2009年4月16日木曜日

シネマ大吟醸

    神保町シアターで、昭和の原風景
    39年東宝京都石田民三監督『むかしの歌(250)』
    明治初期、大阪西横堀町(船場)の回船問屋兵庫屋の一人娘お澪(花井蘭子)は芸事好き。父親の治平(進藤栄太郎)と母親のお辻(三條利喜江)が結婚させたがっている四つ橋の油問屋の若旦那珊次(藤尾純)が店の前を通りかかる。珊次は、お澪の端唄を聞いている女を見かける。珊次は治平に声を掛けられ、兵庫屋に上がることに。お澪は、子供のいない兵庫屋夫婦に、納得ずくで家に入った女の子供であり、兵庫屋が続くための、道具として期待されている存在なのだと知って以来、屈託があり、気ままに勝手をしてきた。
    お澪は、頭もいいが、飄々として人がいい珊次を嫌ってはいないが、何か決められたレール通りに生きることに抵抗感があり、一緒に駆け落ちをしようと無茶を言う。二人が連れ立って歩いていると、車夫に追われた娘(山根寿子)が逃げてきて気を失う。娘を兵庫屋に連れて行く。医者に見て貰うと、空腹のせいだろう。一晩寝かせておけば大丈夫だと言う、しかし、熱もあり、お澪は、娘の看病をする。しばらくして目を覚ます娘。
   娘は十軒通りという貧しい長屋の貧しい士族の鉱平(高堂黒典)とおそよ(伊藤智子)の一人娘のお篠。貧しく内職で食べているが、鉱平は、かって上野の山で戦った相手であるが、西郷が薩摩で士族のために立ち上がるのであれば、馳せ参じたいが、旅費がない。そのために鬱屈する父のために、車夫に身を売ろうとしたが、果たせず逃げ出したのだ。お澪は、珊次に帰宅の途中に、お篠は無事であるので心配しなくていいと伝言を頼む。珊次は、お澪とお篠の顔を見て何事か気が付いたようであるが、お篠の家で一人夫と娘を待つおそよの顔を見て、あなたは、兵庫屋でお澪の端唄を聞いていた女だと確認して得心した。
   翌日、お澪は、お篠によかったら、兵庫屋で、妹のように暮さないかと言う。遠慮をしながらも、自分が家を出れば、少しは実家の生活も楽になるだろうし、お澪の人柄に承諾する。再び、珊次は、十軒通りの鉱平の元を尋ねる。士族としての誇りを傷つけられるが、何か珊次の人柄にお篠を預けることを了解する鉱平。その頃、兵庫屋の治平は、大阪の島津家を訪ねていた。島津家の用人は、西郷の蜂起はありえないと否定し、その言を信じた治平は、商いの勝負に出る。西郷立たずで、仕入れの金を運用する。番頭の泰三(冬木京三)は、お澪が柵次の元に嫁がないのであれば、泰三を婿にするという話もあるほど、主人夫婦の信頼も厚かったが、治平の賭けに反対し使用人の分際でと怒鳴られている。お澪が、お篠に三味線を教えていると、義母のお辻から、家がこんな大変な時に芸事は止めろと言われ、お篠を残して、一人珊次の元を訪ねる。
   お澪を部屋に上げて話している。自分は、兵庫屋の商売を続けるための道具にしかすぎない。自分を産むための哀しい運命の女だった実母に、ひと目会ってみたいものだと言うお澪。珊次は、何も言わずに、お澪を十軒通りに連れていく。鉱平は不在で、おそよが一人内職をしていた。珊次に呼ばれ、おそよと対面したお澪は、おそのの涙を見て、全てを理解する。しかし、ショックで走り去るお澪。その夜遅く帰宅したお澪は、ねえさんと呼ぶお篠に耐えられない。手紙を書き、珊次の元に届けるよう使いに出した。お澪の手紙を読んだ珊次は、いきなりの母子の再会がお澪にとってショックが強過ぎたのだと反省する。何も知らないお篠に全てを話し、お澪の気持ちが落ち着くまで、この家にいるよう勧める。またそれは、気持ちの整理のつかないお澪の希望でもあった。
   鉱平が兵庫屋を訪れた。おそよから全てを聞いて、礼をいいに現れたのだ。お澪は、自分の手箱に入っていた金を取り出し、この金を持って行ねと鉱平に叩きつける。そんなお金を貰いに来たのではないと言う鉱平。しかし、その時西郷立つという瓦版屋の声が聞こえてくる。読むなり、鉱平は、今度だけは、この金を借りていくと言って掴むなり、全速力で家に駆け戻り、刀をつかむや、西郷軍がいると言う熊本に向かった。西郷が起ったということは、兵庫屋治平にとっては、商いの破綻を意味した。破産した兵庫屋の店先では、兵庫屋の財産の競売が行われている。炬燵には、呆然とした治平夫婦がいる。お澪の髷を髪結いの大亀(沢井三郎)が、色街風に整えている。嘆く大亀に、平然とお客を呼んでねとサバサバと話すお澪。色街に売られたが、すっきりとした表情のお澪。そこに、お篠を連れた珊次がやってくる。お篠と、お篠と自分の実母のおそよのことを頼むお澪。人力車が迎えに来た。雪がちらつく中、お澪が人力車に乗ると、おそよがいる。おそよに笑顔を見せて、去っていくお澪。お澪は、かっておそよが兵庫屋の前で聞いていた端唄をくちずさんでいる。

