阿佐ヶ谷ラピュタで、77年松竹加藤泰監督『江戸川乱歩の陰獣(291)』。
正統派の探偵小説家寒川光一郎(あおい輝彦)は、伝奇的な要素の強い大江春泥という作家を批判していたが、ある時自分の愛読者だという小山田静子(香山美子)という美しい人妻と知り合った。彼女の夫、六郎(大友柳太郎)は、六々商会という会社を経営しており、2年程ロンドンにいて1年前に帰国したらしい。彼女から同級生でかって恋人だった春泥から脅迫状が来ているとの相談を受ける。担当の編集者の本田達雄(若山富三郎)によれば、奇人の春泥の顔を見たものは殆どいなく、原稿を渡すのも妻らしい。更に最近は、失踪しているようだ。
六郎は、しばしば碁を打ちに友人の植草河太郎(仲谷昇)京子(野際陽子)夫妻の家に赴くが、碁の相手は、夫妻ではなく英国から六郎が連れてきたヘレン・クリスティ(田口久美)で、碁を打つ音は、鞭を打つ音のようであり、夫妻も含め倒錯の趣がある。ある時、春泥がピエロの扮装で浅草に現れたという情報に、本田、寒川、静子は出掛けるが、静子は春泥ではないと言う。男は市川荒丸(川津祐介)という貧しい前衛役者のようだ。静子は、自分の寝室を覗く者がいると言い出し、天井裏を調べると金釦が見つかった。
2通目の脅迫状の通りの惨劇が起こった。隅田川の吾妻橋に六郎の全裸死体が上がったのだ。背中の数ヶ所の刺し傷が死因で、何故かカツラをかぶっていた。女中の佐々木初代(任田順仔)は事件当日のアリバイがなく、糸崎検事(中山仁)たちに締め上げられる。実は運転手の青木民蔵(尾藤いさお)と上野の待合いで逢い引きしていたのだ。六郎の服は乞食が死体から剥ぎ取って古着屋に売ったようだ。六郎の通夜に寒川は駆け付ける。いきなりヘレンが現れて焼香もせずに帰る。
怯える静子に、寒川は春泥が自分に挑戦しているのだと言い、静子を必ず守ると言う。しかし、天井からの覗き以降、部屋を変えたが、昨夜窓の外から春泥が覗いていたという。部屋を調べると、何故か鞭がある。寒川が柱を叩き出すと、急に高ぶって寒川に抱きついてくる静子。
寒川は、ヘレンと植草京子を尾行して横浜グランドホテルまで行く。ヘレンの手袋の釦は、天井裏で見つけたものと一緒だった。誘われて部屋に行くと、六郎に贈られたお揃いの手袋だと言い、急に全裸になって鞭を打てと寒川に言う。六郎はロンドンでヘレンと嗜虐趣味を持ったのだ。
一方、本田は、春泥の書籍の奥付にある本名平田一郎と著者近影の人物を知るという、静岡に住む増田芙美子(加賀まりこ)を苦心して探し当てた。彼女は平田の同級生だったといい、大学生の時に、親の事業が失敗して彦根に越して行った同級生の女と別れて死んだと思っていたと証言する。写真は本人だと断言するが、本田の知る春泥の人相とは似ても似つかない。
寒川の作品である「パノラマ島奇談」の上演が歌舞伎座で行われた。寒川は静子と初江と3人で観劇していると、静岡帰りの本田が寒川に耳打ちをする。ステージで展開される奇妙な前衛舞踏。急にステージ上の市川荒丸が血を吐いて倒れ、劇は中止となった。帰りの車の中で運転手青木の手袋に目を留める。 果たして、ボタンが取れた手袋を、
六郎から貰ったのだ。
寒川と静子は、雨の降る中、吾妻橋で下車し、寒川は、自分が信じたくなかった最後の推理を語り始める。静子は、一軒の土蔵に案内した。そこは、寒川と暮らす為に静子が借りたものだ。二階に案内されると、全て赤く塗られ、鏡と一脚の椅子のみが置いてあった。寒川は、春泥の正体を静子に告げる。
