神保町シアターで、59年日活今村昌平監督『にあんちゃん(306)』。
昭和28、29年朝鮮戦争の集結とともに石炭産業は未曽有の不況に陥り、休抗、廃坑が相次いでいる中、佐賀西端の鶴ノ鼻という小さな炭坑の町に、父親を無くした4人兄弟がいた。あんちゃん安本喜一(長門裕之)、妹の良子(松尾嘉代)、にあんちゃん次男高一(沖村武)次女末子(前田暁子)。
既に母も亡く、炭坑の臨時雇いをしている喜一の稼ぎだけでは全く食べていけない。ベテラン抗夫の辺見(殿山泰司)が、労務課長の坂井(芦田伸介)に、正規雇いにしてもらうよう掛け合ってくれると言ってくれたが、今日食べる米に困るくらいだ。坂田の婆(北林谷栄)は、闇で近所に金貸しをしているが、香典から取り立てるほどだ。地元の運動会の徒競走を当て込んで、炭坑の風呂焚きの北村のおっちゃん(西村晃)から米を借りるが、当日は生憎の雨天、屋内の演芸大会にあんちゃんは炭坑節を歌う。にあんちゃんは、必死に盛り上げるが、浪曲を唸った金山春夫(小沢昭一)に、優勝を攫われる。
器量良しの良子を長崎の料理屋に行かせると金になるという話を、坂田の婆が持って来たが、喜一は断る。都会から来た保健婦の堀かな子(吉行和子)は、逆に坂田の婆の店が人手が足りないと言うので良子を、坂田の婆の店で働かせることを約束させる。
父親の四十九日になり、あんちゃんは、高一と末子に、ぼたもちを作るので早く帰って来いと言う。ぼたもちを作りに良子が帰ってくるというし、二人は大喜びだ。その日の昼、弁当を末子にやり、自分はぼたもちを食べるために腹を空かせているんだと言い水だけ飲む高一。しかし、その日、経営がさらに苦しくなった会社は、喜一を正規雇いにするどころか、解雇を言い渡す。激怒する辺見に、酒井は、もともと予算がなくなっていた臨時雇いを経費のやりくりと、最後には自分の賞与を無しにして継続していたのだと明かす。酒を飲み遅く帰った喜一に、高一は末子の教科書代くらいなんとかしろと言って、兄弟喧嘩になる。そこに、辺見がやってきて、喜一には他の町の工場への酒井からの紹介状を渡して、しならく自分の家で高一と末子を預かるというのだった。良子も、唐津の肉屋に住み込みで働きに行く。
ますます会社の経営は悪化し、給料も現金よりも金券での支給が多くなり、組合の団交が続く。一家の隣に住んでいた西脇(浜村純)の妻せい(山岡久乃)が男と失踪、残った乳児が具合が悪くなった。保健婦のかな子が見ると赤痢だ。栄養失調で体調を崩していた末子を始め子供たち、鉱夫にまで感染は及ぶ。孤軍奮闘するかな子に、周囲はみな冷ややかだ。絶望した西脇が首を吊る。辺見も酔って余計なことをするので、休みの鉱夫が出てシフトが組めないし、西脇を殺したんはかな子やと毒づく。過労のためかな子が倒れる。東京からかな子の母(賀原夏子)と婚約者(二谷英明)がやってきて、東京に帰るよう促す。
末子はようやく健康を取り戻す。唐津への遠足にも行けることになった。久し振りの姉との再会をとても楽しみにしていた末子。昼休みに姉の働く肉屋を訪ねて行くと、女将さんの使いで外出していると言う。競艇場やら訪ね歩くが結局姉には会えなかった。帰りのバスの出発直前に良子が現れる。一言二言話をし、手を握り合う姉妹にバスは出発する。炭鉱で事故があり、辺見のおっちゃんも怪我をした。更に労使交渉は激しくなる。坂井が辺見を訪ねてきて、労務課長ではなく友人として忠告するが、もう炭鉱はもたないので、希望退職に応募して追加の退職金を受け取れと話す。にあんちゃんと末子が、心配しているところに、喜一が現れる。あまりに安い賃金で働かされるので工場を辞めて帰って来たら、運動会の徒競争をやっていたので、参加しているのだと二人に告げる。
