2008年11月1日土曜日

東京、日本、新宿

   恵比寿ガーデンシネマで黒沢清の『トウキョウソナタ(237)』。46歳の佐々木竜平(香川照之)は健康機器メーカーの総務課長、ある日総務機能を中国にアウトソーシングすることになり、何か他の仕事で会社に貢献するか辞めるか迫られて、退職する。帰宅しても専業主婦の妻、恵(小泉今日子)には言い出せず、翌日以降も普段通りに家を出るが、何もすることがない。野外生活者への炊き出しをしている公園で昼飯を貰って食べていると、高校の同級生黒須(津田寛治)に出会う。建設会社の社員の振りをしていたが、彼もリストラされて3ヶ月を経過していた。竜平の小6の次男、健二(井之脇海)は、授業中に担任(アンジャッシュの児島一哉、意外に好演)に叱られたことに納得出来ず、担任が電車内でエロ漫画を読んでいたことをばらす。それ以来担任の権威は失墜だ。ただ、革命だと大騒ぎしているクラスメイトたちにも納得できないものがある。
  帰り道ピアノ教室の金子先生(井川遥)に目が奪われる、ピアノを習いたくなるが、両親は駄目だと即答した。長男で大学生の貴(小柳友)は、バイトに明け暮れ朝帰りの毎日だったが、突然恵にアメリカ軍に志願したいと言い出した。竜平は職安に通うが、大企業の総務課長をしていたプライドを満足させる仕事は皆無。やっと面接に漕ぎ着けても、若い面接官に「あなたはうちの会社に何の貢献が出来るのか?得意なものをここで披露して下さい」と言われても何もできない。毎日会っていた黒須が公園に現れなくなり、心配した竜平が家を訪ねると、黒須は、一人娘を残し妻と無理心中していた。
  健次は、給食代をごまかしてピアノのレッスンを受けていた。音が出ない拾ったピアノで練習していただけだが、金子は彼の非凡な才能に気付く。給食費を誤魔化していたことが担任から恵に告げられ、ピアノ教室がバレた。恵は行かせてあげると言ったが、偶然金子からの音大の付属中への進学を勧める手紙を読んだ竜平は激怒、親の面子を言い立てる竜平に、恵は失業していることを知っていたと告げる。貴も、竜平の猛反対にも係わらず米軍に入隊する。竜平は渋々ながらショッピングモールの清掃の仕事を始める、家に強盗が入り、恵は顔を見たことで犯人の逃走の人質に、しかしその途中、偶然制服姿の竜平を目撃してしまった。動揺して逃げ出す竜平。彼はトイレの清掃中、大金を見つけてポケットに入れてしまっており、「どうやったら、やり直せる?」と叫びながら、走り続けるのだった。恵も、強盗(役所広司)の失敗続きの人生を聞くうちに、このまま車を走らせ家に帰らなくてもいいと思い始めていた…。
    第2の世界のクロサワ、ケチをつけるのはおこがましいが、小泉今日子スッピン風メイクで頑張っていたが、母の顔には見えなかったし、役所広司ちょっと芝居が大きくて『パコと不思議な絵本』のガマ王子みたいだったし、家出しようとした健二が無賃乗車で捕まって、黙秘して留置場の雑居房に入れられ、翌朝黙秘のまま指紋だけ採集して、不起訴処分で放免になる場面、一応子供だし、それじゃマズいだろ~(笑)。保護者を呼べ~!!。
  とは言え、勿論素晴らしい作品だ。日本社会は近代的家長制(外で夫がサラリーを稼ぎ、家長として妻子を養う)が崩れて、家族の幸せなイメージを共有しづらい時代になった。父親が家長として君臨することと、家族を守ることの難しさ。なんせ自分さえ守れない(苦笑)。勿論他人事ではない自分(更に苦笑)。肉親を、社会を、国を守るとはどういうことか。日本国籍を持った日本人の若者が、日本を守っている米軍に志願兵として参加し、中東に集団で派兵されるという、外人部隊とはだいぶ異なるかなり乱暴なフィクションは、現実に導入されたらそれなりの若者の心を捉えるだろうか。どこぞの漫画総理は、手を叩くかもしれない(苦笑)。しかし、守るという言葉はなんと曖昧なファンタジーなことか。恵の「自分はひとりしかいません。信じられるのはそれだけじゃないですか。」という台詞のほうがリアルだろう。最後に、健二が音大の付属中学の入試の実技で弾くのはドビュッシー。小6が演奏している筈の月の光でいい気持になってウトウトと。
    川崎市民ミュージアムで、73年東宝森谷司郎監督『日本沈没(238)』。懐かしいなあ。原作の小松左京がカメオ出演しているが、まだ随分と若い(笑)。今更ストーリーは書かない。CGなど無い時代の特撮だが、丁寧に撮ってあって、去年のリメイクよりもよかったんじゃないか。なによりも、丹波哲郎の総理、見応え充分。まあ、藤岡弘&いしだあゆみと草彅剛&柴咲コウの小野田と玲子は趣味が微妙に分かれると思うが。
    69年創造社大島渚監督『新宿泥棒日記(239)』。葛井欣士郎氏の『遺書』を読んでどうしても見直したかった作品。16、7の時だったから、何だか判らないものや知っている人が出るとスゲー!とびっくりしていただけのような気がしていたが、35年近く経っても大して理解力は変わっていなかった(苦笑)。
  新宿東口、褌姿になる唐十郎たちは、状況劇場の宣伝パフォーマンスをしているようだ。それを見ていた若い男(横尾忠則)は、紀伊国屋に入って、ジャン・ジュネ「泥棒日記」など数冊を万引きしたが、女(横山リエ)に捕まり、社長の田辺茂一(本人)のもとに連れていかれる。田辺は売り物は駄目だから自分が書いた売れない本を上げようと言って、名前を聞くと男は、丘の上鳥男と名乗った。鈴木ウメ子と名乗った女は、また明日来いと言って男を放す。翌日やはり男は数冊の本を盗む。やはり女は捕まえ、田辺のもとに、今度男は金を払う。彼は金に困っている訳ではないらしい。その夜、赤いネグリジェを盗む女を見つけ、男と女はラブホテルに、果たして彼女は処女だった(この部分カラー)。2人はゴーゴー喫茶に行く。いきなり女は店内で投石を始め、逮捕一晩留置される。引受人は田辺だった。田辺は2人を性科学者の高橋鐡(本人)のセックスカウンセリングを受けさせたり、田辺と俳優たちの飲み会(渡辺文男、佐藤慶、戸浦六宏、小松方正、劇作家山崎(正和?哲?)、他)に連れて行ったりする。そこらへんから、カラーモノクロが入り混じって虚実が不確かに。飲み会は、セックスについて論議しているが、絶対本人痛恨の酔っ払い赤面話だ。ただ、急に田辺の書いた「夜の市長」という色話の再現になり、戸浦が女を抱いていると雨が振るが、屋上で雨を降らしているのは、渡辺と佐藤たちだ。それを見ていた鳥男がウメ子に迫り、逃げるウメ子を西口のロータリーあたりで追いかけていると、後ろに渡辺、佐藤が付いてきており、何故か2人は鳥男を気絶させ、ウメ子を犯してしまう。花園神社では、状況劇場のテント公演が行われている。鳥男は、唐十郎に言われて、由井正雪として白塗りで舞台に上がることに。勿論お馴染みの李礼仙や赤麿兒、不破万作、四谷シモンらの姿も。その後、鳥男とウメ子は、紀伊国屋書店に。婦人トイレに隠れたウメ子は、深夜独り店内に。本屋は知と教養の迷宮だ。彼女はアトランダムに書籍のピラミッドを積み上げていく。ジョルジュ・バタイユ、吉元隆明、富岡多恵子、魯迅、スターリン・・・。大島本人含めた朗読の声が際限なく重なっていく。そこに、鳥男と田辺が現れる。ウメ子は、田辺に私を買ってくれと頼むと、田辺は断るがお金をくれた。二人は、赤テントに戻り激しく抱き合う。その夜、新宿は、群衆(その中に、渡辺、佐藤たちも)と機動隊が一触即発の事態に、東口交番が投石され、街の温度はどんどん上がっていく。
   目がキョロキョロ揺れて挙動不審な横尾の演技は、まあ万引き犯だからしょうがないし(笑)、文士劇であるかのように棒読みな田辺の台詞はご愛嬌だが、唐の異様なオーラは、凄い。当時の状況劇場の芝居見たかったなあ。でも10歳の小学生ではどうしようもないことだ(笑)。70年安保の時の新宿の空気を体感出来る作品だ。
   高田馬場にあるライブハウス四谷天窓で、実籾の歌姫小笠原愛の8月以来のライブ。5曲30分の演奏で、アンコールを受けて曲がないので、同じ曲をやっていたが(笑)、昔からのスタッフにサポートして貰って、のびのびと歌っていた。彼女の少しウェットな声に、今のフォーク系の分かり易い曲はとても合っている。中島みゆきさんのような重い歌以外にも、赤い鳥にいた平山泰代とかいい女性歌手いたので、頑張れ小笠原!  団塊世代のアイドルもありだぞ。みんなお金持ってるし。アンコールは、カバーでいいからもう1曲増やそうね(笑)。 何か一杯だけ飲みたくなって、ささら亭で、ポテサラとビール。

