68年東宝堀川弘通監督『狙撃(52)』
有楽町のビルの屋上に1人の男(加山雄三)がいる。朝6時を迎えると、トランシーバーに連絡が入る。今、定刻通り出た下りひかりの一等7号車の最前列に座っている男が帽子をかぶっていたら、最後列の男を狙撃しろと言うものだ。狙撃は成功、ビルを降りた男は車(白のトヨタ2000GT)に乗り込み、八重洲口駅前駐車場に止め、駅のコインロッカーに向かう。鍵を開けると謝礼の札束が入った封筒がある。ホテルの部屋男がいる。目覚めた裸の女が、もう支度をしたのかと尋ねる。女に何枚かの一万円札を投げ部屋を後にする男。女はこのお金はどういう意味かと尋ねるが、勿論振り向きもしない男。
男の名は松下徹。松下は、ライフルの練習場にいる。一発撃つ度に的を確認している。そこにモデルを数人連れたカメラマンたちがやってくる。小高章子(浅丘ルリ子)がモデルになってくれないかと松下に声をかけるが断られる。モデルにライフルの構え方を教えてくれと近くの人間に声をかけ、撮影が始まる。場違いなモデルたちの嬌声が響く。松下がロッカールームで片付けていると、章子がいる。先程は断ってすまなかった、お詫びに車で送ると言う松下。カメラマンやモデルたちに1人で帰ると告げて松下の車に乗る章子。章子のマンションに行く。彼女の部屋は蝶の標本で埋まっている。特にニューギニアのトリバネ蝶の美しさはひときわだ。唇を重ね抱き合う2人。ベッドに入って愛し合う。一目見た時から、こうなると確信していたと言う章子。しかし、松下は最後まで行き着くことは出来なかった。君のせいではないと言う松下。章子を残し、出ていく松下。
仕事の依頼主の花田(藤木孝)のもとを尋ねる。金塊の密輸現場で、金塊を横取りしようと、皆殺しにして欲しいと言う依頼だ。米軍基地のある街を訪れる松下。ガンショップを訪ねる。その店のマスター深沢(岸田森)とは永い付き合いだ。ショップの地下室に入る。使ったライフルを返し、暗視用スコープのついたソ連製AK47を借りる。念入りに試射をする松下。
花田たちの車とともに、小さな漁港に向かう。車を止め夜を待つ。闇に紛れ漁船が入港する。2台の車が現れた。札束の入ったトランクと木箱を交換する男たち。取引が終わり、金塊を積み込んだ車が走り出した。松下たちも静かに車を出す。途中、山道で一台の車が行く手を塞ぐ。すぐに銃撃戦が始まる。林の中から、松下のAK47が火を噴く。暗視スコープの威力はすごく、引き金を引くたびに一人づつ倒れていく。最後に金塊を積んだトラックの荷台からマシンガンを連射する男がいたが、松下は冷静に仕留める。1K金貨5000枚3億の上がりだ。。章子のもとへ戻る。愛し合う二人。雨の中、大手町を、港を、大井競馬場を歩く二人。穏やかな時間が流れている。章子の部屋に戻ると電話が鳴る。ファッションモデルの仕事の依頼だ。富士高原に出かけるという章子。章子を見送り、松下がギャラの受け取りに、花田の事務所に出向くと、花田たちは、金塊で支払おうとする。松下は、約束通りキャッシュで払えと言って事務所を出る。 花田たちは、取引をしていた組織を詳しくは知らないらしい。組織の圧力で、花田たちが金を捌こうとしていた相手が次々に断って来ている。花田たちが考えていた以上に、組織は強大な力を持っているようだ。
その頃、羽田空港に着いたパンナム機から、降り立つ日本人紳士片倉(森雅之)と金髪の白人女性バレンチナ(サリー・メイ)が降り立つ。ホテルの部屋に入り、トランクの仕掛けを開けると、モーゼルの拳銃が隠されている。
