2009年4月29日水曜日

昭和の日に、昭和の映画。

   午前中は、自宅居酒屋の残りも無くなっていたので、ヒジキの煮物と牛蒡人参蓮根のキンピラを作り、洗濯と読書と惰眠。早昼を、冷凍庫に鰻の蒲焼きが随分前から入っていたのを思い出し、鰻丼。

   神保町シアターで、昭和の原風景
   44年松竹大船川島雄三監督『還って来た男(278)』
   長い石段の上で子供たちが、馬跳びをしている。石段の下から新聞配達の少年が上がって来る。馬跳びを見た少年は転んでしまう。そこに国民学校の先生の小谷初枝(田中絹代)と尾形清子(草島競子)が現れ、怪我を治療してくれる。新聞配達の矢野新吉(辻照八)は、明日名古屋の軍事工場に少年工員として行くのに、怪我をしたことが父親にバレたら怒られるので、内緒にしておいてくれと言う。石段を新聞記者の蜂谷重吉(日守新一)が駆け上がってきて、清子に、何で逃げるんだ、自分は君の兄さんと中学からの親友で、兄さんが戦死して天涯孤独な君のことを心配しているのが、判らないのかと言う。私のことは放っておいて下さいとつれない清子。急に雨が降り始める。近くの屋敷の軒先で雨宿りをする。清子と初枝に、持っている蝙蝠傘を渡して、雨の中去っていく。清子は、悪い人ではないけれど、いつもつきまとってくるし、蜂谷さんが現れると必ず雨が降り出すからと初枝に言う。
    雨の中、新聞を配り終えた新吉が家に帰る。家に入る前に包帯を取って捨てる新吉。新吉の家は、 12歳から船員になった父親の鶴三(小堀誠)が、45歳で船を降りて、船で鍛えたコックの腕で始めた洋食屋を潰して、楽そうだと始めたレコード屋の矢野名曲堂だ。姉の葉子(文谷千代子)と3人暮らしだ。翌日、名古屋行きの東海道線の中で、鶴三は、新吉に、自分も12で船に乗った、若いうちから一生懸命働くことが大切だと傷ついたレコードみたいに繰り返す。
    米原駅で反対側の大阪行きの汽車に、中瀬古庄平(佐野周二)が弁当売りに大声を出している。ようやく手に入れ、席に座る。対面に一人の若い婦人が座って将棋盤を広げている。覗き込んで、声を掛ける。時間潰しに、では一局となったところで、車掌がお医者さんはいませんかと声を掛けている。中瀬古は、私は医者ですと立ち上がった。胃痙攣の乗客に速やかに治療をし、席に戻る。将棋を再開し、ご婦人で将棋は珍しいですなと話かけると、辻節子(三浦光子)と言う婦人は、父親が将棋好きだったが、ハワイに移住して相手がいないので、娘の私が仕込まれましたと言う。しかし、両親を亡くし、最後の交換船で帰国したのだと言う。あなたはお医者さまでしたかと尋ねられ、軍医として南方の方に行っていましたと中瀬古。二人とも、飛車角が反対になっていて怪しいものだ。
   将棋盤は、中瀬古の実家で父親の庄造(笠智衆)との対局になっている。外地に行っている間に随分と腕が落ちたものだと言う父に、いや親孝行ですよと庄平。財産をみなお前に譲るが、お前はもう一つ貰わなければならんものがあると父庄造。よって近々見合いをせいと言う。神戸の造船所の技師の娘だ。自分は見合いは一度きりにしたいので、土曜日にある人間に会ってからにしたいと庄平はいい、見合いは日曜日に決まった。庄平は、京都の恩師の大林先生に相談することがあると言って出掛ける。しかし、何故か、奈良の大仏殿にいる庄平。すると、汽車で一緒だった辻節子に再会する。節子は何か縁のようなものを感じて嬉しそうだが、庄平は、京阪電車に乗って京都に行くつもりが、近鉄に乗って奈良に来てしまったので、奈良の療養所に行くことにしたのだと説明すると、じゃあと言って去ってしまう。