2008年10月31日金曜日

料理映画は観方がむすかしい

 池袋新文芸坐加藤泰監督特集。
 73年東宝配給『日本侠花伝(234)』。大正時代、第一次世界大戦が起き、日本は米騒動なと社会情勢は大変混乱していた。北九州を走る汽車の三等客室で、近藤ミネ(真木洋子)が、読み解き本(パズル本みたいなものか)を、ハコウリしていた。ミネは郷里の愛媛宇和島から、町一番の大店の息子大浜実(村井国夫)と駆け落ちをし、生活費を稼いでいるのだ。その汽車の二等客室に所属政党を変えて恨まれていた土田代議士が乗っていた。刺客の男がいきなり土田を刺殺し、鉄橋から飛び降り姿を消す。ミネは男の鋭い目に惹きつけられるが、男が一瞬、実の隣の席に座ったことで、2人は官憲に逮捕され、留置場に。特に実はかなり痛めつけられる。その頃小川ツル(任田順好/沢淑子)も組合活動を手助けしていたことで、激しい拷問を加えられていた。やっと出獄し、乗り込んだ貨物列車の荷台で、ミネ、実、ツルは再会する。ミネとツルは福岡若松のカフェで女給となる。ミネは実に小説家にならせようと健気に尽くすのだ。しかし幸せな日々は続かない。ミネの留守中に、実の母親と店の番頭、ミネの漁師の父親(藤原釜足)が連れ戻しにやって来る。母親に素直に同行する実をツルは罵るが、実たちは、宇和島行きの船に乗る。話を聞いて駆け戻ったミネに実を追いかけて本心を聞けと、父親ともみあいながらツルは叫んだ。ミネは結局宇和島まで追いかけ、祭りの混乱もあって実と逃げる。ただ必死に気持ちを伝えるが、実自身は警察での拷問で自分の敗北を感じて捨て鉢な気持ちになっていた。ミネが誤って海岸の崖から足を踏み外した時に、実は必死に助けようとするが、2人とも転落した。偶然海に釣りに出ていた長田組長田金三(曽我逎家明蝶)と子分の早川千太郎(武藤章生)によって2人は助けられた。すぐに実は母親と番頭たちによって家に帰される。
  数年が経った。ミネと金三が、社会運動家で牧師の加賀豊彦(加藤剛)の立ち合いでキリスト教式の結婚式を挙げた。金三の長田組は、博多港の港湾人夫の差配をしており、堅気で人情味溢れる親分の人柄もあり、周囲の人々に慕われていたが、やくざの岸本強(安部徹)の岸本組からの妨害を受けていた。結婚式の夜、長田に、岸本の刺客襲いかかった。男は、岸本への渡世の義理で、代議士殺しに続いて引き受けた田中清二郎(渡哲也)である。田中は長田の急所は外したが、瀕死の重傷を負わせる。騒ぎのさなか翌日軍の特別な荷積みの会議があるので、参加するよう電話があった。これに参加させないために岸本が襲撃させたのだ。ミネが長田の代理で会議に参加、女だと馬鹿にする岸本たちに、海軍大尉(北大路欣也)は、内部情報が漏れていることを失言した岸本を一喝、今朝の新聞を読んだかと聞き、ミネだけが、シベリア出兵の記事を読んでいたので、独断で長田組に決定した。
  これで諦める岸本ではない。軍向けの荷積みの最中に、米騒動の混乱を起こし、人夫たちに米を盗ませ、賄賂を送っている警官によって窃盗容疑で逮捕させる。翌日の作業が 出来なくなりかねない危機に、ミネは、人々に頭を下げるが、米騒動の集会が開催予定で、なかなかみな納得しない。ミネのピンチを救ったのは、田中だった。渡世の義理で岸本にしたがったが、あまりに汚い遣り口に反発したのだ。気質の長田組が潰れれば、やくざものの岸本組に港を仕切られて大変なことになると説得、みな荷積みに協力することになり、無事長田組の面目は立った。勝利の美酒に酔いしれる長田組。長田はミネに、隠れている田中に酒を持っていかせる。それは、田中とミネのお互いの気持ちに火を着けてしまい、汽車で出会った時の思いを確かめ合うのだ。しかし、2人が組に戻ると、米問屋への打ち壊しが広範囲に起きていた。岸本組は、放火やデマを飛ばして煽動し、そのドサクサに、長田組をぶっ潰そうとする。町中が大混乱の中、ミネは、米問屋に安売りを約束させ長田組のシマ内の沈静化させた。だが、岸本の意を受けた警察は、田中を殺人容疑で捕まえようとし、ミネが逃がしたとして逮捕、陰惨な拷問が始まった。
  映画初出演の真木洋子かなり頑張っている。最初の汽車での初々しい娘から、女となり、長田組の姉さんとしての貫禄を見せるところまで、女が変っていく姿を見事に演じきっている。終番の拷問シーンは体当たりという形容詞を超えている。最初沢淑子の取り調べ場面もかなり凄くて、彼女の女優魂の面目躍如だと思ったが、真木もいい勝負、女の面子をかけて張り合っている。彼女は、NHK朝の連続テレビ小説の出身だっただけに、当時相当センセーショナルな話題を呼んだ記憶はあるが、触手伸びなかった。何故だろう。真木洋子と言えば、真木よう子!!『パッチギ!』以来激しくチェックしているが、どっちも良かったんだなあ。
  81年大和新社製作東宝配給『炎のごとく(235)』。飯干晃一の『会津の小鉄』を原作に、幕末の離れ瞽女おりんを愛した会津の小鉄の話。賭場のもめごとで、仙吉(菅原文太)は、気紛れに抱いた瞽女のおりん(倍賞)に助けられる。京都の大垣屋に草鞋を脱ぐが、大垣清八(若山富三郎)と妻お栄(中村玉緒)に気に入られた。大垣組は京都守護の会津藩の御用を受け、新撰組とも近かった。会津組御用で、仙吉は次第に会津の小鉄として男を上げていく。ただある出入りでおりんは仙吉を守って命を落とす。仙吉の隣に住む八百屋の一人娘あぐり(豊田充里)が、新撰組の若者佐々木愛次郎(国広富之)と一緒になりたいと言った時に侍は女を不幸にすると反対していたが、あぐりの美しさに目をつけた芹澤鴨の策略で2人は死ぬ。怒り、同じ小鉄という刀を持つ友人近藤勇(佐藤允)を激しく非難する。その夜、近藤たちは芹澤一派を粛清する。小鉄は、芹澤を切り八百屋夫妻にトドメを打たす。
 加藤泰最後の劇映画だそうだが、81年既に思い通りに撮れなかったんだろうか。あのローアングルで超クローズアップした匂いたつようなフレームワークは皆無だ。大映京都スタジオを使いセットなど、それなりにお金をかけているし、時代劇スターの友情出演。小鉄を狙撃する赤蝮の権次役の汐路章はじめ、加藤組総出演(沢淑子は残念ながら出ていないが)なだけに、もったいなかった。日本映画界が末期症状で、なんとか映画を撮ろうと足掻いていた時代ならではなんだろう。
   銀座シネスイッチで『しあわせのかおり(236)』。金沢のはずれに古いが清潔な新上海飯店という店がある。料理人は王(ワン)さん(藤竜也)。ランチは、山(肉料理)海(魚料理)の二種類しかないが、そこに集う人は皆幸せな顔になる。絶品のカニ焼売を市内の百貨店に出店しないかと、貴子(中谷美紀)は交渉に来たのだが、王には全く相手にされない。夫が亡くなってから一人で娘を育ている貴子は、毎日ランチに通い詰めるうちに、単純に食べることを楽しみにしていたのだった。ある日王は脳梗塞で倒れ、麻痺が残り、医者から復帰は難しいと言われる。ある夜、王の下に貴子が現れ、会社を辞めて来たので自分を弟子にしてくれと言う。確かに、蟹焼売の作り方を教えて欲しいと言った彼女に王は会社を辞めて弟子入りしたら教えてやると答えたのだ。一度は拒否したが、王は受け入れる。特訓が始まった。
    料理そのものは、かなり凝って撮影され、とても美味しそうだが、調理や店内のシーン全てロケのせいか少し凡庸だ。また、せっかくの金沢、季節感が弱い。全体に悪くはないが、何か物足りない。中谷美紀、松子の後なのに、マーケティング失敗で、銀座シネスイッチ、レディースデーなのに人が入ってないのは、製作委員会の、東映、読売テレビ、バッブ、電通・・・どこが戦犯なのかはわからないが・・・。
  ただ、音を含めた料理のシズル感は最高で、今日で公開終了の映画二本観ようと思っていたが、切り上げて博華で餃子とビール。