富士高原のホテルで、毛皮のファッションショーが行われている。ミンクのコートを着て出演している章子の表情が驚きから喜びに変わる。視線の先に松下がいる。ショーとパーティーが終わって章子は、松下と、このホテルでしばらく過ごすことになった。片倉とバレンチナもこのホテルにやってくる。富士スピードウェイで、2000GTを走らす松下。ヘリコプターが現れる。片倉が乗っている。まず、バックミラーを一発で撃ち抜く。空中からの狙撃に、松下はアクセルを踏むことしかできない。最後には、タイヤを撃ち、2000GTは横転した。這い出す松下の元に駆け寄る章子。部屋に戻ると、片倉たちの部屋は斜め向かいだ。花田の子分の今野(笹岡勝次)が、現金を届けにやってくる。結局、売り先を失った花田たちは、明日の8時にエンパイアホテルで組織と取引することになったと言う今野。大金を払っているんだから何とかしてくれと言う今野。一日残って手伝えという松下。
松下から連絡を受けた深沢がやってくる。片倉の力を見極めようと言うのだ。ホテルの上に望遠レンズ付きの8mmカメラを置き、ホテル内のゴルフ場を一人で回っている片倉に、今野が3匹の猟犬を放つ。不意打ちにも関わらず、片倉は二匹をたちまち射殺、残る一匹に腕を咬みつかれるものの表情を変えずに始末する。
東京に戻り、フィルムを見ながら、深沢と松下が話し合っている。モーゼルを使う技術は半端ではない。松下は、深沢に軟鉛弾の製作を依頼する。松下は、この仕事が終わったら、二人でニューギニアに行こうと章子に告げる。ビザの手続きや旅行の支度の買い物をする章子。彼女の顔は、喜びに溢れている。
松下がクレー射撃場にいる。次々に命中させる松下。隣に、バレンチナを連れた片倉がいる。片倉も次々に命中させる。組織から差し向けられた殺し屋として、同業者の松下への挨拶だ。しかし、連射して得意げに片倉が振り返ると松下は消えていた。松下が花田の事務所に行くと、警察や野次馬が集まっている。中では無残に射殺された花田、今野たち、章子の部屋に戻ると、章子は組織によって誘拐されていた。深沢から軟鉛弾を受け取る。ひとつしか受け取らない松下は、一発で仕留めないと自分は死んでいると言う。
章子を取り戻しに、横浜の旧ヨットハーバーに向かう松下。松下の車の前方に、片倉の車が止まる。章子が松下に向かって走ってくる。伏せるんだと松下は叫ぶが、章子の胸を片倉の銃弾が襲う。松下の腕に倒れる章子。彼女の遺体を車に乗せ車を出す松下。勿論片倉も追ってくる。砂浜に出たころには、夜も明けている。車を降りた松下の腕と足が撃たれ倒れる。止めを刺そうと近寄ってくる片倉。必死の面持ちでピストルを隠し持つ松下。松下の銃弾が片倉を倒す。動く片手、片足で章子ににじり寄っていく松下。距離は遠くなかなか近付けない。
52年松竹大船黒澤明監督『白痴(53)』
64年日活西河克己監督『帰郷(54)』
1959年キューバ革命が成功した。その2年前のハバナのサロン・ド・ハバナ。新聞記者の牛木()が高野左衛子(渡辺美佐子)を連れてやってくる。そこには元日本大使館員で、革命軍のアルバレス大尉に、大使館の金から3万ドルを軍資金で渡して行方不明になっている守屋恭吾(森雅之)がいる。警官たちが撃たれて倒れ店内が騒ぎになったので、守屋は、二人を店の地下室に案内した。左衛子は、ここしばらくダイヤを買いあさっているらしい。そのことを守屋は指摘する。牛木は、キューバ政府や新聞記者よりも革命軍の情報網のほうが正確なのだと言う。そこに、アルバレス大尉の使いがやってくる。守屋が出国する手筈が着いたことを告げる。守屋の逃走資金のカンパのために牛木は左衛子を連れて来たのだ。牛木は用事を済ませ、二人残った守屋と左衛子は、ロウソクの火を消し、ダンスを踊る。夜半に左衛子がホテルに戻ると、部屋には、ハバナ警察のパトロ警部が待っていた。守屋を見送りにくる人間を追っているので、守屋の出国の日時を教えろと迫り、教えなければ、買い集めたダイヤを没収し、出国できなくしてやると脅される。翌日の夜、守屋が乗り込む筈の船が停泊している。そこに、守屋とアルバレス大尉らしき影、ハバナ警察のマシンガンが火を噴き、周囲の人間も含めて倒れていく。現地紙に、アルバレス大尉と守屋の写真があり、射殺されたという記事になっている。