   凄い。セット、カメラ・・・すべてに唸る。市川崑が助監督として参加している。市川崑の映像美の教科書だったのだろうか。明治維新からそんなに時間が経っていない日本の、いや大坂船場の風景。すべてセットなのだろうか・・・。しかし、古めかしく重々しいだけでなく、お澪の花井蘭子と珊次の藤尾純のやりとりは、今でも全く通用するような男女の会話。気まぐれなお澪に振り回されながら、飄々と楽しんでいる珊次。大傑作だ。

      40年松竹大船野村浩将監督『絹代の初恋(251)』
     三好絹代(田中絹代)が、煎餅屋の開店準備をしていると、毎朝煎餅を買いに来る女児にオマケをしてやる。父親の六達(河村黎吉)が出勤しようとしているが、寄る年波に勝てず、立て続けに忘れ物をする。弁当、ハンカチ、帽子全部長女の絹代が確認してやるのだ。次に二階に寝ている妹の光代(河野敏子/井川邦子)を起こさなければならない。枕元で声を掛けても起きないので、目覚ましを鳴らし、火事だと叫ぶとようやく飛び起きる。朝ご飯を食べさせ、送り出す。父親は弁当を光代のと間違えて小さい弁当箱を持って行ってしまった。
   光代は、証券会社の桐山商店で働いている。社長の桐山誠之助(三桝豊)は、息子で常務の昌一郎(佐分利信)に、もっと仕事に身を入れるよう忠告している。大学時代山登りをしていた昌一郎は、株屋という仕事に現実感が持てないのだ。また、社長の息子だとおべっかを使う幹部の社員にも、馴染めないものを感じている。昼休み、弁当を食べている光代に、昌一郎が「随分と大きな弁当だね」と声を掛ける。光代は、父親が弁当を間違えて持って行ってしまったことと、仕事を一生懸命やっている人間はお腹が空くと言う。自分への皮肉を言われているように思えた昌一郎は、社長から昼を食べに行かないかと誘われたが、腹は減ってはいないと断る。
   六達は、外国人客の利用も多い格式高いホテルのボーイを務めている。しかし、昨晩客(宮島健一)から大阪行きの急行券を買ってくれと金を預かったが忘れてしまっていた。支配人(寺門修)、六達は首を言い渡される。絹代が、店で煎餅を焼いていると、幼馴染で髪結いをしている親友のおのぶ(水戸光子)が、そろそろ髪をやりに来る頃でしょうと誘いに来る。小僧に仕事を任せ、出かける絹代。街を歩いていると、おのぶが、あそこに立っているのはおじさんじゃないの?と言う。確かに、ボーッと立っているのは、父親だ。店には後から行くと言って、父親を連れて家に戻る絹代。ホテルを首になってしまったという六達に、絹代は、小豆と日本酒を小僧に買いにやり、悲しむのではなく、無事に仕事を務めあげたことを喜びましょうと励ます。
