2010年7月31日土曜日

川崎ぎょうざ祭り。

   午後一本映画を見ようと思っていたが、雷鳴轟き、スコール的雨降り、東京23区西部は、大雨警報。事実、杉並区の警報サイレンまで鳴りだす。5年前床上30cmの浸水被害を受けた我が家を放置して外出するのもなあ、と思っていると夕方止む。 

   ラゾーナ川崎のラゾーナソルで、劇団2.1流の旗揚げ公演『裁かれ刃~僕を裁く~』外苑前粥屋喜々の店主の姪佐々木心音が客演しているのだ。脚本・演出・出演の意欲は買うが、ちょっと本が弱いかな。

   喜々店主と、昔川崎のイベント終わりで入った中華料理屋に行こうと探すが、ない。一番近く昭和40年に開店とある太陽軒。かわさき餃子祭り開催中と知り、梯子しようと、近くの三鶴。こりゃ美味い上に、良心的な価格設定。店の女の子が美人で、二人大層盛り上がるが、店の二代目シェフの奥さんで、六歳の娘と四歳の息子の母親であるらしいことが分かりがっかり。しかし、川崎で知る限り最高だと、締めに、炒飯まで頼んでしまい。膨満感溢れる胃袋を抱えながら帰宅。あと二週間ちょっとで、52才の誕生日なのに…。

2010年7月30日金曜日

革命初期のソ連邦アバンギャルド映画を美大生と。

    2日間の引き籠もりを克服し、自転車屋から自転車を引き取り渋谷に。
    渋谷で美大生(先日、美人大学生か美術系大学生か問合わせがあったので、美人美術系大学生とする)と待ち合わせて、

    シネマライズで、スティーブン・ソダーバーグ監督『ガールフレンド・エクスペリエンス(117)』最終日。
   「どうだった?」「面白かったわ」「そうだね」「結末は意外だったわ」「また観たい?」「ええ」タクシーの中で、デヴィッド(デヴィッド・レヴィーン)と今見てきた映画の感想を語り合うチェルシー(サーシャ・グレイ)。深夜のレストランPUBLICに入り、赤ワインを頼み、語り合う。ホテルに戻り、服を脱ぎながら、友人が度々金を貸してくれと連絡してくるんだとデヴィッド。口づけを交わす。翌朝、「朝食を頼むけど、何がいい?」「あなたと同じでいいわ」ホテルのバルコニーでガウン姿で朝食を共にする二人。デヴィッドの仕事は、リーマンショックの影響を受けながらも、順調なようだ。
   ホテルを出て来たチェルシーは、待たせてあったハイヤーに乗りこむ。座席で、デヴィッドから貰ったホテルの封筒を確認する。かなりの金額の紙幣が入っている。
   チェルシーの本名はクリスティーナ、マンハッタンで働く高級コールガールだ。組織に属せず、自分でサイトを出して、客を選んでいる。ランチを取りながら、ノートパソコンに、デヴィッドのことを記録している。「映画を見て、食事をし、ホテルで話をしたあと、1時間ほどSEXをし、その後15分ほどで眠ってしまった。普通の客は、翌日、キスをしたり、ハグしたり余韻を楽しみたがるが、デヴィッドは別だ。全く関心を示さない。このチェルシーの呟きは、今継続してインタビューを受けている初老のライター(マーク・ジェイコブスン)とのやり取りかもしれない。
   チェルシーは、マンハッタンの高給アパートメエントで、恋人のクリス(クリス・サントス)と暮らしている。クリスは、エグゼクティブ相手のジムでパーソナル・インストラクターをしている。ジムのマネージャーに、自分をマネージャーに昇格させて時給125$を上げてくれないかと頼むが、お前は自分の実力を全く分かっていないと相手にされない。

    お茶ノ水に出て、アテネフランセ文化センターで、ジガ・ヴェルトフとロシア・アヴァンギャルド映画
    22年ジガ・ヴェルトフ監督『キノプラウダNo.1ー9(118)』
     1920年代、エイゼンシュタインと並び称されるソ連映画界の父、ジガ・ヴェルトフが、モスクワ映画?時代に、キネプラウダ(ソ連共産党機関紙プラウダのニュース映画)として撮っていた作品群。ジガ・ヴェルトフと言っても、70年頃の『ジガ・ヴェルトフ集団って何?ゴダールじゃないの?』位の認識しかない…。無声のニュース映画、フリップにはちゃんと日本語字幕は入っているものの、無音で90分、なかなか唸る演出もあるが、全く無言のホール満員の客。乏しいソ連革命史を記憶の底から掘り出しながら、オールド共産主義者の父親を思う。たまには顔を見せなければ…。