昭和39年東京、守屋の妻の節子(高峰三枝子)は、中国史の研究者の隠岐達三教授(芦田伸介)と再婚している。娘の供子(吉永小百合)は20歳に成長し、女性誌「トップレディ」の編集部に勤めている。その日の朝、隠岐のかっての教え子で供子の先輩の藤原が来ている。彼は、隠岐の秘かな趣味の絵画の売買をしている。供子は、編集部で、画商の高野左衛子の原稿の受け取りのお使いを頼まれる。左衛子は、供子が守屋という苗字であることを知って、原稿を書きなおしたいので、数日後自宅に来てくれるように頼む。供子は、前を隠岐が歩いているのに気が付き、お父さんと声を掛ける。友人が古書店を出したので、顔を出してみようと思っていると聞いて、供子も同行する。そこで、中国書の書籍の整理のアルバイトをしている岡部雄吉(高橋英樹)に出会う。供子は、率直なものの言い方をする岡部に好感を持つ。
ある日、隠岐が帰宅すると、門のところで牛木と擦れ違う。玄関に入ると、電気も点けずに節子が呆然としている。隠岐は、今家を出て行ったのは守屋の親友の牛木でなかったかと節子を問い詰める。節子は、守屋が生きており、一時帰国することになったと教えに来たのだと告げる。守屋の帰国は、隠岐、節子の苦悩を産んだ。隠岐は、自分の子供として愛してきた供子を失いたくない。節子は、守屋の思い出と、隠岐と築いてきた穏やかな生活の板挟みに苦しむだけだ。供子には、内緒にしておくことになった。
一方、供子は左衛子の自宅を訪ねた際に、かってキューバで守屋と会ったことがあると告白される。供子は、全く記憶はなく、隠岐が父親だと思っていると答える。左衛子は大きなダイヤモンドを供子にプレゼントだと渡す。こんな高価なものを受け取れないという供子に、では預かって置いてくれと言う左衛子。
ある日、岡部は隠岐の家を訪ねる。東都大学の大学院で中国について研究をしている岡部は、日中友好協会のアルバイトをしている。訪中団の団長の候補だった隠岐に、団員の候補のリストを届けて来いと言われたのだ。しかし、メンバーを見て左翼系、労働組合系が中心で、自分の思想信条とは異なり、こうした訪中団の団長になることは、自分のためにならないので断りたいと言う隠岐。協会の人間には伝言をしますと言って、隠岐の家を辞した岡部は、駅で供子に再会する。岡部を喫茶店に誘う供子。岡部は所持金がないのですがと正直に告げるが、供子は奢りますからと言う。
数日後、隠岐は大学で、藤原に会う。藤原は、左衛子から供子に渡してほしいと預かったコンサートの切符を託していいかと言う。承諾すると、切符と守屋という人の居場所の封筒を渡す。帰宅次第、節子を呼ぶ隠岐。守屋のことを供子に教えたのかと尋ねるが、否定する節子。切符だけを供子に手渡す。
コンサート会場で左衛子と会った供子は、守屋が帰国していることを知る。顔も写真でしか見たことのない実父に会ってみたい気持ちと、そのことが母を苦しめ、家庭の平穏を壊してしまうのではないかと悩んでいる。翌日、岡部の安下宿を訪ねる供子。我慢をしているのは不自然ではないかという岡部。初めて供子は、母節子に秘密を持つことを決意する。
左衛子は、守屋が泊っていると言う奈良の春日という旅館に連れていく。旅館の前で、供子を降ろし、タクシーで去る左衛子。あいにく、守屋は外出中だった。唐招提寺(?)を、杖をついて眺めている初老の紳士がいる。供子は守屋の横に立つ。守屋は、供子だとは知らずに声を掛ける。こういう場所を一人で訪れる若い娘が意外だったのだ。年齢を尋ね、家庭のことなどを聞いていると、耐えられなくなった供子は、お父さんと声を掛ける。お父さんと呼ばれる資格のない男だと言う守屋。しかし、来てくれてありがとうと言う。旅館で夕食を取る二人。供子は11時の汽車で東京に帰らなければならない。お父さんと一緒に泊まりたいという供子に、駅まで送るからと言う守屋。別れがたい供子の背中を押し、駅で別れた守屋の前に左衛子が立っている。会ってしまいましたわと言う左衛子に、あの何万の命と引き換えになったダイヤモンドは、清らかな娘を汚すものなので、返すように言っておいたという言葉を残し去った。旅館に戻ると隠岐からの手紙が届いている。