   改めて、おのぶの店で、髪を結い、銀座に遊びに行く。甘味屋で、とりとめもなく話をした後、街を歩いていると、歌舞伎座だ。演目に見て行きたいと券売所を見るとすべて売り切れだ。がっかりして帰ろうとすると、一人の紳士が、二枚の切符を要らなくなったので差し上げますと声を掛ける。遠慮するが、捨てる所だったのでと、名前も名乗らずに去って行った。二枚目でスマートな男が忘れられなくなる絹代。実は男は、桐山昌一郎だった。蔦の家の房江(坪内美子)が見たいと言うので、せっかく苦労して切符を取ったのにすっぽかされたのだ。蔦の家に行くと、風邪気味だが房江はいる。長い間のお馴染だが、囲碁敵なのだ。
   昌一郎は、率直なもの言いのあの女事務員が気になっている。昼休み、社内電話で光代に電話をして、「今日のお菜は?」と冷やかすと「乾し鱈と昆布の佃煮です」とそっけなく答えて電話を切られる。数日後、常務室に光代を呼び、社員は、みな自分に対してチヤホヤするばかりで、何も言ってくれない。君には、自分の味方になってほしいので、僕について思っていることを言ってごらんと言う。そう言われましてもと遠慮する光代に直も尋ねると「怠け者です。お酒を飲みます。ぜいたくです」
と言い、「でも一番いけないのは、これと思う仕事を持っていないことです」付け加える。この一言に、昌一郎は傷つく。
   その夜、学生時代の山登りの友人の北原(山口勇)を、蔦の家に呼び出し、会社の事務員に恋をしてしまったのだと告白する。昌一郎は、その話を房江にも聞いてほしいと座敷に呼んだ。房江は、結婚しなさいよと明るく進めて、酒を取りに部屋を出る。けなげに結婚を勧めたものの傷つく房江。昌一郎の両親が、六達を呼び出し光代を息子の嫁に欲しいと切り出した。六達は、光代の勤め先の社長夫妻の呼び出しに、娘が何かしでかして首になるのかとやってきたが、突然の話に目を白黒する。何か狐につままれたような気分のまま、帰って家族と相談しますと言って、帰宅する。
   帰宅した六達は、光代の玉の輿話に魂消たと絹代に話している。本当は長女のお前に申し訳ないのだがと切り出したが、私は光代の姉でもあり母でもあるのだから、そんなありがたい話をお受けしましょうと言う。しかし、六達から見せられた相手の写真に息をのむ。歌舞伎座で切符をくれた、あの紳士だったのだ。少し置いて、六達に振り返って、私は光代の母なのだからと繰り返した。