結局喜一は、かな子の紹介で働きにでることになった。喜一は、弟たちを同胞の閔さんのところに預ける。明かりもない掘立小屋でとても辛い食事に二人は耐えられなくなり逃げ出す。鶴ノ鼻に戻って来たが、泊ることところがない。辺見のおっちゃんのところに行ってみるが、中での夫婦の会話を聞いていて、諦める二人。途方にくれ公民館で寝ていると、かな子が帰って来た二人を泊めてあげるかな子。翌朝、高一はかな子に、夏休み中、自分はいりこ屋に住み込みで働くので、しばらく末子を預かってくれないかと頼む。いりこ屋の仕事はきつかったが暑い中黙々と働く高一。かな子が東京に戻ることになった。末子は、風呂焚きの北村のおっちゃんのところに預けられる。夏休みが終わり夏のアルバイト代を持って末子の前に現れ、自分は東京に行くんだという高一。高一は東京駅に着く。何もかも高一の想像を超える都会だったが、自転車屋に働かせてくれと頼むと、九州から出てきて働きたいと言う小学生を不審に思った主人によって通報される。佐賀の駅には、あんちゃんと良子、末子の担任の桐野先生(穂積隆信)が待っていた。仕事に戻る兄姉を見送って、桐野先生と鶴の花に戻ってくる高一。桐野先生は、君は成績も一番なんだから、勉強を続けて立派な人間になれという。再会した末子とボタ山を登りながら、いつかこの町を出て行くんだと末子に話す高一。
芸術祭参加作品なだからなのか、今村監督らしい人間の本心や性(さが)を掘り下げる部分は抑えて、筑豊の貧しい町の生活を丁寧に描いている。登場人物は、みな生き生きと人間的で、上からの目線で貧しい生活や卑しい人間を見るのではなく、地面に這い蹲った彼らと同じ目線で描くところは、全く揺らいでいない。
61年日活今村昌平監督『豚と軍艦(307)』。
欣太(長門裕之)は横須賀ドブ板のチンピラ。日森組の人斬り鉄次(丹波哲郎)の子分をしている。欣太は、春子(吉村実子)と付き合っている。春子の長姉勝代(南田洋子)は鉄次の情婦、次姉の弘美(中原早苗)はアメリカ軍属の日系2世の崎山(山内明)のオンリーをやっている。母のふみ(菅井きん)は、春子に米軍のゴードンのオンリーになれと言っていて、金も受け取ってしまっている。
日森組は、鉄次が勝代にやらせていた米軍向けの売春宿が摘発されてシノギが無くなり困った末、米軍キャンプの残飯を崎山から、横流ししてもらって養豚業を始めようとしていた。欣太は、その担当を任せてもらって男を上げようと思っている。この汚い町を嫌悪している春子は、いつも欣太にこの町を出て、二人でちゃんとした家庭をもとうと言うが、聞く耳を持たない欣太。豚の金を払うために、鉄次、星野(大坂史郎)、大八(加藤武)、軍治(小沢昭一)たちは、組を辞めてタクシー会社を経営している矢島(西村晃)を締め上げて、新車の購入資金を寄付と称して巻き上げるのだ。日森(三島雅夫)と鉄次は、網走を出所してきた春駒(加原武門)をバラして海に捨てる手伝いを欣太にさせる。軍治は、やばくなった時に身代わりで自首すれば組の幹部にさせてやるとささやく。元海軍にいて職工をしていたが失業している欣太の父親寛一(東野英治郎)は、ある朝家の前に浮いている死体を発見、警官を呼んでくるが、間一髪のところで、鉄次と欣太は死体を隠す。しかし、狸寝入りをしている欣太の足が汚れていることで、寛一には気が付かれてしまう。結局死体は豚小屋に隠すことになったが、大八は埋めるのを面倒臭がって、豚の餌に混ぜて証拠隠滅する。
欣太が、豚三匹をこっそり売ろうとしていたところを鉄次たちにみつかり、豚の予防注射代を春子の借金を払うためにネコババしたこともばれた。殴られる欣太。しかし、殺しの身代わりを日森と軍治が画策していたことを知ると、自分に内密にしたことを怒る鉄次。自分の家で、豚を焼いて食べようと鉄次は言い出し、丸焼きにした。食べ始めた鉄次が異物を感じて吐き出すと、春駒の入歯だった。大八が死体を豚に食わせたことを打ち明けると、皆吐き出すが、鉄次は倒れる。鉄次は、自分の胃の痛みが胃癌だと信じ込んでいる。医師や、勝代や弟の菊治(佐藤春夫)の言うことは信じられないと、欣太にレントゲン写真を盗ませて、他の医者に見せろという。欣太が何人かの医者に見せると、3日ももたないと言われ、鉄次に伝える。鉄次は、自殺しようとしたが、果たせず、華僑陳(殿山泰司)の手下の王(矢頭健男)に金を渡して、自分を殺してくれと頼んだ。