数日後、隠岐の講演会が開かれている。終演後、楽屋に戻ると守屋がいる、名乗られて驚き、会いたいと手紙を書いたが、事前の連絡もなく現れるような非常識な男なのかと言う隠岐。節子にも供子にも会って欲しくないという隠岐。自分は、夫とも父親とも思っていないと言う守屋。ではなぜ、帰国したのだと激する隠岐。しかし、帰宅した隠岐は、節子と供子を呼び、守屋に会ったこと、守屋が今晩11時の飛行機で羽田を発つことを告げる。供子に実父に会いに行きなさい、しかし、この家に帰ってきて、これまで通り3人で暮らしていきたいと言う。自分の部屋に入ったままの供子。落ち着かない隠岐は、ウィスキーを飲む。
電話が鳴る。節子が電話を取るが、先方は無言のままだ。節子は、「はい、わかりました。供子に変わります」と言う。守屋からの電話だとわかったのだ。守屋は、供子に私と奈良で会ったことは隠岐に伝えていないんだねと確かめると電話を切る。部屋に戻った供子のところに節子が来る。お父さんに会ってきなさいという節子。供子が節子に内緒で会ったことを告白すると、節子は、奈良から帰ってきた時の供子を見て気が付いていたと言う。私は目をつぶれば、守屋の言葉や顔や身体を思い出すことは出来るので、供子は、もう一度守屋に会ってくるようにと言う。泣きながら抱きあう母娘。
供子は隠岐に出かけてきますと声を掛けて家を出た。しかし、駅につくと電車の事故で復旧の見込みはなく、大騒ぎになっている。タクシーやバスにも人が殺到している。羽田空港では、守屋と岡部が会っている。約束どおり供子には、教えてないだろうねと尋ねる守屋。そう頼んでおきながら、ひょっとして君から話を聞いた娘がここに現れることを期待してしまう自分がいるのだと笑う守屋。供子との話の中に何度も話が出てきた岡部に、供子のことはよろしく頼むと言う。出発の時間が来た。ゆっくりした足取りで、出発ロビーに向かう岡部。左衛子が立っているが、そのまま出国ゲイトに入っていく岡部。
時計が11時を打った。そろそろ飛行機が飛んだ頃だという隠岐。そこに、供子が帰ってくる。早いじゃないかという隠岐に、駅に着いたら電車が動いてなくて大騒ぎだったので、帰って来たのだと甘栗のお土産を進める。供子は節子に、お母さんのために行かなかったんではない。自分でそれがいいと思ったんだと言う。台所で涙をこらえる節子。機上の人となった守屋。窓の下には夜景が広がっている。
68年東宝谷口千吉監督『カモとねぎ(55)』
森雅之という人は、見れば見るほどたくさんの引き出しがあると驚くし、何か共通した日本の湿度を感じさせない凄い役者だなあと思う。狙撃のスナイパーや帰郷のキューバ革命を支えた日本人のような海外生活の長いダンディな男が、本当に嵌っている。日本映画史の中でも稀有な存在じゃないだろうか。「白痴」の亀田も、他の誰が演じても、あのような純粋無垢を絵で描いたような人間にはならなかったんではないだろうか。
64年日活西河克己監督『帰郷(54)』
1959年キューバ革命が成功した。その2年前のハバナのサロン・ド・ハバナ。新聞記者の牛木()が高野左衛子(渡辺美佐子)を連れてやってくる。そこには元日本大使館員で、革命軍のアルバレス大尉に、大使館の金から3万ドルを軍資金で渡して行方不明になっている守屋恭吾(森雅之)がいる。警官たちが撃たれて倒れ店内が騒ぎになったので、守屋は、二人を店の地下室に案内した。左衛子は、ここしばらくダイヤを買いあさっているらしい。そのことを守屋は指摘する。牛木は、キューバ政府や新聞記者よりも革命軍の情報網のほうが正確なのだと言う。そこに、アルバレス大尉の使いがやってくる。