他に、前衛舞踏家(花柳幻舟)女優宮島すみ子(倍賞美津子)スタア(中野英治)活動写真館の主(汐路章)女性写真記者(桜町弘子)女ピエロ(石井富子)一銭蒸気の係員(藤岡琢也)お婆ちゃん(菅井きん)らが出演。
乱歩×加藤泰という過剰にエログロな世界と相まって、香山美子の匂い立つような色気に惑わされる怪作。こだわった映像で十二分に掛かっている製作費と、あおい輝彦と香山美子というメインキャストがどれだけ観客を呼び込めたのか、余計な御世話だが心配になってしまう。
シネマート六本木で映画音楽家・林光の世界66年創造社大島渚監督『白昼の通り魔(292)』。ある家のお手伝いの篠原シノ(川口小枝)が洗濯をしていると、同郷の英助(佐藤慶)が包丁を持って押し入ってきた。英助は、シノの首を絞めて強姦するだけでなく、家の夫人を強姦殺人して逃げた。今各地で犯行を重ねる白昼の通り魔の犯行だろうと警察は言う。家の主人(観世栄夫)は、取り乱すが、シノは刑事(渡辺文雄)に、冷静に状況を説明するが、犯人が英助であることは明かさなかった。その代わり、英治の妻で郷里の村の中学で教師をしている松子(小山明子)には、真実記した手紙を出す。 村には、かって村長の息子の源治(戸浦六宏)と中学教師の松子が中心になって村の若者たちが共同農場を経営していた。しかしある年台風で、豚や鶏が全滅、またそこの土地が流されたことで、他の村民の土地が駄目になり、共同農場は続けられなくなった。英助は農地がない水呑百姓で、他の村民の農作業を手伝って生計を立て、共同農場も出資出来ないため豚や鶏の糞尿の始末などを進んでやっていた。共同体の集まりで、松子は、恋愛とは無償の行為だと教えている。英助やシノは彼女の教え子で、自由、人権、人類愛などを教えていた。
シノの父親(小松方正)は、田が駄目になってから、働きもせず酒ばかり呑み、娘に注意されると一家心中すると言いだすが、祖母に毒薬だと頓服を出されると真っ先に逃げ出す情け無い男だ。シノは源治にニジマスの養殖とホップ栽培の元手の借金を申し込む。源治はシノを愛していると言って承諾し、関係を持つ。狭い村で2人の関係はたちまち知れ渡った。源治は村会議員選挙に出馬することになった。一生が見通せてしまったようで源治は厭世的になる。シノに愛し合っているのだから一緒に死んでくれと言い、裏山で2人は首を吊る。源治は死んだが、シノは英助によって助けられる。しかし、意識のないシノを英治は犯すのだ。
シノは何度も松子に手紙を出す。栄次の妻であり共同体の指導者であった松子にどうするか判断してもらおうと思ったのだ。しかし、松子からの返事は来ない。いつの間にやらシノは刑事と一緒に通り魔の被害者に会うようになっていた。しかしある時、シノ→英助→先生という三角の表を刑事に見咎められる。修学旅行の引率で大阪にいる松子の前に現れたシノ。東京に向かう新幹線の中でも現れるシノ。答えを求めるシノのまっすぐな目に、ついに東京駅で、松子は、教師としての立場を捨て、生徒たちを置き去りに走り出す。追いかけるシノ。銀座の真ん中で倒れた松子を介抱するシノ。裁判で、30数名を手に掛けた英助は、シノとの出来事がその後の犯行の引き金になったと証言する。英助の判決の日。二人は汽車に乗っていた。駅弁を勧めるシノだが、松子は手をつけない。松子の分の釜めしをシノは食べる。二人は郷里の村に戻り、英助に死刑判決が出たことが有線放送で流されているのを聞きながら、源治の心中の現場を訪れ自殺を図る。しかし、しばらくしてシノは、毒を吐いて生き残る。松子は死んでいる。また生き残ってしまったと呟きながら、松子の死体を背負って山を降りるシノ。