崎山が残飯代の利権の値上げを言ってきた。日森は、陳に借金を依頼する。しかし、崎山は、日森組を見限って、先に陳に利権転売を持ちかけていた。同胞を裏切ることを中国人は絶対にしないと言う陳。
春子は、再び母親がゴードンからお金を取ったことを知って、菊治が住む川崎に逃げて更生しようと 言うが、堅実な生活なんて嫌だと言う欣太に絶望して、米兵たちの前に身体を曝そうとする。しかし、彼らがシャワーを浴びている間にドルを盗んで逃げだす。しかしすぐに捕まった。
いよいよ日森組のシノギが厳しくなってきた。大八と軍治は欣太に豚を横流しすれば分け前をやると言う。崎山は日森から受け取った金を持ったままハワイに帰国してしまった。更に残飯は今後入札制になると聞いて、慌てて、日森が崎山の家に行くと、既に別の米軍人が住んでいる。泣いているオンリーの弘美も捨てられたのだ。しかし、ちゃっかり新しい住人のオンリーになっている弘美。日森は養豚の商売を格安で陳に譲ろうとしたが、既に軍治たちから話が来ていると言う陳。養豚場に欣太が行くと、春子がいる。二人で横須賀を出ようと告げると、欣太は今晩のシノギが終わったら、金を貰えるので、足を洗うという。横須賀発の終電に待ち合わせることにした。
その夜、養豚場にトラックがやってきた。軍治たちだと思った欣太が招き入れると日森たちだった。袋叩きにあう欣太。大八、軍治がトラックで養豚場に向かっていると、向こうから走って来たのは、日森たちのトラックの列。荷台には、豚と欣太が。トラックのチェイスとなり、そのままドブ板に突っ込んで止まる。警官たちもやってきたので、慌てて日森と大八・軍治は、分け前を決めて休戦する。しかし捕まった時に欣太が何か喋ったら水の泡だ。欣太を消そうとする日森たち。欣太は自分の横にマシンガンが隠してあるのに気が付く。乱射し始める欣太。日森たちは、正当防衛になると思い自分たちも撃ち始める。欣太は、豚を解き放つ。ドブ板界隈は無数の豚で溢れ返る。日森たちは、一人一人豚たちの下敷きに。撃たれた欣太は裏道を横須賀駅に向かう。しかし、ある店の裏口から便所に潜り込み、個室に隠れようとして、便器に顔を突っ込んで絶命する。いつまで待っても欣太が来ない。春子はタクシーの運転手たちが、ドブ板通りが豚で溢れて死人や怪我人が出たと言う噂を聞いて、ドブ板に走る。次々担架で運ばれる日森組の面々。最後に欣太が運ばれてきた。欣太の死体が乗せられて走り出す車に向かって、春子は馬鹿野郎と何度も叫ぶ。
数日後、またアメリカの軍艦が横須賀港について、米兵で満載のハシケに手を振りながら日本人の女たちの集団が、横須賀駅から出てきた。母親の小銭を盗んで、横須賀駅に向かう春子。
何度見ても刺激的な映画だなあ。この時代のドブ板通りなんて見たことは勿論ないが、すごいセットだ。更に、陳、王たちの中国語や、崎山、米兵たちの中国語、英語は、特に字幕があるわけではなく、出演している人物と同じように、観客にはわからない(分かる人も勿論多いだろうね(苦笑))。そうしたディテールが作り上げる世界は強烈だ。
人斬り鉄次と言われながら、小心で鉄道への飛び込み自殺も出来ず(その線路の横には、日産生命のみんなにこにこ安心家族みたいな巨大な立て看板だ)、また、胃潰瘍だったことが分かった後に、以前殺してくれと頼んだ王が、鉄次から貰った金がニセドルで、ニセドルは駄目だよ~と追いかけてくるのを、殺しに来たと勘違いして、全速力で逃げていくシーン。かっての海軍の城下町が、アメリカの租界地のようになった横須賀を、逞しくしたたかに生きていく女たち。若き今村昌平の力技で、観る者を圧倒する傑作だ。
神保町スヰートポーズで、餃子とビールで心地よい疲労感(映画みていただけだが(苦笑))を楽しんだ。
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