守屋が出国する手筈が着いたことを告げる。守屋の逃走資金のカンパのために牛木は左衛子を連れて来たのだ。牛木は用事を済ませ、二人残った守屋と左衛子は、ロウソクの火を消し、ダンスを踊る。夜半に左衛子がホテルに戻ると、部屋には、ハバナ警察のパトロ警部が待っていた。守屋を見送りにくる人間を追っているので、守屋の出国の日時を教えろと迫り、教えなければ、買い集めたダイヤを没収し、出国できなくしてやると脅される。翌日の夜、守屋が乗り込む筈の船が停泊している。そこに、守屋とアルバレス大尉らしき影、ハバナ警察のマシンガンが火を噴き、周囲の人間も含めて倒れていく。現地紙に、アルバレス大尉と守屋の写真があり、射殺されたという記事になっている。
昭和39年東京、守屋の妻の節子(高峰三枝子)は、中国史の研究者の隠岐達三教授(芦田伸介)と再婚している。娘の供子(吉永小百合)は20歳に成長し、女性誌「トップレディ」の編集部に勤めている。その日の朝、隠岐のかっての教え子で供子の先輩の藤原が来ている。彼は、隠岐の秘かな趣味の絵画の売買をしている。供子は、編集部で、画商の高野左衛子の原稿の受け取りのお使いを頼まれる。左衛子は、供子が守屋という苗字であることを知って、原稿を書きなおしたいので、数日後自宅に来てくれるように頼む。供子は、前を隠岐が歩いているのに気が付き、お父さんと声を掛ける。友人が古書店を出したので、顔を出してみようと思っていると聞いて、供子も同行する。そこで、中国書の書籍の整理のアルバイトをしている岡部雄吉(高橋英樹)に出会う。供子は、率直なものの言い方をする岡部に好感を持つ。
ある日、隠岐が帰宅すると、門のところで牛木と擦れ違う。玄関に入ると、電気も点けずに節子が呆然としている。隠岐は、今家を出て行ったのは守屋の親友の牛木でなかったかと節子を問い詰める。節子は、守屋が生きており、一時帰国することになったと教えに来たのだと告げる。守屋の帰国は、隠岐、節子の苦悩を産んだ。隠岐は、自分の子供として愛してきた供子を失いたくない。節子は、守屋の思い出と、隠岐と築いてきた穏やかな生活の板挟みに苦しむだけだ。供子には、内緒にしておくことになった。
一方、供子は左衛子の自宅を訪ねた際に、かってキューバで守屋と会ったことがあると告白される。供子は、全く記憶はなく、隠岐が父親だと思っていると答える。左衛子は大きなダイヤモンドを供子にプレゼントだと渡す。こんな高価なものを受け取れないという供子に、では預かって置いてくれと言う左衛子。
ある日、岡部は隠岐の家を訪ねる。東都大学の大学院で中国について研究をしている岡部は、日中友好協会のアルバイトをしている。訪中団の団長の候補だった隠岐に、団員の候補のリストを届けて来いと言われたのだ。しかし、メンバーを見て左翼系、労働組合系が中心で、自分の思想信条とは異なり、こうした訪中団の団長になることは、自分のためにならないので断りたいと言う隠岐。協会の人間には伝言をしますと言って、隠岐の家を辞した岡部は、駅で供子に再会する。岡部を喫茶店に誘う供子。岡部は所持金がないのですがと正直に告げるが、供子は奢りますからと言う。
数日後、隠岐は大学で、藤原に会う。藤原は、左衛子から供子に渡してほしいと預かったコンサートの切符を託していいかと言う。承諾すると、切符と守屋という人の居場所の封筒を渡す。帰宅次第、節子を呼ぶ隠岐。守屋のことを供子に教えたのかと尋ねるが、否定する節子。切符だけを供子に手渡す。
コンサート会場で左衛子と会った供子は、守屋が帰国していることを知る。顔も写真でしか見たことのない実父に会ってみたい気持ちと、そのことが母を苦しめ、家庭の平穏を壊してしまうのではないかと悩んでいる。翌日、岡部の安下宿を訪ねる供子。我慢をしているのは不自然ではないかという岡部。初めて供子は、母節子に秘密を持つことを決意する。