2008年10月30日木曜日

男は任侠だ。女にはかなわない。

   阿佐ヶ谷ラピュタで、66年松竹松野宏軌監督『侠勇の花道 ドス(231)』。
   新潟の唐辰組代貸の梅林哲郎(長門勇)は、五年の刑期を終えて出所した。出迎えたのは、舎弟の幹太(佐々木功)。組に戻ると組長は(月形龍之介)は病で伏せっており、二代目を息子の昌太郎(田村正和)が襲名していた。梅林は、 祝福するが、昌太郎は自分の未熟さにコンプレックスを抱いて、自分を立ててくれる秋原(菅原文太)とつるんでいた。料理屋花月楼の酌婦お菊(香山美子)が、神崎組代貸(小松方正)に絡まれているのを梅林は助け、それをきっかけに2人は恋仲に。組長は亡くなる際に、昌太郎と農民の暮らしをよくするために興していた油田開発を梅林に頼む。実は秋原は、神崎(安倍徹)が油田開発を横取りするためのスパイだった。。独り立ちを焦る昌太郎をそそのかし、梅林を組内で孤立させ、観光事業に投資させて損害を与える。幹太はやくざに憧れる気のいい青年だが、煎餅屋の娘まき(関根ゆり子)と付き合ううちに、やくざの汚い世界に嫌気がさし煎餅屋の婿になって足を洗う決意をしたが、神崎たちと秋原が一緒にいることを目撃したことで殺されてしまう。
   石油はなかなか出ずに、梅林を悩ます。唐辰組に対する神崎組の妨害はあからさまになってきた。お菊は梅林にお金を渡そうと進藤に買われるが、止めようとした梅林と進藤の喧嘩に巻き込まれ失明する。追い詰められた梅林だったが、石油が遂に出た。しかしその事を知らない昌太郎は、神崎に土地を売ろうとする。契約書に判を押したところで真相がばれ、昌太郎は契約書を守るが袋叩きに。唐辰組は出入りに向かうが、梅林は昌太郎とお菊にドスを使わない約束をしており、参加しなかった。しかし、結局昌太郎は死に、お菊は攫われて進藤に陵辱され毒を飲む。幸いお菊の命は取り留めたものの、神崎たちが、石油櫓に火を放ったことで、梅林はお菊との誓いを破り、ドスを胸に、神崎たちのもとに向かうのだった。
    うーん。このところ仁侠映画の傑作を続けて観ているせいか、どうも新人松野監督ヌルい。ストーリーも、ただのボンボンで間抜けな二代目が騙され、梅林も義理と人情との板挟みと言えば板挟み、ただの優柔不断といえば優柔不断。なんせ困った顔で考えあぐねているうちに、何事も事態は悪化している。長門勇のとぼけた味のある顔が、苦悩していても、困ってぼーっとしているようにしか見えない(苦笑)。音楽もお涙頂戴的な大正琴の甘ったるくセンチメンタルなメロディーと仁侠モノというよりはチャンバラ映画の立ち回りのようなものばかり。薄っぺらいなあ。
   池袋新文芸坐で、73年松竹加藤泰監督『花と龍 青春・愛憎・怒涛編(232)』火野葦平原作。
   明治44年小倉へ向かい線路を歩く赤子を連れた若い夫婦がいた。男は玉井金五郎(渡哲也)と妻マン(香山美子)と息子の勝則である。彼らは中国とブラジルに渡って一旗揚げる切符代稼ぎのつもりで、北九州の永田組の沖仲仕になる。勝則が艀て流された時助けたのは、侠客の栗田の銀五(田宮次郎)と島田ギン(任田順好/沢淑子)だ。銀五は、マンを見て淡い気持ちを抱く。永田組で小頭が、人前でマンを犯そうとした騒ぎを収めた金五郎を永田親分(笠智衆)と姉さん(菅井きん)は気に入り、後任の小頭にした。永田親分の女と酒ボケは、永田組だけでなく、その所属する連合組をも危うくする。パナマ丸の作業を対立する友田組にへ渡す念書を取られていたが、金五郎の働きで乗り切り、大庭組の親分大庭春吉(汐路章)は、永田組を畳んで、金五郎に玉木組を持たせることに。大庭と一緒に行った別府の賭場で、金五郎は、蝶蝶牡丹のお京(倍賞美津子)に会う。彼女は名古屋の賭場で、初体験の金五郎を大当たりさせ、名古屋から出て男を上げるきっかけを作った女だった。昔語りで2人は飲み酔いつぶれる。その頃、賭場では、お京に目をつけた友田組友田喜造が、金五郎とお京が消えたことで顔を潰され激怒していた。翌朝お京は、金五郎に龍の彫り物を入れないかという。最初おまんを気遣っていた金五郎だが、玉井組を仕切るのであれば、その位の決意を示すべきだと考え直し、6日間帰宅を遅らせ刺青の苦痛に耐えるのだった。2人は関係を持つが、金五郎はマンの下に帰る。マンは、刺青を見て女の影を感じ取り喧嘩の末、昌太郎と家を出る。途中下車した駅で、老渡世人唐獅子の五郎(石坂浩二)に出会う。五郎の連れていた子供が盲腸炎であることに気付いたマンは、恐縮する親子を病院に運び、必死に看病。子供の枕元に札入れを忍ばせて金五郎の本に帰るのだった。ある嵐の晩に玉井組の事務所に友田組が殴り込みをかけた。渡世の義理で、銀五とギンは助太刀したが、銀五は渡世人として尋常な勝負をした上で傷ついた金五郎をマンのもとに担ぎ込む。