    38年松竹大船清水浩監督『按摩と女(252)』
    山中にある温泉場に向かい二人の按摩が歩いている。洋装は徳市(徳大寺伸)和装は福市(日守新一)。彼らは、毎年寒い冬は海に近い温泉街、暑い夏は、山中の温泉街と往復している。二人は健脚で、山道で目明きを追い越すことを自慢にしている。彼らを追い越していく馬車がある。徳市は、馬車に東京の匂いのする女が乗っていると福市に告げる。温泉街に着いた二人、今年も20人程目明きを抜かしたが、ハイキングの学生5人連れに抜かれたのが、徳市は悔しくてたまらない。
    徳市は鯨屋から声が掛かる。行ってみると、東京の匂いがする女三沢美千穂(高峰三枝子)だ。若い女なのに、とても凝っている。いつまで逗留するか決めていないとも言うし、何か悩みがありそうだ。次の客は、徳市たちを追い抜いた学生たちだ。念入りに揉み、翌日歩けないようにしてしまう。一方福市は、やはり追い抜いて行った女学生5人組だ。按摩さんたちが余りに頑張るのでつられて歩いてしまったので、按摩代をまけろと無茶を言う。次に、馬車にも乗っていた子供と若
い男(佐分利信)の部屋だ。子供は、竹籤で福市の顔に触れると蚊が止まったと勘違いするので、面白がっている。
    翌日、朝から徳市指名で、昨日の東京の匂いのする女からの按摩の注文が入る。
  to be continued.

    この特集は、居酒屋大全などの書籍を愛読させていただいている太田和彦さんの「シネマ大吟醸」の文庫化に伴うものだ。酒の飲む方に関しては、二十歳頃からの意地汚い飲み方から一向に成長せず、恥をかいてばかりだ。ちょうど一回り上の戌年の太田さんが、あとがきで、評論家の川本三郎さんの「古い日本映画を見ることを全てのスケジュールに優先させる」という20年程前の言葉を引用されているが、この言葉とともに、この文庫は、今の自分には最高のプレゼントとなった。


   池袋新文芸坐で、芸能生活70年 淡島千景の歩み
   53年文学座/新世紀映画社今井正監督『にごりえ(253)』

 【第1話十三夜】
     満月の夜、人力車で、奏任官原田勇の元に嫁に行った娘のせき(丹阿弥谷津子)が訪ねてくる。父親の齋藤主計(三津田健)と母もよ(田村秋子)は、思いがけない娘の里帰りに喜ぶ。両親は、孫の太郎のことや、原田のお陰で、せきの弟の亥之助が昼間仕事につくことが出来て夜間に通うことになったことなど語り尽きない。実は、せきは、外に女を作り遊び歩き、家でも教養やしつけのなさをあからさまに罵る夫の仕打ちに耐えられず、息子の太郎を寝かしつけた後、家を出て来たのだ。もよは、家の前でわずか17歳のせきを見染め、まだ、何のしつけもしていないと固辞するのを、半ば強引に嫁にした癖に、そんなひどい仕打ちをするような原田と別れればいいと言い、せきと一緒に泣き崩れた。
    しかし、父主計は、息子太郎と永久に会えなくなるのだと言い、息子への想い一生泣き暮すことを考えたら、原田の仕打ちに耐えることは簡単だろうと言う。また若くして奏任官に選ばれるような原田には、我々のような凡人が想像も出来ないような苦労があるだろうと言って、直ぐに婚家に戻るように告げた。せきは、息子太郎のために、全てを耐えて過ごすと誓って、家を出る、門前で弟の亥之助(久門祐夫)が夜間から戻ってきたところに出会った。主計は、亥之助に表通りで人力車を探して、姉を乗せてやれと言う。
   表通りで、人力車を見つけ麹町の屋敷までと頼む。しかし、しばらく行った人気のない場所で、車夫は、気分がすぐれないので、ここで降りてくれと言いだす。こんなところでは、代わりの車も拾えない、せめて何とか広小路まで行ってくれないかと車夫に頼んだせきは、車夫が、幼い頃よく遊んだ近所の煙草屋の息子の高坂祿之助(芥川比呂志)だと気が付く。

