2008年11月13日木曜日

苦しみつつ、なおはたらけ、安住を求めるな、この世は巡礼である。

     午前中は大門の歯科。行く途中読んだ風野真知雄の時代小説『神奥の山~大江戸定年組7』に、山本周五郎の『青べか物語』から、「苦しみつつ、なおはたらけ、安住を求めるな、この世は巡礼である」という言葉が引用されている。なんだか今の自分には、とても沁みるなあ。
   神保町シアターで、62年日活滝沢英輔監督『しろばんば(275)』。まあ誰でも知っている井上靖原作。大正5年頃伊豆湯河原、洪作は、沼津の軍隊の軍医である父(芦田伸介)と母(渡辺美佐子)と離れて、母親の実家の分家で曾祖父の妾であったおぬい(北林谷栄)と2人で暮らしていた。直ぐ近くに本家があり、そこの曾祖母(細川ちか子)は、播州の家老の娘で誇り高く、おぬいを嫌っていた。沼津の女学校を卒業して叔母のさき子(芦川いずみ)が戻ってくる。洪作は、美しい叔母が大好きだった。2学期から彼女は、洪作たちの通う尋常小学校の先生に。2学期の終業式、常に1番だった洪作が、2番に落ち、溺愛するおぬいは、さき子に文句を言う。おぬい、叔母ともに大好きな洪作は困惑する。
  2年の夏休みに沼津の両親の家に行くことになるが、内弁慶な洪作は、行きたがらずおぬいを困らす。行った後も、なんとか躾をしようとする母が怖くて、ことあるごとに湯河原に帰ろうと言い出して皆を困らせる。学校では、さき子と同僚教師の中川(山田吾一)の恋愛が生徒、村人の間で噂になり初めていた。その頃運動会があり、徒競走で洪作は頑張って5位になる。オープンに交際しようとしたさき子だったが、田舎の村では通用しない。更に、正式な披露もなく妊娠したことで、中川は他の学校に異動になる。見送りには、さき子と教え子以外はさき子の母のみだった。
   曾祖母が亡くなった。生きている時は悪口を言ったが、死んだ今はいい人だとおぬいは言う。葬儀に来た母とさき子は言い争いに。さき子に無事子供は産まれたが、労咳に。洪作は、本家に見舞いに行くが、さき子は部屋に入れない。洪作は、さき子と歌を歌う。ある夜さき子は、夫の赴任地に向かう。残り少ない人生を夫婦で過ごさせようという親心だった。別れ際、彼女は洪作に、あなたは大学に行くのだから勉強をしなさいと言った。結局さき子は暫くして亡くなる。信じたくない洪作だが、おぬいがさき子をあんなに優しい人はいなかったと誉めるのを聞いて、自分はおぬいが好きだが、それ以上にさき子が好きだったと告白し、おぬいがそれを認めたことで、何かつかえていたもやもやが無くなった気がする。
    さき子の言葉を胸に今迄以上に勉強をする洪作。ある日村の子供たちが天城のトンネルを見に行こうと誘いに来る。子供の足ではかなり遠いが、洪作たちは、ずんずんと進んで行く。途中から素っ裸になって山道を歩き続けるのだった。
   洪作か、ちょっと上の年の時分に、確かにこの映画を見た記憶がある。しかし当時は長くて退屈極まりなく、登場人物も、何だか苛立ちを感ずる者ばかりだった。しかし40年を経て50歳の今はなかなか味わい深い。こいつらみんな、何て愚かなんだ!と小学生の時には自分も変わらず愚かなことを知らない位無知だった(苦笑)。優柔不断な中川先生も、婆ちゃん子は5円安いという言葉が頭に浮かぶような(笑)おぬいの孫への溺愛ぶりも、勝手に祖父の妾に息子を預けて町に出ておいて、おぬいが育てて洪作は性格が悪くなったと言い放つ母親も、洪作が成長するために不可欠な環境のような気がする。何よりも哀しい運命を背負ったさき子を演ずる芦川いずみ。健気で切ない役が、何て似合う女優なんだ!
   55年日活田坂具隆監督『女中ッ子(276)』。秋田から初(左幸子)が、加治木家を訪ねてくる。東京に修学旅行に来た時に親切にしてくれた梅子(轟夕起子)が、東京に来たら寄りなさいとの社交辞令を真に受けて加治木家の女中になるために上京してきたのだ。主の恭平(佐野周二)は、会社から車が差し向けられるような大企業の総務部長。長男の雪夫(田辺靖雄)は昆虫収集が趣味で優等生。それに反して次男の勝美(伊庭輝夫)は、やんちゃで学校でも家庭でも問題ばかり起こして、母親の梅子は頭を痛めている。