  時代は昭和になった。満州事変など世の中はきな臭くなってきた。港も、機械化で沖仲仕たちは失業しかねない。成人した昌太郎(竹脇無我)は、友田の息のかかった遊廓の女郎光子(大地喜和子)を足抜けさせようとする。光子は沖仲仕の娘で父親の事故死で、売られたのだ。昌太郎の努力にも関わらず、10日間二人は暮しただけで光子は捕まり、マニラに売られてしまった。ある日、玉井組に蝶蝶牡丹のお葉(倍賞美津子)がやってくる。マンに仁義を切り、マンはきっちり返したあと、お葉の元に金五郎を差し向けるのだった。金五郎は、お京と瓜二つのお葉に驚く。ただ、お葉は金五郎を悪し様に罵って去る。光子を失った昌太郎は、沖仲士に交じって働きだす。金五郎、マンを初め玉井組の皆は喜ぶが、昌太郎は沖仲士の労働組合を結成して、石炭運搬の機械化への反対と沖仲士の暮らしを訴えて立ち上がるのだ。友田は、軍部、警察にも根回しし、ストライキ潰しを露骨にやり始める。小競り合いから、友田が用意したマシンガンなどが火を噴き、金五郎、大庭たちを巻き込んで、本格的な戦いになっていく。友田への義理で組合潰しに回っていた銀五は、昌二郎が銃撃された時に自分を犠牲にして助けるのだった。去った筈のお葉も金五郎への加勢をしていた。また、マンに助けられた唐獅子の五郎の子、十郎(石坂浩二)は、友田に銃を向け組合の要求をのむよう脅迫し念書をとった。ストライキは、沖仲士たちの勝利となった。昌太郎は、光子に会いにマニラへ旅立った。
 昨日の『人生劇場』に続いて、松竹任侠超大作。やはり、スケール大きく、2時間半を超えても飽きさせない。もう加藤組のキャストはほとんどお馴染みさんである。特に任田順好/沢淑子、なんでも凄いが、この映画での存在感は強烈だ。親が潰した島田組再興を胸に渡世を歩いて行く女。なんせ、島田組組長になってからの通称は、ドテラ婆(ババア)である。銀五を友とし、任侠を説き、人情に生きる最高の女。何だか、醜女ぶり好きになってしまった。あと、見ものは、蝶蝶牡丹のお葉が、玉井組に現れ、マンと仁義を切り合うシーン。香山美子も、倍賞美津子も、女優としても女としても脂が乗った一番いい時期だったんだろうな。大地喜和子の官能シーンも含め、加藤泰監督の超クローズアップで、女たちに迫っていくカメラ。エロい。エロ過ぎる。
  そこから神保町シアターで、63年宝塚映画久松静児監督『丼池(233)』菊田一夫原作。大阪丼池(どぶいけ)を生き抜く女たちの姿、なかなか見もの。商売に失敗し自殺した父親の意趣返しで丼池に高利貸しの女社長室井かつみ(司葉子)は、美人で冷静な判断で業績を伸ばしている。向かいにある4代続く老舗の繊維問屋、園忠で働く兼光(佐田啓二)は、室井とは、かって親の決めた婚約者だったが、やはり親の商売が失敗して立ち消えになり、今では大学の先輩として、ハラハラしながら彼女を見守っている。室井の金主は、長い間丼池で金貸しをしている平松子(三益愛子)であった。平の金利は高く、独立した資金が欲しかった室井は、宝投資という、3か月で3割利息という素人向けの金融商品を売り出す。はたして、利にさとい丼池の人たちの間で大ヒットとなる。松子は、園忠の主人園田忠兵衛(中村雁治郎)からの個人的な債権をもとに、園忠を自分のものにしようとする。かつみは、宝投資で得た4000万の資金を園忠に出し、松子と敵対することを鮮明にする。松子とかつみの女の戦いはメンツを賭けた女の戦いになってきた。松子は、宝出資を攻撃し、室井商事が不渡りを出すという噂を流すと、丼池中にみるみる広がり、取り付け騒ぎが起こる。ほとんどの資金を園忠に注ぎ込んでしまった室井は、追い詰められる。そのころ忠兵衛は、料理屋蛸梅の女将村田ウメ子(新珠三千代)の手練手管で、松子や平淑子の手に渡るよりは、自分が差し押さえることで、園忠を守ると言われて、4200万を第3者から借りたことにしたニセ契約書に判を押してしまう。4代続いた園忠はいよいよ人手に渡ってしまうことに・・・。
  丼池の女を演じる三益愛子、浪速千栄子、森光子ら芸達者たちの話術が特筆すべき。そこに絡んでいく、ビジネスに生きようとする司葉子、手練手管で男たちからお金を巻き上げて、料理屋をどんどん大きくしていく女将、新珠三千代。凄い女優陣だなあ。
  夜は、元会社の後輩と高円寺きよ香で、ゴーヤチャンプルとオリオンビール。

