりでやってきたが、思いきれない小しず。鼻白む牧浦に、こころに決めた人がいて、その人へのために命を賭けているといって、自ら簪を腕にさして証とする。辰巳芸者小しずの誠を知って牧浦は、首相にあって、浅井を救う。
  小しずと由吉が歩いている。浅井の家から見番に戻る小しずを由吉が送る途中だった。小しずの気持ちを知りながら、大恩のある浅井の側にいてやってくれと頼む。その頃、今回の浅井の一件をひっくり返した陰に小しずがいるらしいと知った安川と竹上が、伊勢幸で小しずを呼べと息巻いている。女将は、小しずに絶対ここに来ないよう使いを出す。小いくが、安川の座敷に上がる。別室で手籠めにしようとする安川。揉み合っているところに、信一が現れる。激情した信一は、安川を刺し殺そうとして、誤って小いくを刺す。駆け付けた関東義心会に殺される信一。あまりの惨状に悲鳴を上げる女将と芸者たち。安川と竹上が逃げたのち、女将たちを脅す関東義心会。そこに小しずたちが現れた。取り囲んで、巡査が来るまで逃がさない小しずたち。小いくは重体だ。今際のきわに、仇吉に真相を話して、小しずに、保名を譲ってくれと頼む小いく。安川のあまりの悪行に自分の不明を詫びて承諾する仇吉。仇吉と小しずの手を握らせて絶命する小いく。深川に芸者たちの慟哭が響く。
  保名のおさらいをしていると、金八が小しずを迎えに来る。いよいよ、朝鮮米の船が着いたのだ。由吉の指示で荷役作業は進む。作業も終わり、浅井を送る勇吉。二人の目に入ったのは、倉庫に火を点けている関東義心会の姿だ。更に、浅井を刺す男たち。倉庫の米は焼けた。病院で浅井は、小しずに、想い人が由吉であることを知っていることを告げ、由吉と幸せになれと言う。小しずは、由吉に浅井の側にいる決意をしたと告げ、今晩の羽織会の保名を最後に見てくれと言って、10年持っていたお守りを返す。羽織会が始まり、直前に由吉はやってきた。保名を踊る小しず。途中、浅井が亡くなったという知らせが由吉に届く。途中で抜けて、単身で安川たちのもとへ向かう由吉。安川、竹上を討ち、絶命する由吉。二つに割れたお守りを探し、近寄ろうとするが、その手には届かなかった。
  やっぱり男と女の情感の人だなあ。センチメンタルなメロドラマに陥るぎりぎりのところで踏みとどまっている。しかし、小しず、切な過ぎる人生だなあ。想い人由吉と、大きな愛情で包んでいた浅井、二人を同時に失った彼女のこれからの人生はどうなるんだろうか。一人で生きていくのか、あるいは浅井の愛への恩返しのつもりで牧浦伯爵の死に水を取るのか。

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