左衛子は、守屋が泊っていると言う奈良の春日という旅館に連れていく。旅館の前で、供子を降ろし、タクシーで去る左衛子。あいにく、守屋は外出中だった。唐招提寺(?)を、杖をついて眺めている初老の紳士がいる。供子は守屋の横に立つ。守屋は、供子だとは知らずに声を掛ける。こういう場所を一人で訪れる若い娘が意外だったのだ。年齢を尋ね、家庭のことなどを聞いていると、耐えられなくなった供子は、お父さんと声を掛ける。お父さんと呼ばれる資格のない男だと言う守屋。しかし、来てくれてありがとうと言う。旅館で夕食を取る二人。供子は11時の汽車で東京に帰らなければならない。お父さんと一緒に泊まりたいという供子に、駅まで送るからと言う守屋。別れがたい供子の背中を押し、駅で別れた守屋の前に左衛子が立っている。会ってしまいましたわと言う左衛子に、あの何万の命と引き換えになったダイヤモンドは、清らかな娘を汚すものなので、返すように言っておいたという言葉を残し去った。旅館に戻ると隠岐からの手紙が届いている。
数日後、隠岐の講演会が開かれている。終演後、楽屋に戻ると守屋がいる、名乗られて驚き、会いたいと手紙を書いたが、事前の連絡もなく現れるような非常識な男なのかと言う隠岐。節子にも供子にも会って欲しくないという隠岐。自分は、夫とも父親とも思っていないと言う守屋。ではなぜ、帰国したのだと激する隠岐。しかし、帰宅した隠岐は、節子と供子を呼び、守屋に会ったこと、守屋が今晩11時の飛行機で羽田を発つことを告げる。供子に実父に会いに行きなさい、しかし、この家に帰ってきて、これまで通り3人で暮らしていきたいと言う。自分の部屋に入ったままの供子。落ち着かない隠岐は、ウィスキーを飲む。
電話が鳴る。節子が電話を取るが、先方は無言のままだ。節子は、「はい、わかりました。供子に変わります」と言う。守屋からの電話だとわかったのだ。守屋は、供子に私と奈良で会ったことは隠岐に伝えていないんだねと確かめると電話を切る。部屋に戻った供子のところに節子が来る。お父さんに会ってきなさいという節子。供子が節子に内緒で会ったことを告白すると、節子は、奈良から帰ってきた時の供子を見て気が付いていたと言う。私は目をつぶれば、守屋の言葉や顔や身体を思い出すことは出来るので、供子は、もう一度守屋に会ってくるようにと言う。泣きながら抱きあう母娘。
供子は隠岐に出かけてきますと声を掛けて家を出た。しかし、駅につくと電車の事故で復旧の見込みはなく、大騒ぎになっている。タクシーやバスにも人が殺到している。羽田空港では、守屋と岡部が会っている。約束どおり供子には、教えてないだろうねと尋ねる守屋。そう頼んでおきながら、ひょっとして君から話を聞いた娘がここに現れることを期待してしまう自分がいるのだと笑う守屋。供子との話の中に何度も話が出てきた岡部に、供子のことはよろしく頼むと言う。出発の時間が来た。ゆっくりした足取りで、出発ロビーに向かう岡部。左衛子が立っているが、そのまま出国ゲイトに入っていく岡部。
時計が11時を打った。そろそろ飛行機が飛んだ頃だという隠岐。そこに、供子が帰ってくる。早いじゃないかという隠岐に、駅に着いたら電車が動いてなくて大騒ぎだったので、帰って来たのだと甘栗のお土産を進める。供子は節子に、お母さんのために行かなかったんではない。自分でそれがいいと思ったんだと言う。台所で涙をこらえる節子。機上の人となった守屋。窓の下には夜景が広がっている。
68年東宝谷口千吉監督『カモとねぎ(55)』
森雅之という人は、見れば見るほどたくさんの引き出しがあると驚くし、何か共通した日本の湿度を感じさせない凄い役者だなあと思う。狙撃のスナイパーや帰郷のキューバ革命を支えた日本人のような海外生活の長いダンディな男が、本当に嵌っている。日本映画史の中でも稀有な存在じゃないだろうか。「白痴」の亀田も、他の誰が演じても、あのような純粋無垢を絵で描いたような人間にはならなかったんではないだろうか。