2008年10月29日水曜日

今日も加藤泰監督と酔っ払い。

  今日もまたまたまた池袋新文芸坐で加藤泰監督特集。
  72年松竹『人生劇場 青春・愛欲・残侠編(228)』尾崎士郎原作。
   大正5年三州横須賀、没落した肥料問屋辰巳屋の主人青成瓢太郎(森繁久弥)は息子の瓢吉(竹脇無我)への遺書を残して拳銃自殺をする。見送ったのは、妻おつね(津島恵子)と、出所したばかりの侠客、吉良常(田宮二郎)だけだった。瓢吉は、東京で作家を目指しながらお袖(香山美子)と同棲中だったが、葬儀で帰省するためにお袖を捨てる。
  3年後、深川砂村の小金一家に、飛車角(高橋英樹)は、おとよ(倍賞美智子)と匿われていたが、デカ虎一家への出入りの助っ人を買って出る。その間おとよの面倒を頼んでいた兄貴分の奈良平(汐路章)は裏切り、おとよを元の女郎屋に返して金を貰っていたことを知り奈良平を殺す。追われていた飛車角を助けたのは、吉良常だった。だが、飛車角は捕まって前橋の刑務所に。その頃瓢吉は、熊本の女流小説家小岸照代(任田順好/沢淑子)と深い仲になっていた。原稿を書いているホテルにお袖がやって来たが、取り合わない。
  大正11年、おとよとお袖(その頃お蝶と名乗っている)は、流れ流れて玉ノ井の鱶野という女郎屋で出会う。お蝶は、瓢吉を忘れられず、彼の小説が乗っている文芸雑誌を大事に持っていた。ある日鱶野に、飛車角の弟分の吉川(渡哲也)が偶然やってきて、おとよと出会う。おとよは、飛車角に似た匂いのする吉川に惚れ、吉川も渡世人の身内の女は抱かないという掟に悩みながらも、おとよに溺れていく。大晦日の夜、吉川とおとよは駆け落ちを決意する。お蝶は手引きし、待ち合わせのおでんやに向かうが、そこに偶然瓢吉が居合わせ、中を覗いて動揺したお蝶は、まだ来ていないので、もう一回りしようと嘘をつく。その時客の話からデコ虎一家の出入りを知り、吉川は慌て戻るが、既に小金親分(田中春男)を初め皆殺しにされていた。結局すれ違いになり、おときとお蝶は除夜の鐘を聞きながら2人で逃げる決意をする。
  瓢吉は、世間に認められ始めた照代と上手くいかなくなっていた。そこで、再起を賭け上海に渡るが、着いたその夜に、麻薬と売春で阿漕な商売をしている欧米人をぶちのめして金を巻き上げている吉良常に出会う。再会を喜ぶ吉良常だが、瓢吉は素直になれない。蘇州へ向かう途中の船の中で、2人は酒を飲みながら、お互いの本音を吐露しあうのだった。
  いよいよ飛車角の出所の日が来た。出迎えた吉良常は、おとよのことを全て話し、吉川のもとに案内する。頭を下げる吉川に、飛車角は、女のことは笑い飛ばしゃいいが、男として忘れていることがあるだろうと、3人で小金一家の仇討ちに向かう。多勢に無勢だったが、吉川は見事デカ虎を斬るが、死ぬ。
  瓢吉の出版記念パーティーが盛大に行われている場所に、中学時代の恩師黒馬先生(笠智衆)が、飛車角からの吉良常危篤の電報を持って現れた。看病していた飛車角が宴席から逃げてきた芸者を助けると、おとよだった。追いかけて来た地元のやくざ達に「こいつは俺の女だ」と言ってぶちのめし、おとよを喜ばすが、飛車角は、まだ許す気持ちになれない。その頃、瓢吉は吉良常の病床で、瓢太郎の墓を作ってくれるよう頼まれていた。更に瓢吉を驚かせたのは、お袖が、辰巳屋を買い取って料理屋にしていた鰻裂きの三瓶(草野大吾)の妻に収まり、女将となっていたことだった。瓢吉、母おつね、お袖、床屋夫婦たちに見守られながら、吉良常は浪曲を一節唸って大往生するのであった。
   松竹仁侠超大作。2時間40分を超える。まあ人生劇場を纏めたのたがら長くて当たり前か。まあ原作読んでいないので偉そうなことは全く言えない(苦笑)。学生時代に観た時は、とにかく長いのと、侠客はともかく、ただの作家気取りの主人公が、女にもてやがる上に貢がせやがってという僻み根性と、早稲田なら絶対観ろと言って無理矢理買わされたチケットで、学内で傷だらけの16㎜フィルムかなんかの上映で、どうも大学に馴染めない頃でもあって正直ムカついていた。
  しかし今回は、吉良常、飛車角たちと、おとよとお袖の女2人かなり良かった。年取ったせいなのか。まあ人生50年(笑)。黒馬先生と吉良常が偶然出会って料理屋で無銭飲食で捕まるエピソードでの笠智衆の上半身モーニング、下は汚い褌という飄々とした姿や、瓢太郎の葬式の時の伴淳三郎のこんにゃく和尚など脇役も渋い。何よりも、倍賞美津子と香山美子の堕ちた女の切ない恋、2人とも情感溢れて素晴らしい。
   神保町シアターで久松静児監督2作品。62年東京映画『喜劇 駅前温泉(229)』。福島会津にある駅前温泉。吉田徳之助(森繁久弥)と伴野孫作(伴淳三郎)は、旅館の主人同士、とても仲が悪い。徳之助の娘夏子(司葉子)と孫作の隠し子幸太郎(夏木陽介)が交際していることがわかって大騒動となる。2人の結婚を応援する観光協会の次郎(フランキー堺)、芸者の染太郎(池内淳子)、美容院の女主人景子(淡島千景)、他に、徳之助の軍隊時代の部下三木のり平、その妻淡路恵子、三下コンテストの飛び入り客、柳家金語楼、沢村貞子、赤木春江、孫作の異母妹で行き倒れの女菅井きん。脇役も上手いひとばかりで魅せる。芸者役で五月みどり。会津の警察署を舞台にしていた『警察日記』を連想させる、森繁と捨て子の女の子との交流で、余韻をもたせたエンディング。愛する娘を東京に嫁にやる父親の気持ちが伝わってくるいいシーンだなあ。
  58年東京映画『みみずく説法(230)』今東光原作。河内の天台院という小さな寺に今野東吾(森繁久弥)という和尚がいた。貧しいながら、檀家や村の人々からは慕われているが、皆貧しく、今野の読経料は一回30円にしかならない。タイトルは、妻が夜更かしばかりする和尚にみみずく和尚と渾名し、朝吉親分(曽我廼家明蝶)から貰った本物のみみずくを飼っていることから来ている。今日は日曜日だが、檀家から頼まれた筈の説法に誰も現れない。果たして闘鶏があり檀家総代の貞やん(山茶花究)は連敗中の高安亭の主(田中春男)と勝負なのだ。皆の前で今年も貞やんは負け、朝吉や貞やんの娘和子(司葉子)たちは悔しがる。負けた軍鶏を締め、寺で鍋にする(苦笑)。
  村で困ったことがあると皆和尚を頼りに相談にやって来る。ブラシの製造工場の社長である貞やんのもとに、昔の女に産ませた隠し子貞一郎(加藤春哉)が金をせびりに現れ、ブラシ用の豚の毛工場の豚の毛さん(織田政雄)にお金を貸してもらうことになるが、和尚は貞一郎にお金を渡しながら真っ当な大人になれと説くのだった。また、和子と仙吉(藤木悠)の結婚を貞やんに認めさせる時も、スタンドバーのおふじ(乙羽信子)が別れた夫に絡まれた時も、珍妙な服を着た雑誌の婦人記者(横山光代)が原稿依頼に来た時も、和尚は、しょうがないなあと思いながら、一肌脱ぐのだ。河内の人々と和尚の人間的な交流は、多分今東光の実話に近いものだろう。お嬢さん役のイメージが強い司葉子が、結婚式で、高島田のカツラを重いからと言って脱いでしまったり、足を崩したり、河内弁の快活な庶民的な娘を本当に楽しそうに演じているのが、気持ち良かった。まあ、森繁全盛期の何でも出来ることを思い知らされるこの何日。
    新宿ジュンク堂で書籍仕入れ、西荻で、映画会社で自社館のの企画担当をしている友人と飲む。彼が企画した音楽監督林光の特集なかなかいいラインナップ。