 【第2話大つごもり】
   資産家山村嘉兵衛(竜岡晋)は、後妻のあや(長岡輝子)の不人情と気まぐれに、奉公人はひと月と持たない。前妻との惣領息子の石之助(仲谷昇)は、そんな家庭を嫌って家には寄り付かず、放蕩を繰り返している。山村の下女みね(久我美子)は、孤児の自分を育ててくれた伯父の安兵衛(中村伸郎)が伏せっていると聞いて、見舞いに行く。そこで伯父夫婦が高利貸しから借りた金の利息の2円だけでも大晦日に入れなければならないので貸してもらえないだろうかと相談される。気立ての優しいみねは、あやに頼むので心配するなと答える。甥の三之助(戌井市郎)に取りに来てくれと告げた。
   大晦日、酔った石之助が勝手口から入ってきた。再び奉公人が辞め、みね一人になっていた。嘉兵衛は、大晦日にも関わらず釣りに、あやと二人の娘(長女は、岸田今日子)は買い物に外出している。石之助は、金の無心に来たのだが、お茶の間で待つので、酒を用意してくれと言う。みねが酒と簡単な肴を用意して持っていくと、石之助は炬燵で眠っていた。三之助がやって来るが、あやには話をしてあるが、外出しているので、夕方改めて来てくれと言う。
   あやと二人の娘が帰ってくる。石之助が来ていると言うと眉を顰めるあやたち。みねが勇気を振り絞って、あやに、2円の借金の話を持ち出すと、貸すと言った覚えはないと言う。更に、あやの妹が産気づいたという連絡が来ると、いそいそと出かけてしまう。出掛けに嘉兵衛が貸していた20円の金を返しに来た男がいる。あやは、金を娘にしまっておくように依頼して外出してしまう。娘は、結局20円の金を仕舞う様に下女のみねに預ける。お茶の間の引出しに一旦はしまうみねだが、石之助は寝ており、魔がさしたみねは、20円から2円を抜いてしまう。伯母のしん(荒木道子)がやってくる。もともと2円は頼める筋ではなかったので忘れてくれというしん。みねは、既に主人に借りていると言って2円を渡してしまう。
   主人の嘉兵衛が帰宅する。石之助は、いろいろと、やくざな遊びの借金を返さないと醜聞が起こって、山村家に迷惑を廃嫡して、娘に婿を取りたいのだろう、その手切れ金としてもらえないかと言う。あやは、50円の金を渡して帰らせる。大晦日も夜となり、主人夫婦は、金を計算している。今日帰ってきた20円を思い出したあやは、下女のみねに、お茶の間の小箱を持ってくるように言う。恐れていたことが目の前になったみねは、震える手で、小箱をあやに渡す。引出しを開けるなり、あやは、お金がないと言う。目をつぶるみね。しかし、引き出しの中には、石之助の引出しの金も拝借候という手紙が残されていた。石之助を罵る主人夫婦の声を背で聞きながら、台所で脱力するみねの姿。

 【第3話にごりえ】
  本郷丸山の岡場所を後に控えた新開地にある雨が降ればぬかるむ通りにある小料理屋というか、あいまい宿の菊の井のお力(淡島千景)は、新開地一と言われる売れっ子の酌婦。かっては布団屋を手広く営んでいたがお力に入れあげた挙句、今は落ちぶれ荷馬車の後押し程度の賃仕事の人足、源七(宮口精二)が、ひと目会いたいと度々訪れるが、お力は顔さえ出そうとはしない。
  ある晩、お力は朝之助(山村聡) という客に声を掛け、座敷に上げる。見栄えもよく、金払いもいい朝之助に、お力は惚れる。しかし、同僚のお高(北條まき子)お照(文野朋子)お秋(賀原夏子)に、朝之助の財布から金を配るが、自分は名刺だけを抜き、明後日改めて来てくれと言って、朝之助を帰す。菊の井の主人の藤兵衛(十朱久雄)と女将のお八重(南美江)も、思いがけない上客にホクホクだ。
  お力は、気まぐれで、しつこい客の座敷を中座したりする。しかし、下女が櫛を落としたと聞いて、縁日で買ってきて、こっそり渡したりする気立てはいい女なのだ。朝之助は、身の上話をして、妻にしろ妾にしろとは、けっして言わないお力の気風を気に入って通って来るようになった。ある日酔いつぶれたいとお力は、貧しかった少女時代の話をする。
  源八は、お力との楽しかった日々を思い出して、ろくに働きもせず、ゴロゴロしているような男だ。妻のお初(杉村春子)が、お力のせいで夫がこんなになってしまったと、はっぱをかけたり、愚痴をいったり、お力を罵ったりするが、源八の屈託を深めるばかりだ。息子の太吉(松山省次)は、道で見かけたお力に鬼と罵っている。日に日に、お初と源八の距離は広がっていく。源八は離縁を申し出る。お初は、太吉を連れて家を出た。
  お初は、長屋の者たちに仲裁を頼み、家に戻るが、源八はいない。その頃、新開地の裏山で、心中死体が発見された。死体を改めている巡査たち。男が、女を後ろから斬りつけた上、自害したようだ。勿論、男は源八、女はお力である。