シノを演じる川口小夜は、健康で伸びやかな肢体を持ち、その大きく強く光る瞳を持っているが、けっして上手くはない。しかし、大島渚は素人の演技に意味を持たせることが本当にうまい。「夏の妹」しかり「少年」しかり。こちらをまっすぐ見る力強いまなざしと、はっきり聞き取れるセリフ(それが棒読みだとしても)があれば、確実に大島のメッセージが伝わってくる。勿論、佐藤慶、渡辺文雄、戸浦六宏、小山明子といったプロフェッショナルな役者と対峙させることと、激しい演技指導で、高い緊張感を維持しているのだろうが。
気高く美しい女教師松子は、田舎の村社会に、新しい自由と正義を普及させたが、教え子だったシノと英助の生命力の前には無力だ。この無力さは、自分の無力さでもある。悲しいなあ。
00年近代映画協会新藤兼人監督『三文役者(293)』。殿山泰司の役者人生。タイちゃん(竹中直人)36歳の時、京都の喫茶店フランソワの17歳のウエイトレスきみえ(荻野目慶子)に一目惚れ、縄手の定宿に連れ込んだ。きみえの父(桂南光?)に結婚の申し込みに行くが、独身だろうなと聞かれて口ごもる。内縁だが、鎌倉に鯛次という店をやっているあさこ(吉田日出子)がいる。あさこに別れてくれと言いに出掛けるが、戦中から戦後食わせたのは誰だと言われ何も言えないタイちゃん。あさこには昔から弱いのだ。結局、きみえの父には何とかしますと調子のいいことを言って、二人で東京赤坂で生活を始め、鎌倉の本妻に対して、赤坂の側近と言われるようになった。
あさこにバレる前に、自分で話した方がいいかと鎌倉に行くと、あさこは、既に結婚届けを提出、更によしこという娘と養子縁組を済ませている。きみえは当然怒って子供を産むと言うが、タイちゃんは中学時代ひどい淋病に罹って子種がないのだ。タイちゃんが監督と言う新藤兼人、乙羽信子らと作った近代映画協会は赤字続きだったが、タイちゃんと乙羽信子の2人のみの出演で台詞無し、必要最小限のスタッフで撮影した「裸の島」がモスクワ映画祭でグランプリを受賞。世界中に売れて10年の借金を返した。次の「人間」で泰司は助演男優賞を受賞。新藤は次々に合宿制の集団創造システムで製作を続ける。
順調に見えるが、タイちゃんは相変わらず酒と女にだらしない。きみえを泣かせ、怒らせることもシしばしばだ。実は裸の島も重度の肝硬変でドクターストップが掛かったが、無視して参加。逆に酒屋もない瀬戸内海の島での合宿生活で健康的な毎日を送ることで、全治したのだ。しかし、他のロケ地では、そんな訳にはいかず監督から再三禁酒を言い渡されても夜になると他の共演者や助監督たちと酒盛りだ。三文役者だからといい、どんな役でもやってきたタイちゃんだが、60を越えると仕事が減ってきた。役者は電話の前で依頼が来るのを待つしかないと言うタイちゃんだが、きみえから近所の手前家にいるなと言われ、毎日仕事だと言いながら、新宿や銀座、浅草などへ出掛けるのだ。
ある時乙羽信子から言われ胃カメラを飲むとあと半年の命だと言われる。きみえはタイちゃんに内緒にするよう頼む。そうした矢先、今村昌平監督の「黒い雨」など3本の仕事が来て喜ぶ。しかし、毎日身体が弱っていき、全ての出番を撮り終えた後、タイちゃんは入院する。