2008年10月28日火曜日

織田信長のうたいけり。人間わずか50年。てんで格好よく死にてぇな

   またまたまた池袋新文芸坐で加藤泰監督特集。
  63年東映京都『真田風雲録(226)』原作は福田善之の戯曲。関ヶ原の戦いの戦場跡を、死んだ侍達の刀や武具を漁っている孤児たちがいた。彼らは、そこで豊臣方の2人の侍と、赤子の時に隕石の放射能を浴びて、人の心を読んだり、不思議な術を使う少年佐助に出会う。孤児のお霧は佐助が好きになるが、目の前から消えてしまった。何年かが過ぎ、侍と孤児たちは成長し、気ままな生活を送っている。ある時、ギターを弾き歌う(笑)洋装の男由利鎌之助(ミッキー・カーチス)と、はなれ猿の佐助/猿飛佐助(中村錦之助)に再会、むささびのお霧/霧隠才蔵(渡辺美佐子)の心はときめき、彼女を愛する、かわうその六/海野六郎(ジェリー藤尾)は面白くない。孤児仲間だった、ずく入りの清次/三好清海入道(大前釣)どもりの伊三/三好伊三入道(常田富士男)、元侍だった筧十蔵(春日俊二)、根津甚八(米倉斉加年)と一緒に、何か面白いことを求めて大阪に向かう。途中、真田幸村(千秋実)と意気投合、豊臣方は負け戦だろうがでかいことやれると幸村に加勢することに。望月六郎(岡村春彦)穴山小介(小助)(河原崎長一郎)たちと真田十勇士の誕生だ。しかし、豊臣方は、烏合の衆で、方針さえ決められず。幸村を苛立たせる。豊臣方執権大野修理(佐藤慶)は、佐助にとって初めて心が読めない人間だった。いよいよ大阪冬の陣となり、初め幸村達の奇襲戦法は成功するが、豊臣方は、幸村が目立つことを嫉妬して非難する。佐助は、徳川方の服部半蔵(原田甲子郎、うーん最近のブログは皆平幹二郎と書いているがホント?)に出会い、お互いの力量を認めあうライバルとなる。豊臣、徳川のお互いの思惑で八百長のような合戦となっていき、真田十勇士たちは、追い込まれていく。いよいよ大阪冬の陣を迎えることになるが・・・。時代劇のヌーベルバーグと言われたらしいが、ミュージカル時代劇は結構あるし、東映京都の時代劇インフラを使って、新しいタイプの演劇を大規模に映画化した、型破りのエンタテイメント時代劇という感じ。「人間わずか50年。てんで格好よく死にてぇな」というような歌詞の劇中歌が、ツボに。
    68年松竹『みな殺しの霊歌(227)』。北海道出身の殺人犯、川島(佐藤允)は、あと一年で時効を迎える。彼は建築現場で働いていたが、可愛がっていたクリーニング同郷の少年が、向かいのマンションから投身自殺してしまってから、人生が変わり始めた。自殺に関係していたに違いない五人の女達を一人ずつ辱めながら殺していく。バーのマダム孝子(応蘭芳)、鎌倉の部長夫人圭子(中原早苗)、横浜のレストランの女主人、王操(沢田淑子)、有名デザイナー、美佐(菅井きん)。 最初の殺人の後入った中華料理屋で、店員の春子(倍賞千恵子)と知り合う。彼女はある過去を持つが健気に明るく生きようとしている。川島は春子に気持ちを動かされる。春子はある時、店の指名手配書の中に川島の顔を発見、その部分を切り取るが、川島に自首するよう勧める。だが、川島は最後の復讐相手、大店の家内、永京子(河村由紀)に、少年の死んだ理由を吐かせて残忍にも殺してしまうのだ。 加藤泰監督の現代劇を初めて観たが、モノクロのシネスコサイズに、ローアングル、スタイリッシュで、エロい。やっぱり映画は、シネスコだ!!!
   それから新橋のリクルートエージェントで面接。元音楽業界のエンタメチーム三人と。今回は果たして。
    夜は、元会社の後輩三人と新宿三丁目の山ちゃん。4人揃う前に、二人で飲んでいるうちになんだか、絶好調に。弱くなったなあ。人生50年だからな。