  本当に不遇としか言いようのないお力の人生。貧しさから身を売られ、なんとか生きてきた女を、かって金で買っていた男が没落の上、そんな女に未練を残し、しがみ付こうとした挙句、無理心中する。心中とは名ばかりで、自殺の道連れだ。救いようのない映画の巨匠今井正は、裏切らない。

     59年大映木村恵吾監督『歌麿をめぐる五人の女(254)』
      日本橋の裏通り金兵衛長屋、まだ薄暗い明け方、金魚売り甚八(見明凡太郎)が出てくる。3年も仕官が叶わない浪人の妻のおたみ(淡島千景)は、井戸を使っている。そこに、大家の金兵衛(山茶花究)が出てきて、おたみに、家賃の催促をする。おたみのところと、今美人画で江戸では人気者の喜多川歌麿(長谷川一夫)が、この3年間家賃を溜めているのだ。金兵衛は、歌麿の戸を開けると、甚八の娘のお雪(野添ひとみ)が掃除をしている。お師匠さんは昨夜からお留守です、仕事場には誰も入れてはいけないと言われていますというお雪に、大家と言えば親も同然、自分の長屋の店子の部屋に入って何が悪いんだと言って、入り込み。そこにある美人画を勝手に持って帰る。
   その頃、歌麿は吉原の大文字屋にいる。花魁の滝川(矢島ひろ子)と瀬川(倉田マユミ)が歌麿の噂をしている。花魁の小車(毛利郁子)の部屋で、刺青の下絵を小車の肌に書いていた。本来はご法度の花魁の刺青を入れろという小車に、江戸で一番の刺青師権次(寺島貢)は、小車の肌を見るなり、こんな綺麗な肌は、今まで自分が描いてきた刺青が色あせるので、彫れないと言いだしたので、小車は歌麿に下絵を描かせればいいだろうと頼んだのだ。しかし、そもそも花魁に刺青はご法度、奥には内緒で、歌麿は、一晩かかって描いていたのだ。歌麿も、こんな餅肌は見たことない。自分が今まで描いてきた美人画は、女を描いていなかったと嘆かした。小車は、歌麿と権次の刺青を一目見ようと、昼も夜も客が押し寄せた。
  歌麿の美人画に描かれるだけで、江戸中の話題となり、女のいる店は大繁盛する。水茶屋小伊勢屋のおとせ(淡路恵子)もその一人。同じ長屋に住むおかく(清川玉枝)の娘で、日本橋の袂の一膳飯屋で働くお蝶(春川ますみ)も、歌麿に描いてほしいと、捨て身で、歌麿に迫ってくる。よく知る長屋の娘、拒んでいたが、娘心に打たれた歌麿は描く。お蝶も大層評判になって、一膳飯屋をやめ、水茶屋の看板娘に出世した。
   歌麿の美人画を売る絵草紙屋いせ源は、連日押すな押すなの大盛況。そこに、松平周防守(沢村栄之助)お抱えの狩野栄川(河津清三郎)を中心とする狩野派の一問が通りかかる。いせ源に飾られている歌麿の絵を、品性が賤しく絵と言うものではない、ちゃんと狩野で学べと店主のいせ屋源兵衛(南部彰三)に言って、踏みつけた。ある夜、柳橋を歌麿が歩いていると、栄川の門弟たちが、襲いかかる。そこに通りかかった柳橋一の人気芸者の小はん(山本富士子)が通りかかり、歌麿を助ける。実は、栄川や、田川玉川(尾上栄五郎)たちは、柳橋で飲んでいて、門弟たちが歌麿を痛めつけたという報告を待っていた。小はんを座敷に呼んだが、女将は小はんが風邪でこれないと言う。しかし、離れから小はんの歌が聞こえてくる。一言文句を言おうと門下が離れに行くと、歌麿と一緒に盃を重ねている。小はんは、歌麿を闇打ちしようとしたのを助けたのは自分だと啖呵を切る。