   庄平がバスに乗っていると、中瀬古軍医殿、中瀬古軍医殿と声を掛けて追いかけてくる兵士がいる。庄平は、走るな走るなと大声を出し、次の停留所でバスを降りる。南方で治療をした般山上等兵(山路義人)だった。いくら治ったと言っても無理をしたらいかんではないかと庄平。懐かしい再会に、思い出話をしながら、踏切まで来ると、向こう側に節子が立っている。やあと声を掛けられ、本当に節子は嬉しそうだ。しかし、その後は、2本の汽車が通って、ほとんど会話にはならない。やっと踏切が開いて、やれやれと節子が渡ろうとすると、庄平と般山の姿は消えている。
   療養所で診察をする庄平、その後京都に向かう。名古屋の工場の寮、雨が降っているので、室内で少年工員たちは、ジェステャーをやっている。新吉の順番になり、新聞配達となる。直ぐに正解を出せるが、窓際に行き、雨を見ながら、かっての生活を思い出し、矢野名曲堂に帰ってきてしまう。鶴三に怒られて、名古屋に帰っていく新吉。
   庄平が、国民学校の生徒を引率している初枝に、この32番地の矢野和子さんのお宅を探していますという。22番地の間違いであった。そこに、節子が現れ、古美術の大河堂を探しているのですがと、初枝に声を掛ける。節子は、庄平との縁を感じずにはいられない。二軒とも近くなので、案内しますと初枝。
    庄平は、矢野名曲堂で、葉子と話している。庄平宛に慰問袋を送っていたのは、葉子の母和子だったが、去年亡くなり、その後は、葉子が送っていたのだと言う。そこに、鶴三が帰宅し、庄平に身体を見て貰う。少し胃拡張気味だが、健康体ですと庄平。鶴三は、自分が12歳で船乗りになってと話を始める。気が短い庄平は、しきりと話を打ち切ろうとするが、なかなか鶴三はしぶとい。急に庄平は、医者の不養生というが、自分は子供のころから麻疹以外、何の病気もしたことがない健康だ、マレーで現地の子供たちを見るうちに、これは帰国したら日本の虚弱児童を集めた施設を作ろうと思った。幸い、父親が財産を譲ってくれるというので、さっそく取り掛かろうと思っていると話し始める。さすがの鶴三も目を白黒させて聞いているだけだ。
   節子は、大河堂の主人に、話をしている。かって、父親がハワイに移住する際に、長野で処分した先祖代々の財産の中で仏像だけは、手放すのではなかったというのが父親の遺言なので、その仏像を探し歩いて、ようやくここにたどり着いたのだと言う。主人は、そういういわくがあったものですかといい、実際、仏像をこの店に持って帰る途中、汽車の中で胃痙攣を起こし死ぬ思いをしたので、気味が悪くて、すぐに売ってしまったのだと言う。肩を落とす節子に御得意さんなので、売り先を紹介しますよと主人。
   庄造の前に節子がいる。わしは、人には5分しか会わないことにしている。1分で説明してくれと庄造。節子の話を聞くなり、そういう仏像でしたか、気に入っていたのだが、お渡ししましょうと言う。どうせ、三日後に息子の見合いがあり、そうすると全財産は息子にやってしまうので、ただで差し上げましょうという。そうですか、息子さんのお見合いでと節子が言うと、人に上げるのが好きな人らしいから貰っておきなさいと息子の声がする。顔を上げると庄平だった。驚き笑顔になる節子だったが、三日後に見合いという話を思い出して、切ない表情に。
   国民学校の教室で、初枝が、近畿地方についての授業をしている。校庭では、尾形清子が薙刀の授業中だ。授業を終えて、校舎に入ってきた清子に、峰谷が待っていた。新聞記事を差し出し、あなたは、南方への派遣教員の募集に応募していたのですね、合格者のリストにあなたの名前があったので、早刷りを会社から持ってきましたよと峰谷。南方であれば、かって自分は報道班員として派遣されていたのだから、相談してくれればよかったのに、頼りない男かもしれないが・・と峰谷。しかし、清子は、誰の力も借りずに、兄が戦死した南方で働きたかったのだと答える。そこに、初枝が通りかかり、先日お借りした蝙蝠傘をお返ししなければと言うと、今日は別の傘を持っているので、大丈夫ですと言って去る峰谷。初枝が、清子に、峰谷さんひげを剃ったのねと言う。