    外苑前粥屋喜々に行く。美味しいと料理パクつく美大生を肴にビール飲む。

2010年7月28日水曜日

怠惰な水曜日。

  とりあえず、自転車を取りに行こうと昼前に外出、電気代とガス代をコンビニで払って、自転車屋に行くと、水曜定休だったのか・・・。水曜だし、何本か映画観ようと思っていたが、昨日買った本を読んでいるうちに断念。

2010年7月27日火曜日

酷暑は、51才の脳にはダメージがある。らしい(涙)。

    大門の睡眠クリニック。神谷町の元会社の独身美人OLに、惣菜差し入れ。こんな日に30分も歩く馬鹿。涼しいビルに入ると里心付くので、美人受付S嬢に預け、直ぐに神谷町駅に戻る。神保町に出て、
    神保町シアターで、夏休み特別企画 昭和の子どもたち
    62年日活滝沢英輔監督『しろばんば(116)』
    その頃といっても、大正4、5年のことだから、今から四十何年も前のことだった。子どもたちは、浮遊する白い物を追い掛けて遊んでいる。それがしろばんばだ。「イチ坊~ご飯よ~」「みつる~かめ~帰ってこんと飯抜きだで~」「みつもごはんだの~」「みっちゃん帰ろう!!」次々に母親に呼ばれ、子どもたちが帰宅する。
    一人残った伊上洪作(島村徹)が駆け出す。上の家に行くと大祖母のおしな(細川ちか子)、祖父(清水将夫)祖母(高野由美)、その子供大吾(大場健二)光子(小田島久美子)が夕餉を取っている。洪作が「ゴッチャン!ミッチャン!」と呼ぶと、大祖母のおしなが「洪作!ここ上の家では、ちゃんと、大吾叔父さん、光子叔母さんとお呼びなさい」と注意をする。同じ尋常高等小学校に通っているので、「何だかおかしいやい」と口答えをすると「あの女のせいでひねくれた子になってしまって…」とグチを言い始める。勿論大吾も光子も、そんな呼び方は嫌だ。
    洪作は、上の家の裏にある佐藤医院の門をくぐる。その奥にある蔵で、おぬい婆(北林谷栄)と暮らしているのだ。「ただいま!お腹空いたよ」「ボン!上の家に、今日は何回行った?」「二回だよ」「あんまり行くもんでね。あの家の人間は、性根の曲がった人間ばかりだ」「ボク、婆ちゃんは大好きだけど、大婆ちゃんは嫌いだ」「おおおぅ、そうだとも、そうだとも。ああ、ボン、母ちゃんから手紙が来てる。今度の休みには沼津に来いってさ。良かったね。」