  初も、初めは手を焼いたが、勝美が家族に隠れて犬を飼っていることを知って助けてあげることで、心を開く。洗濯屋から届いた筈の梅子のコートが家庭内で紛失した。初がこの家に着いた時のことだったので、疑われたが、実は勝美が犬を物置に隠したときに犬の敷物にしていたのだ。初は勝美に内緒にしてあげると言って、自分の部屋に割り当てられた納戸にある箪笥に隠した。
  働きものの初は、次第に加治木家の誰からも頼りにされていく。勝美の学校で運動会があったが、家族はみな見に行くことができず、初一人だった。親子参加の競争があり、先生から促されて初は勝美と参加。見事優勝する。このことは勝美の初への気持ちをより深いものにしたが、ある日、心無い友達が、初はズルをしたんだと言って、勝美を女中ッ子女中ッ子と囃し立てた。勝美たちは大ゲンカに。しかし、多勢に無勢で勝美はやられた。そこに駆け付けた初は、友達たちを学校に連れて行く。先生に言いつけるのかと思うと、走ってみせて、ズルをしていないことを証明するのだった。
  旧正月が来て、初は秋田に里帰り。秋田の子供を遊びを初から聞いた勝美は、雪の秋田の冬に憧れる。そんな時、勝美の飼い犬が梅子のよそ行きの草履を滅茶苦茶にしてしまう。怒った梅子は、クリーニング屋に言って犬を捨てさせてしまう。学校から帰って梅子に話を聞き、犬を必死に探し歩く勝美。しかし見つからなかった。翌日勝美は家出する。一人で、秋田まで初を迎えに行ったのだ。行き違いになったが、駅員に話を聞いて慌てて戻る初、雪の中で倒れていた勝美は何とか助かり、初の実家で一晩を過ごすことに。初の母親(東山千栄子)たちは、暖かく迎えた。その晩にはなまはげがやってきたり、家の中でヤギを飼っている初の家に、都会育ちの勝美はびっくりしながらも、初の故郷を堪能する。   
  翌日、馬ぞりで駅に向かおうとする初と勝美の前に、雪の中を、転びながら恭平、梅子夫婦の姿が。勝美を迎えに来たのだ。
  この事件は、家族の絆を深めた。更に勝美の飼い犬が帰ってきた。雨でずぶぬれの犬を拭こうと洋ダンスで古着を探す梅子が、初が隠したコートを見つけてしまう。家族が外出したのち、梅子は初を呼び、コートのことを問いただす。何か事情があるのかと聞かれても勝美のために何も言わず、初は暇を出されることになった。初は、東京を去る前に学校に寄る。勝美は出てくるが、女中ッ子と冷やかされるから帰れという。初の顔は曇ったが、校舎の影で嬉しそうに手を振る勝美を見て、初は東京を後にした。
  うーん、切ない。実に切ない。両親が秋田まで息子を迎えに来るところか、犬が帰って来たところで終われば、心温まるいいお話だが、ちょっと残酷な結末が用意されている。勝美は、家に帰っても、初が秋田に帰った理由を梅子ははぐらかすだろうし、生活も落ち着いてきた勝美は、秋田まで迎えに行くと言って家族を困らせることもないだろう。初の盗みと暇を出されたこと全ては、梅子と初の心の中だけの秘密なのだ。その時傷ついたり、泣いても、子供のことだ。次第に忘れていくだろう。それは、梅子以外の家族にとってもそうだろう。梅子も信頼されていた女中に裏切られた苦い思い出として。
  左幸子が、本当に素晴らしい。生き生きと秋田から出てきた初を演じている。最後の勝美との別れのシーンの色々な感情が沸き起こっている微妙な表情をアップで映す田坂監督の演出は素晴らしいが、彼女の力こそだろう。力強いまなざしは、その後の彼女の人生を物語っているようだ。
  しかし、轟夕起子、北林谷栄・・・日本のエンタテインメント業界は、もっと真剣に人材育成をしないと駄目なのではないか。勿論、俳優だけではなく、スタッフも。

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