2008年10月27日月曜日

アラカン親分かっこよし。

  昨夜ふと京都で買った食材がそのままだったことを思い出し、朝から料理作り出したら、6品になる。買い過ぎだな。京菜と油揚げの煮浸し、人参牛蒡蓮根のきんびら、万願寺唐辛子とジャコの炒め、合挽き肉(地鶏と合鴨)と大根と白滝の炒め、九条葱人参と卯の花炒め煮、ヒジキ煮物(人参、牛蒡、蓮根、干し椎茸、白滝、舞茸、絹さや、ゼンマイ他)。六本木元会社の独身美人OLに差し入れ、元同僚とフィッシュで豆カレー。
    池袋新文芸坐で69年東映京都加藤泰監督『緋牡丹博徒 花札勝負(222)』シリーズ第3作。明治中頃の話。お竜は、名古屋の西之丸一家に草鞋を脱ごうとするが、浜松で偽のお竜がイカサマがバレて逃亡、回状が回っていた。しかし一家の親分増山貞次郎(嵐寛寿郎)は、お竜が出した四国道後の熊虎親分(若山富三郎)の添え状を読み、客分として迎える。
   西之丸一家は、熱田神宮の勧進賭博の胴元だったが、金原一家の金原鉄之助(小池朝雄)は、娘八重子を国会議員の後妻にして、その後ろ立てで権利を奪おうとしている。貞次朗の息子でヤクザ稼業を嫌って東京の大学に行っている次郎は八重子からの電報を受けて帰省する。次郎は金原に娘と結婚したい旨頼みに行くが、賽子勝負することになり負けて捕らえられる。次郎の相手をしたのは偽お竜おとき(沢淑子)で、名を語ってイカサマしたことをお竜に盲目の娘お君の為に許され改心したが、娘を人質にされてしかたなしにしたことだった。おときは次郎と八重子を逃がし殺された。
  金原一家の客人花岡彰吾(高倉健)は、雨の日に傘を貸してくれたお竜に、故郷で死んだ母を重ね合わせ、それ以来お竜を守ったが、渡世の義理で西之丸親分を斬る。勧進賭博の日が来た。西之丸は、瀕死の状態だったが、胴元の挨拶など見事に済ませ、座ったまま、亡くなった。しかし、金原は、勧進賭場の上がりを熱田神宮に奉納する途中の代貸しを襲わせ金を奪う。お君は手術を受けお竜の顔を見られるようになったが、お竜は熊虎の子分不死身の富士松と花岡の助けで金原一家に殴り込む。やはり雪の中、高倉健と藤純子の2人のシーンが素晴らしい。やっぱり侠客の親分は、貫禄がないとなあ。お君の父親で、博打の神様バケ安役の汐路章は、緋牡丹シリーズでは、異形の役者として、必ず美女と野獣のように、お竜と同じフレームに存在する。そして必ず悲しい最期を迎えるのだ。渋い。渋すぎる。対抗する一家の息子と娘が恋に落ちるというロミオとジュリエット的な話も進むが、あくまでもサイドストーリー。
  神保町シアターで61年東京映画久松静児監督『喜劇・駅前弁当(223)』。浜松の駅弁屋互笑亭は、夫を亡くした後、女将(淡島千景)が切り盛りし評判が高かった。美人の未亡人に、機織り工場社長柳田(森繁久弥)とストリップ小屋の主人堀本(伴淳三郎)の“ヤッホー・コンビ”は、亡夫の親友という建前と下心で入り浸っていた。女将の義弟次郎(フランキー堺)は、兄が亡くなって店を盛り立てている義姉に遠慮する気持ちで、店を継がずに、音楽教室の先生をしたり、その仲間とバイクに乗って遊んでばかりいる。ある時、互笑亭に、大阪の著名な経営コンサルタント(花菱アチャコ)が現れ、柳田、堀本や女の子達を巻き込んで大騒ぎに。東京から特急こだまで、3時間半、大阪から4時間という冒頭のテロップでいきなり時代を感じるのだった。あとは全編浜松案内(駅前シリーズはそういう要素があったんだろうな、元祖タイアップ映画)、弁当屋は鰻弁当、駅では弁当売りだけでなくハモニカ売り(本当にあったんだろうか)、音楽教室は、時代的にまだオルガンではなくハモニカだが、既にヤマハ音楽教室。バイクも、浜名湖でやけに派手に運転しているモーターボートも、勿論ヤマハ発動機。老若遊び場は、オートレース。フランキー堺の役名は本田次郎。
  ゲストには、坂本九、柳家金吾楼、安心して笑っていられる。東宝駅前シリーズ。マッサージ嬢やらステッキガール(紳士と一緒に外出するからステッキなのか?)インチキ芸者の横山道代、テンポよくてなかなか魅力的。音楽教室のシーンは、坂本九、渡辺トモコが歌うのだが、完全に当て振りで、フランキー堺もドラムを叩く真似、もったいないなあ。
   阿佐ヶ谷ラピュタで61年松竹大船中村登監督『斑女(224)』。東京のある坂で中年の画家(山村聡)が東京タワーを描いていると、美しい英子(岡田茉莉子)が現れる。年下の男(佐々木功)から逃げているようだ。話を聞くと、男は義弟の浩、夫から逃げて駆け落ちしてきたが、女は、彼と東京で別れて、お互い別々に新しい人生を送るほうがいいと思っていた。ただ、お互いの気持ちは割り切れないものがある。画家は、家庭を持たず気ままな恋愛を楽しんでいたが、英子の美しさに心を奪われ、若い恋人ルリ(芳村真理)の働く銀座のクラブで働くよう勧め、銀座の宝石店で高価な真珠のネックレスをプレゼントする・・・。とにかく岡田茉莉子の美しさに尽きる映画だ。なんと表現したらいいのだろうか、大きく透明感のある瞳、あくまでも白くふくよかでありながら、シャープな顔立ちは、今でもかなり目を引くクールビューティーだ。それが、昭和30年代の日本にいたなんて。
  東京タワーがひとつの都会の象徴で、京都の五重塔や通天閣などが東京と対峙するイメージとして出てくる。倍賞千恵子が新人として、大阪出身で、佐々木功を誘惑する明るい不良娘を演じている。松本清張原作の冤罪の兄の弁護依頼を断った著名弁護士への復讐劇『霧の旗』とは随分と印象が違うものだ。
   ポレポレ東中野で『デコトラ★ギャル奈美(225)』監督は城定秀夫というVシネを30本以上撮ってきた人らしい。Vシネだなあと思いながら見始めたが、見終わっての感想は、ちゃんと娯楽映画を撮ろうとしているプロだ。学生時代ピンク映画の世界で映画を作ろうという熱意が伝わる作品を見つけることが楽しみだったが、かっての情熱と勢いで作られたものよりも、プロを感ずる。バジェットの問題を何とか工夫でカバーし、娯楽映画として成立させている。勿論お約束の濡れ場も。主演は吉沢明歩。男勝りの怒鳴っているだけの演技が、だんだん、女優の顔に見えてきた。正直な話、最初に流れた短編は出来のいい学園祭映画みたいだったけど、城定監督の他の作品を観てみたい。あと吉沢明歩が出ているAVも(笑)。