    峰谷が歩いていると、矢野鶴三の顔馴染の夜店屋が慌てて引き返してくる。矢野名曲堂の軒先から葉子が、どうしたのと尋ねると、あの新聞記者が歩いていると必ず雨になるので、商売上がったりだと言う。事実雨が降り出す。矢野名曲堂に、峰谷が来ている。葉子に「雨だれ」のレコードを掛けてくれと言って聞き惚れる。そこに、新吉が帰ってくる。鶴三は、お前が雨が降るたびに寂しくなって休んでいたら、それだけ飛行機の増産が遅れるのだ。自分も付き添ってやるから直ぐに名古屋へ戻ろうと鶴三。
   神戸の工場で働く、般山上等兵を診察し、健康だと太鼓判を押して、工場を出て歩いていると、節子に会う。節子は、父親の遺言の仏像をお寺に納めて、ようやくすっきりしたので、神戸の工場で働くことにしたのだと言う。庄平は、戦地で一番辛かったのは、中学の友人に再会したが、治療の甲斐もなく亡くなってしまった。友人には、たった一人の身寄りの妹がいる筈なので、明日の命日、その妹に会ってから、見合いをすることにしたのですと言う。昼休みの終了のサイレンがなり、節子は仕事に戻って行った。
   国民学校で運動会が行われている。初枝が、場内アナウンスをしている。庄平が、尾形清子と言う人を探しているんですと先生らしい男性に尋ねると、マラソン大会の出場者が足りないので出場してくれと頼まれる。その先生からゲートルを借り、足に巻く庄平。ビリからスタートした庄平だったが、最後には1位でゴールする。マラソン競争の結果のアナウンスをしようとした初枝が、優勝者が中瀬古昌平と書いていあるのを見て驚く。翌日の見合いの相手だったからだ。
   レース後、庄平は、ようやく尾形清子を見つける。清子のとても前向きに生活している姿を見て安心する庄平。その時、急に雨が降り始める。果たして峰谷がやってくる。峰谷と庄平は、中学が一緒だったのだ。10年ぶりの再会に喜ぶ二人。尾形の思い出から、中瀬古家に場所を移して、庄平は、虚弱児童の施設の開設の話を熱弁している。メモを取っている峰吉に気が付いて、新聞には書くなよと釘を刺す庄平。そこに、庄平の母の寿子(吉川満子)が酒を持ってきて、あなた脚絆巻いているのねと言う。運動会で借りて返し忘れたと庄平。庄平と峰吉は飲み、妻を娶らばさいたけて~と歌う。
  その雨の夜、葉子が、中瀬古が明日見合いをするという話を思い出して、切なくレコードを掛けていると、やはり、新吉が帰ってきてしまう。鶴三は、新ぼうは、そんなにおとっつあんや姉ちゃんの側が恋しいのか・・。それなら、父ちゃんも姉ちゃんも、一緒に名古屋に行って働こうと言う。葉子は、中瀬古先生が、薬を持ってきてくれるっていっているのに、というが、鶴三は、お国のためだからわかってもらえるだろうと聞く耳を持たない。
   翌日の日曜日、庄平は国民学校にゲートルを返しに行く。木下先生はいらっしゃいますかと、職員室に声を掛けると、初枝が宿直でいるだけだ。初枝は古瀬古のことを知っているが、庄平は分からない。昨日マラソン大会の時に、借りたゲートルを返していないことに帰宅してから気が付いて、ゲートルに清水と書いてあったので、たぶん清水先生のものだろうと思って返しに来ましたと言う。初枝が話しかけようとすると、せっかちな庄平はすぐに帰ってしまった。ゲートルを見て、初枝は楽しそうに笑う。
   帰宅した庄平に、母親が今日あなたの見合いなのに、そんなままでいいのと声を掛ける。明日ではなかったでしたっけと庄平。休日、学校に顔を出した清子に、峰谷がやってくる。再び報道班員として、南方にいくことになった。これは、あなたとは関係ない、いや、あなたが南方に行くと聞いて志願したと思って貰ってもいいと言う。清子は、初めて笑顔で、向こうでも会いましょうねと言う。南方では、始終雨が降るから、雨男とはいわせないぞと言う。