   洪作は、沼津の連隊の軍医である父(芦田伸介)と母(渡辺美佐子)と離れて、母親の実家の分家で曾祖父の妾であったおぬい(北林谷栄)と2人で暮らしている。直ぐ近くに本家があり、そこの曾祖母(細川ちか子)が本妻であったが、播州の家老の娘で誇り高く、おぬいを嫌っていた。沼津の女学校を卒業して叔母のさき子(芦川いずみ)が戻ってくる。洪作は、美しい叔母が大好きだった。2学期から彼女は、洪作たちの通う湯ヶ島尋常高等小学校の先生に。2学期の終業式、常に1番だった洪作が、 2番に落ち、溺愛するおぬいは、さき子に文句を言う。おぬい、さき子ともに大好きな洪作は困惑する。
  2年の夏休みに沼津の両親の家に行くことになるが、内弁慶な洪作は、行きたがらずおぬいを困らす。行った後も、なんとか躾をしようとする母が怖くて、ことあるごとに湯ヶ島に帰ろうと言い出して皆を困らせる。学校では、さき子と同僚教師の中川モトイ(山田吾一)の恋愛が生徒、村人の間で噂になり初めていた。その頃運動会があり、徒競走で洪作は頑張って5位になる。オープンに交際しようとしたさき子だったが、田舎の村では通用しない。更に、正式な披露もないまま妊娠したことが発覚、中川は他の学校に異動になる。見送りには、さき子と教え子以外はさき子の母のみだった。
   ある夜、曾祖母が亡くなった。生きている時は悪口を言ったが、死んだ今はいい人だとおぬいは言う。葬儀に来た母とさき子は言い争いに。さき子に無事子供は産まれたが、労咳に。洪作は、本家に見舞いに行くが、さき子は部屋に入れない。洪作は、さき子と歌を歌う。ある夜さき子は、夫の赴任地に向かう。残り少ない人生を夫婦で過ごさせようという親心だった。別れ際、彼女は洪作に、あなたは他の人よは違って大学に行くのだから勉強をしなさいと言った。結局さき子は暫くして亡くなる。信じたくない洪作だが、おぬいがさき子をあんなに優しい人はいなかったと誉めるのを聞いて、自分はおぬいが好きだが、それ以上にさき子が好きだったと告白し、おぬいがそれを認めたことで、何かつかえていたもやもやが無くなった気がする。
    さき子の言葉を胸に今迄以上に勉強をする洪作。ある日村の子供たちが天城のトンネルを見に行こうと誘いに来る。子供の足ではかなり遠いが、洪作たちは、ずんずんと進んで行く。途中から裸になって山道を歩き続けるのだった。

   新宿ジュンク堂で、津田大介と高橋健太郎のトークショー。うーん、二人ともなかなか分かった上での発言。でも、元業界人としては、違う視点を指摘したかったんや。でも思わず手を挙げて、喋ったことは全くポイント呆け。あ~ぁ。こんなこと書くと、恥の上塗りだが、いいトシして実力不足は隠しようもない(涙)。 トークイベントに出掛けて、発言して恥かきながら鍛え直すか(苦笑)
    
    どうやら喉の炎症も引いて来たようなので、鼻は詰まるが、ビール解禁。新宿石の家で、餃子ビールで個人反省会。

2010年7月26日月曜日

夏風邪続くよ、どこまでも。

   夏風邪治らず。ダルい、喉痛い、鼻詰まる。昼過ぎに、骨董通りでN氏と待ち合わせて、ランチMtgをしてから、南青山にある会社にプレゼン。汗みどろでヨレヨレで酷暑の中歩き回り、西荻に戻る。自転車を朝届けたのが、間に合わなかった。このへばりを解消しようと、インド料理屋。更に体力を使いダウン。

2010年7月25日日曜日

土用前夜。

    朝起きて、片付けをして二度寝すると昼だ。代々木の学校から留守電が入っていて、今日の体験入学、1時間早く始めてくれとのことだ。女子3人、うち1人は友達の付き添い。夏風邪治らず、鼻と喉やられ超ダルいが、ちゃんと聞いてくれているので、ご機嫌。早く始めながら、終了を告げる学生スタッフが来ないので、多めに話してしまう。
    外苑前の粥屋喜々で、目下のマドンナの誕生会をやっているのを思い出し、差し入れとプレゼントを持って行く。だるさのピークで、挨拶だけして帰る。ビール美味しく飲めない人生は最低だ。ハチ公バスで代々木と往復だ。
   西荻に戻り、壊れた部品を取り寄せて貰ったままになっている自転車屋に。もう遅いので明日また来いと言われてがっかり。近くにある鰻屋福富に。店内最後の1名で間に合う。棄てる神あれば、拾う神あり。ここは、注文をしてから活鰻を割く。関東風だったか、関西式だったか忘れたが(苦笑)、背開きは関東、腹開きは関西、関東は武士の町だから・・・、違う!!蒸してから焼くのではなく、割いて、焼き、たれに何度も潜らせながら、じっくり焼くやり方。柔らかさよりも、炭で焼いた香りが匂い立つ感じ。勿論、ビールを飲みながら、文庫本を読み、焼き上がるのをじっくり待つ。ビール美味くない。日本酒に代えて30分ほど。西荻には、田川や源内など、個人的に大好きな鰻屋多い。年に一回位、贅沢に美味い鰻食いたいなあ。重箱とお椀の蓋を開けた時の至福のひと時。