2008年10月26日日曜日

渡世人新旧。

   またまた池袋新文芸坐で加藤泰監督特集。
    66年東映京都『沓掛時次郎 遊侠一匹(219)』。長谷川伸原作。沓掛の時次郎(中村錦之助)は、舎弟の三下、身延の朝吉(渥美清)と渡世の旅をしている。佐原の寛蔵親分の賭場で親分の一人娘で観音菩薩の刺青を背負ったお葉(弓恵子)と出会う。一方、朝吉は時次郎に貰った銭で、あいまい宿の豪快な女郎お松(三原葉子)と一夜を過ごした。寛蔵親分は中気で娘のお葉が一家を仕切っており、二人は客分として丁重に迎えられるが、時次郎は流れ者の自分たちを利用しようてしていることに気がつき、草鞋を履こうとする。朝吉は単身権六一家に殴り込んで返り討ちにあってしまう。朝吉の敵を討った時次郎だが、義理とは言え人を斬る暮らしに屈託を覚えている。だが、また次に草鞋を脱いだ鴻巣金兵ヱ衛一家で、六ッ太の三蔵(東千代之介)を斬る羽目に、いまわの際に三蔵は、妻おきぬ(池内淳子)と息子 太郎吉を託すのであった。母子を沓掛の叔父の元に預けようと三人で旅をする。初め夫を斬った時次郎を恨むおきぬだったが、次第に誠実な時次郎に心を許す。しかし、おきぬは旅先で倒れ、医者は、労咳に掛かっているのでここでしばらく静養せよという。冬を越え体調は戻ったが、おきぬは時次郎への想いと、自分たちのせいで時次郎が鴻巣一家に追われることに悩んで姿を消した。時次郎は必死で母子を探したが見つからないまま一年が過ぎた。高崎の八丁徳一家で草鞋を脱ぎ、宿屋でおきぬとの話を自分の友人の話として女将に語りながら酒を飲んでいると、母子の門付けがやってくる。果たしてそれはおきぬと太郎吉だった。しかしおきぬは寝付いてしまう。高い薬を買う金を工面するため、時次郎は、八丁徳の出入りに助太刀するのであった。
   割と早く死んじゃうのだが、渥美清やっぱりいいなあ。いきなりオープニングタイトルバックにかかって渥美清の声で「手前生国と発しますは信州でござんす。信州、信州と言っても些か広うござんす。信州は沓掛。朝に夕に竜王立ち昇る浅間の麓にござんす・・・」といきなり時次郎の啖呵が始まり「?」と思っていると、「兄貴の啖呵はいいなあ。そこってえと俺は~。手前生国と発しますは甲州でござんす。・・・・身延ってえと南無妙法蓮華経でござんす・・・。しまらねえなあ」と畳み掛けるように始まる。その後は波打ち際で、追っ手3人との斬り合い、いきなりの見せ場だ。
  62年東映京都『瞼の母(220)』勿論こちらも長谷川伸原作。余りに有名な話だが、番場の忠太郎は、5歳で母と生き別れ12歳で父親を亡くす。渡世人として日々を送りながら、顔も覚えていない母を捜している。忠太郎は舎弟の金町の半次郎(松方弘樹)に堅気になるよう諭していたが、親分の敵討ちで飯岡の助五郎を討とうとするのを止められず、仕方なしに助太刀する。半次郎を母親と妹おぬい(中原ひとみ)の元に帰すが、助五郎の一家が仕返しをしようとしているのを知り、金町で一家を迎え撃った。母を探して江戸に入った忠太郎は苦心の末、柳橋の料理茶屋水熊の女主人おはま(木暮実千代)が、母ではないかと突き止め名乗りを上げた。女一人で身代を築いたおはまは強請りたかりの類だと疑い、忠太郎が何を言っても信じない。次第に自分の子だと思い始めたが、一人娘お登世(大川恵子)の木綿問屋伊勢屋若旦那(河原崎長一郎)との縁談もあり、認めることはできなかった。忠太郎は涙をのんで水熊を後にするのであった。すれ違いでお登世たちが帰宅し、思い直した母と妹、義理の弟、店のものたちは忠太郎を必死に探す。その頃、忠太郎を助五郎一家の追っ手が取り囲んでいた。忠太郎は彼らに「親はいるか?子はいるか?」と聞き、全員返り討ちにする。母妹たちが、忠太郎の近くまで追いついた。自分の名を呼ぶ声を聞きながら、忠太郎はお尋ね者になった自分が名乗ることは出来ず、これからは、瞼を閉じれば母の顔を思い描くことは出来るのだと旅立つのであった。
  ある意味、分かりきったストーリーだが、夢にまで見た母を前にしての忠太郎の長台詞は、胸を打つ。今日の二本は、錦之助の役者としての充実を本当に感じる。勿論加藤泰のカメラアングルとカットの巧さ。見終わると溜め息が出る。
   渋谷TOEIで、いきなり綾瀬はるかの『ICHI(221)』(笑)。監督は『ピンポン』の曽利文彦。お市は、はなれ瞽女だが、仕込み杖の居合いの遣い手である。ある宿場に向かう途中浪人の藤平十馬(大沢(築地魚河岸三代目)たかお)に会う。十馬は、ある事情で刀を抜くことが出来ない 宿場は白川組長兵衛親分(柄本明)と息子の虎次(窪塚洋介)が仕切っていたが、万鬼党というならず者達に脅かされていた。万鬼(中村獅童)は劍の達人だったが、醜い顔故差別され世間を憎んでいた。小川組の賭場で市のアドバイスで大儲けした十馬を万鬼党が襲った時に、市が五人を一瞬にして倒すが、虎次は、十馬がやったと思って助っ人に雇う。八州廻りの役人が宿場にやってきた。長兵衛は、万鬼党の動きが抑えることを期待したが、万鬼党の伊蔵(竹内力)たちは、お構いなしに襲撃し、長兵衛を刺殺、八州廻りさえ目をつぶるよう脅すのであった。十馬は、刀を抜けず虎次たち白川組を大いに失望させるのだった。脚本は『大奥』の浅野妙子、撮影監督は『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』の橋本桂二。監督の曾利文彦を含めて、皆若い世代なので、テレビ時代劇とDVDで時代劇を観た世代。そういう意味では、時代劇という枠からは完全にはみ出ている。言葉も、昭和の言葉さえ、今の若者には通じないだろうから、分かる言葉を喋らすのは当然だ。しかし、残念ながら、劇場に若者は来ていなかった。マーケティングの失敗かもしれない。ただ映画そのものも、加藤泰を観てしまうと、やはり圧倒的に面白さに欠ける。柄本明が、重要な宿場町を仕切るやくざの親分というのは、嵐寛寿郎などを観てしまうと、圧倒的に軽い。何だか、やくざの親分というよりも、庄屋のようだ。『隠し砦の三悪人、THE LAST PRINCESS』もそうだったが、派手派手しく着飾った無法者たちはある種の非現実なので作れても、侍や町人の立ち振る舞いは違和感がある。そんな所作が出来る役者は圧倒的に少ないだろう。役者だけでなく、演出できる監督も。侍とか、殺陣を使ったアクション映画。昔はよかったとかという問題ではなく、残念ながら、時代劇というもののノウハウはどこにも無くなってしまったのかもしれない。うーむ。
   十馬、10歳位から刀を抜けないのなら、大小差さずに、木刀持つか、柔術でも習得しろ(苦笑)。中村獅童のメイクも、同じタイプの、加藤泰の『怪談 お岩の亡霊』のお岩の方が、はるかにすごかった。 最後に、十馬の着物を羽織った市が、襟に残った十馬の残り香を嗅ぐシーン、そのシーンは最高だった。
  青山で、友人のCMプランナー、コピーライター、デザイナーたちが、やっているフリーランス見本市にお邪魔する。10回目だという。クリエーターのジャンルというか表現するものがというか、どんどん広がっている気がする。面白いなあ。
  目黒ブルースアレイで、ブラスロックバンド、BLUFFのライブ。シカゴやタワー・オブ・パワーなどのカバーとオリジナル。このバンドは、Brass(tp×2、tb)とRhythm Section(Ds,Bassm,Keyboard)がレベル高い。