竹中直人頑張っている。今、個性派俳優というと、竹中や、泉谷しげる、ビートたけし、柄本明あたりだろうか。しかし、殿山泰司のような、あの誰にも似ていない個性的な顔だが、どんな役も演じ、どんな人間にもなりおおせる役者は、今どこにもいなくなった。かっての日本のスクリーンには、そうした役者は沢山いた。そうした役者を使いこなせる監督がいなくなったのか。そうした脇役を出すと食われてしまう主役たちばかりになったのか。そもそも、そうした役者はいなくなったのか。魔性の女、荻野目慶子と吉田日出子。二人ともいいなあ。特に荻野目慶子、カッコ付きの女優とかではなくて、全身役者だなあ。何か切なく感じてしまうのだった。
70年大映増村保造監督『やくざ絶唱(294)』。立松実(勝新太郎)は、石川組のやくざで狂犬のような男。彼には溺愛する高3の妹あかね(大谷直子)がいる。2人の母は大丸(加藤嘉)の妾で実は連れ子だったが、苦労の末早くになくなり、実は中学を出てヤクザ稼業であかねを育ててきたのだ。実の妹への溺愛は度を過ぎており、もし付き合う男が出来たら殺しかねない。情婦のかなえ(太地喜和子)が関係の異常さを指摘すると狂ったように殴り、あかねの面前で無理矢理犯そうとする。
ある日、あかねは学校の教師貝塚(川津祐介)を誘惑し、処女を捨て、実に男と寝てきたと告げる。あかねを殴り相手の男を知ろうとする実だったが、お互い勝手に生きるのだと言い、かの子が勤めるバーへ。東風会の連中がかなえに絡むのを見て、叩きのめした上に、警官まで殴り倒して逮捕される。面会に来たあかねに保釈金も弁護士もいらないと言って仏壇に預金通帳があると教えるのだった。実が逮捕されたと聞いて、いつも、実に門前払いされていた大丸と養子の裕二(田村正和)がやってくる。一緒に暮らそうという父に1人で働いて生活していくと言うあかね。
学校を辞め、働き始めたあかねを裕二が訪ねてくる。大丸が危篤だと告げ、あかねを一目会わせようとするが、大丸は亡くなり、死に顔も本妻里枝(荒木道子)の拒絶で見られなかった。あかねに頭を下げる裕二。それを見ていた実の舎弟が面会に行き、あかねと裕二が怪しいという話と、今回の実の事件は東風会の男を殺せという指令にビビったからだと組中が噂をしていると告げる。急に保釈金を出してくれと言い出す実。保釈された実を出迎える石川(内田朝雄)は、直ぐに東風会の殿山をバラせと言う。一件片付けたらと約束する実。
まず本妻里枝を訪ね、妹への遺産を聞く。冷たく拒絶する里枝に、裕二のスキャンダルをバラすと1000万円の小切手を脅し取る。裕二を愛し始めていたあかねは、その話を聞いて実を問い詰めるが、兄に頼らず妾にでもなると家を飛び出す。勤め先の社長にホテルを取らせて、その気になった社長に襲い掛かられると、兄に教えると脅し、裕二を呼び寄せ結ばれる。翌日、実の前に現れる2人。結婚したいという2人に、言葉を失う実。あかねは、兄からはどうしても逃れることは出来ないのだと絶望し、裕二に愛していないのだと偽りを言って無理矢理帰した後に、実を刺して自分も死のうとする。
妹の本心を知った実は、家の外にいる裕二にあかねを幸せにしろと言って、やくざとして死のうと殿村を探しに街に向かうのだった。
殺陣だけでなく、人をぶちのめすシーンも、勝新、実にうまい。あんなアンチヒーローを演じられる役者も、どんどんいなくなってきた気がする。
しかし、この映画は見ようによっては、不幸な育ち方をした18歳の娘のエキセントリックな言動に、周りの男たちも、どんどん不幸になっていくようで、そうした魔性の女に大谷直子はぴったりだ。まあ、自分も含めて、男が哀しい習性で自己破滅するトリガーなんだろうな。
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