   庄平が矢野名曲堂に、鶴三の胃拡張の薬を持っていくと、「廃業のお知らせ」が貼ってある。名古屋に向かう汽車に乗る家族。そこに、夜店屋のおやじが声を掛けてくる。夜店屋も、雨や槍が降っても出来て、お国のために名古屋の工場に行くのだ。神戸の工場、節子は、今日が庄平の見合いの日曜日だと思いだしている。機械油で、顔を汚して仕事に励む節子。
   庄平に庄造が、お前の虚弱児童向けの施設の話が新聞に出ていたぞと言う。峰吉に、書くなと言っていたのに、と文句を言おうと、電話に向かうと、電話が鳴る。庄平宛に、初枝からだ。ここに及んでいくら鈍感な庄平でも、小谷初枝という見合い相手の名前は知っている。さっき学校に持って行ってゲートルには、中瀬古と書いてあったというのだ。こんなせっかちで、そそっかしい男ですが、さっき会ったことは見合いではなかったとしてくださいと言いながら、私は、落第ですか、及第ですかと問い詰めるうちに電話は切れている。母親に見合い写真を始めて見せて貰い、庄平は、国民学校に走っていく。校門前の石段に、初枝が出て来ている。自分のゲートルを受け取って、庄平は、僕は、落第ですか、及第ですか、と尋ねる。あなたは、さぞかし、点の辛い先生でしょうねと言う庄平に、初枝は、国民学校には、落第はありませんと答え、微笑んだ。石段に立ったまま、庄平は、虚弱児童の施設作りを一緒に手伝ってほしいと、自分の夢を滔々と語りだし、止まらない。  

    川島雄三の処女作。なかなかいいテンポのライトコメディ。戦時中なのに、戦意高揚とは言い難い。一応、航空機を増産するために、工場に行ってお国の為に頑張るんだと言うが、少年工員の新吉は、父親と姉と離れて暮らすのが寂しくて何度言っても帰ってきてしまう。銃後の厳しい生活と言うより、2枚目の佐野周二を見る女たちの目にはハートマークが出ているし、国民学校の運動会の父兄マラソン大会やら、なんだかのどかな雰囲気だ。まだ、制空権を奪われてB29が来襲するようになる前で、まだ戦争が、遠い北支や南方で行われていた気分だったのか、本土決戦という緊迫感はない。

   結構お客さんが入っているが、やっぱりこういう監督で引きの映画のお客さんは、圧倒的に男だな。勿論、後期高齢者が中心。

    阿佐ヶ谷ラピュタで、孤高のニッポン・モダニスト 映画監督中平康
    60年日活中平康監督『地図のない町(279)』
   青年医師の戸崎慎介(葉山良二)は、急患を死なせてしまったことが心の傷となり、病院を辞め、昼間は競輪場、夜は怪しげな酒場で荒んだ生活を送っていた。ただ一人の血縁である妹の佐紀子(吉行和子)は、そんな兄が立ち直るのを待っていた。しかし、咲子は婚約者の梶原五郎(梅野泰靖)とテニスをした帰り道、梓組の半被を着た5人組に襲われ暴行を受けてしまう。翌日睡眠薬自殺を図った佐紀子は、すんでの所を兄妹の亡父と友人であった医師の笠間雄策(宇野重吉)に救われた。悔い改めた戸崎は、佐紀子の婚約者の梶原を役所に訪ねるが、町のボスの梓米吉(滝沢修)に目を付けられることを恐れた梶原は、佐紀子のためにそっとしておいた方がいいと言う。結婚に対しても考え直したいとの発言に、戸崎は梶原を殴ってしまう。
    その頃、歓楽街で客を引いていた幼なじみの小室加代子(南田洋子)と再会する。加代子の一家が住むスラム街の東雲町に、妹と住むことを決意し、加代子の父親の養七(浜村純)の家の二階に間借りをする。あの事件以来、佐紀子は心を閉ざし、ミシンを踏み続ける毎日だ。戸崎は、笠間の診療所を手伝うことになる。笠間は貧しい東雲の住人たちのために、診療代も取らずに治療するため、高利の金を借りていた。