   歌麿は、自分の絵に、春信のような気品がないことを気にしていた。長屋にいるおたみ(淡島千景)に絵を描かせてもらうよう取りなしをおかくに頼んだ。1両の金を出すと言われ悩みながら承諾するおたみ。
   江戸に、イベリアの曲芸団が象を連れてやってきた。水野筑前守(嵐三右衛門)松平周防守たちは、象ではなく、象使いの異人の女たちに目をつける。歌麿に描かせようと思いつく。お抱え絵師として、栄川は何故自分にと言うが、襖に絵でも描いておれと言い捨てられる。筑前守の屋敷に呼ばれた歌麿は、側室たまき(中田康子)を紹介される。江戸の女は誰でも自分の絵を描いてほしいと言われた歌麿に断るたまき。
   イベリアの訪日団の接待に、自宅の庭に鯉を放ち、二手に分けた腰巻一枚の女たちに鯉の生けどりを競わせようという下品な趣向を筑前守たちは、考える。歌麿は、甚八に頼んで、金魚問屋の辰巳屋の身分証明を借りて忍び込み、その様子を盗み見る。たまきの姿に我を忘れた歌麿は、池の水門を開け、失神して流れてきたたまきの裸像を描き取った。武家屋敷に忍び込んだことは、斬り捨てられてもしょうがないことだったが、たまきの絵に喜んだ筑前守に、お抱え絵師と言われたが、歌麿は、市井で江戸の女たちを描き続けることを選び、使者を怒らせた。
   おたみは、歌麿に裸像を描いてもらう時だけが、女としての自分を感ずることができる瞬間だった。絵の完成が近づき、おたみは、自分の身を歌麿に任せようとするが、歌麿は避け、多額の礼金をはずむ。しかし、おたみと歌麿の気持ちを感じ取ったお雪は、泣いて走り去り、以前より持ちかけられた室町丸正の若旦那からの縁談話を承諾する。玉の輿に乗ったお雪を祝う宴会が金兵衛長屋で盛大に行われた。金にセコイ金兵衛が自分の金を出す訳ではなく、全て歌麿の出費だ。酔って、水を飲もうと井戸に行った歌麿を、暴漢が襲う。狩野栄川の門弟なのか、お抱え絵師を断ったことで面子を潰された筑前守の意を汲んだものたちなのかは分からないが、歌麿の利き手を骨折させ絵筆を握れなくなった。
   お雪の嫁入りの行列が金兵衛長屋を出る。金兵衛は得意満面だ。丸正の屋敷に入ったところで、お雪は、父甚八に突然歌麿が好きなのだと言う。今更と言いながら、娘の気持ちを知った甚八は、火事だと大声を上げ、娘を逃がす。お雪は、走りに走り、金兵衛長屋を目指す。棒手振りを切りきり舞いさせ、大名行列を横切ってまで花嫁姿のお雪は走った。金兵衛長屋につき、歌麿の部屋の戸を開けると、だれもいない。遅すぎたのかと溜息をついたお雪に旅姿の歌麿が、祝言はどうしたのだと尋ねる。自分は歌麿の手となりますと言うお雪。

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