    戸崎は、妹を強姦した梓組の破落戸たちを許すまいと、警察に通い、最後には、梓建設の社長と市会議員が表の顔である梓米吉を訪ねるが、全く相手にされない。更に、ある日、加代子が、米吉の妾になることになった。打ち明けられた戸崎は、自分の無力さに歯軋りをするばかりだった
   東雲一帯を、整理して市営団地を建てる計画が明らかになる。このスラム街は、戦後のどさくさに勝手に家を建て出来あがったのだ。市会議員で更に市の土木委員会の委員長となった梓は、市営住宅の建設だけでなく、住民たちの立ち退き、整地など、この事業の全てを独占した。スラム街の人間たちに、そもそも市有地に無断で家を建てて住んでいるお前らには、1万円の立ち退き料しか払わないと脅される。
   笠倉診療所を借りて、住人たちの集会が行われる。江田兼造(小沢昭一)、小室養七(浜村純)、川西辰次(嵯峨善兵)たちは、笠間診療所で笠間に代表になってくれと頼むが、診療所は自分の土地として登記しているので、支援はするが、自分が代表になるのは問題だと言った。集会が終わり、腕を撃たれた持田政雄(山内明)が治療をしてくれとやってきた。持田は、傷マサと呼ばれる梓組の幹部だったが、人を射殺して刑務所に入っていたが出所してきたのだ。さっそく、撃たれて診療所にやってきた。梓組の人間と聞いて治療をしないと戸崎は言うが、医師として治療してやれと笠間に言われ、仕方なしに麻酔を使わずに、弾丸を摘出してやる。戦地を思い出すなあ、この荒っぽい治療の借りは必ず返すと持田は言って去る。
   なかなか長屋の住人がうんと言わないので、梓組の破落戸たちが、長屋衆を見かけると路地に引き込んで殴る蹴る、商売の邪魔をすると嫌がらせを始める。更に、笠間診療所が丸一に借金があることを嗅ぎつけ、その債権を無理矢理買い取って、期日まで40万を払わなかったら、担保になっている診療所の土地建物を引き渡せと通知してきた。笠間は、丸一と梓建設の顧問弁護士のもとに赴くがらちは開かない。実は、診療所の土地に市営住宅向けのスーパーマーケットを建てようとしていたのだ。慎介は、梓は街の疾患なのだから、無理にでも取り除かないと駄目なんじゃないかと言うが、笠間は、我々は医者何だから、医者のやり方しかないのだと答える笠間。慎介は、納得出来ない。
   慎介は、加代子から、加代子の住まわされている妾宅の風呂が改装しているので、毎晩10時頃加代子が銭湯に行く間、米吉が一人でいると聞く。妾宅は、映画館の裏だ。二階から中が見える。加代子が銭湯に出て行くと、米吉は、射的の鉄砲で、加代子の飼い猫を撃っている。その残虐な顔をぶち殺したいと思うが、加代子の家に向かう路地の入り口には、待田が見張っていて、慎介を見てにやりと笑う。仕方なしに家に帰ると、一階の雄七の所に長屋の連中が酒盛りをしている。立ち退き祝いだと自嘲気味に盛り上がって騒いでいる。間借りしている二階に上がると、佐紀子が箪笥の引き出しから預金通帳とハンコを出し、更に、母親の片見の指輪も対した金額にならないだろうけれど、まだ負けた訳じゃないと差し出した。それを見ていた長屋の連中も、梓組の破落戸に強姦されて以来心を閉ざしていた佐紀子の気持ちに心を打たれる。その輪は広がり、町内や町外からも、少しずつ寄付が集まり始める。治療代を溜めていた患者たちも、苦しい生活の中から、何とか診療所を守ろうとお金を払い始めた。
    貧者の一灯、返済の目処が立ちそうになったことを焦った梓は、笠間を待ち伏せして半死半生の目に合わせる。更に一人で、乗り込んで行った養七も袋叩きだ。慎介は、今晩こそ、梓米吉を刺そうと出掛ける。映画館の二階から梓が来ていることと加代子が銭湯に行ったことを確認するが、やはり待田が見張っている。
   しばらく時間を潰そうと近くの飲み屋に入ると新聞記者の中塚(佐野浅夫)が声を掛けてくる。梓のやり口はいつも最低だが、今度の市営住宅は必ずしも悪いことだとは言えないと話し掛けてくるが、暫くして酔いつぶれて寝てしまう。再び慎介は、米吉の下に戻る。今度は待田はいない。玄関を静かに開け、二階に上がる。階段から猫が駆け降りて来た。病院から隠し持ってきたメスを握りなおして、二階の部屋を覗いた慎介の目に入ったものは、血だらけで倒れている米吉だった。息が止まるほど驚いた慎介が、死体を見ると、自分が持ってきたのと、全く同じメスだ。殺したのは俺じゃない。頭が混乱した慎介は、転げ落ちるように階段を降り、外に走り出す。死ぬほど走って、用水路に持っていたメスを投げ捨てる。誰が殺したのか、考えても解らない。ふと我に帰り、梓米吉に刺さったメスと電灯に指紋を残してきたことを思い出し、勇気を振り絞って再び戻ると、メスが消えている。電灯の指紋と畳の自分の足跡を消す。
   梓が殺されているのを発見した加代子は、長屋に走って戻る。大怪我をして寝ている筈の父親の養七も、慎介もいない。胸騒ぎがして、倒れている養七を見つけると、血だらけの手で、慎介が梓を殺してしまった。メスが残されていたので、必死で抜いて、川に捨てたのだと言う養七。
   加代子は、川沿いに、横になっている慎介を見つける。自分の金を渡して、とにかく逃げてと言うと、慎介は自分も殺していないと言う。傷マサが見張っていて、殺せなかったのだと言うと、傷マサは梓のために刑務所に入ったのに、知らん顔されて怒っている、傷マサの腕を撃ったのも梓よと加代子から聞いて、メスを使って、自分の犯行に見せかけたのは、自分の処置を恨んでのことだったのだと言う慎介。
    加代子が、嫌がる慎介を引っ張って、警察に行くと、今立て込んでいるのでと相手にしてもらえない。市会議員の梓の殺人事件だと聞こえたので、梓米吉の妾と、笠間診療所の医師だと言うと、なぜそれを早く言わない、なんで、梓の死体を見つけたのに警察に通報しなかったのだと加代子は、見つけたのなぜ治療をしなかったんだと慎介は怒られる。
    実は、笠間が梓を殺し、大変なことをしてしまったと診療所に電話をしてきたのだが、その後、笠間は行方不明になっており、自殺の可能性が高く必死に探しているのだと聞かされる。青酸カリ自殺をした笠間の死体が発見される。中塚が、精誠実で正直な医師が、悪徳な市会議員を殺したという話には、ならないのだと言う。実際、立ち退き問題を逆恨みした医師が、寄りによって商売道具のメスで、市の有力者を殺したとスキャンダラスな記事が新聞を賑わせた。市営住宅の建設も、梓建設は、専務の竹林半次(安部徹)が社長に昇格して、事業を継続することになったと報じられている。
  地元の大きな寺院で、梓米吉の葬儀が盛大に行われている。弔問客の中に、戸崎慎介の姿がある。梓組の人間たちの中にざわめきが起こる。焼香し、竹林に、「善良で正直な人間は、普段何も言わないが、馬鹿にしたり、追い詰めた時の恐ろしさは分かったでしょう。僕は、診療所を引き継ぐことにしました。この世で一番怖いもののの仲間入りを仲間入りをします。」と静かに言う慎介。

   婚約者とテニスをする溌剌とした娘が、不幸な出来事で、黙々とミシンを踏み続けるようになってしまう吉行和子がいい。小沢昭一、浜村純、三崎千恵子らスラム街の住人たち、気持ちいいくらいのヒール役の滝沢修は勿論、宇野重吉、葉山良二、南田洋子、山内明・・・、役者は十分すぎるくらいに揃っているのだが、梓米吉を殺したのは誰だというサスペンス的な演出でスピードアップする筈の後半が、どうも煮え切らないのは何だろうか。

    久し振りに、同居人と地元のイタ飯屋に。店主が最近来ていないなあと思っていたと言う。ここのポテトサラダと、蛸と茗荷のサラダが大好きで、自己流で作っていたのだが、久し振りに食べて、何だか全く違うものになっていたことに気が付く(苦笑)。

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