2009年3月19日木曜日

輿論は常に私刑であり、私刑は又常に娯楽である。

  
    新宿ピカデリーで、君塚良一監督『誰も守ってくれない(162)』。
    中学校の体育の授業中、楽しそうに球技をしている少女。住宅街の一戸建ての家の前に車が止まり、戸惑う主婦に捜査令状を見せ、踏み込む刑事たち。
東豊島署防犯係の刑事勝浦卓美(佐藤浩市)は、後輩の三島省吾(松田龍平)と、娘へのプレゼントを買っている。勝浦は妻とうまく行っておらず、味方してくれている娘にそれを贈り、3日後から休みを取って久し振りに家族旅行に出掛けようと思っていたのだ。しかし、豊島区姉妹殺人事件の応援に呼び出される。容疑者は18歳の少年。加害者家族をマスコミや野次馬たちの追及から守らなければならず、容疑者の妹の船村沙織(志田未来)の保護を、勝浦と三島は担当させられる。
   容疑者の少年宅は、マスコミでごった返し野次馬含め大変な騒ぎになっている。容疑者の家族を保護の目的に、区役所員、家庭裁判所員などが訪れ、母親の旧姓に変えるために、父母の離婚と結婚の手続き、また、妹の就学義務の免除手続きなどが事務的に執り行われる。警察署ではマスコミの目があるので、父親と妹は事情聴取のために、別々のシティホテルに、母親は現場検証の立ち会いを求められる。沙織は母親にこの家で兄を待とうと言うが、両親は動転もあり、警察に言われるままだ。
   勝浦と三島は、沙織を車に乗せ新宿のホテルに向かおうとするが、マスコミの車が何台も追走し、容赦なく沙織にフラッシュを浴びせかける。運転する三島は全速力で撒こうとする。地下駐車場を利用して何とかホテルの部屋に沙織を連れて行くが、直ぐにマスコミに発見され慌ただしく移動することに。   次に指定された杉並区清水の親戚の家もマスコミに囲まれ、叔母が取材を受けている。三島に家宅捜索の手伝いの指示はあるが、沙織を隠す場所はなかなか決まらない。困った勝浦は自分の部屋に連れて行く。沙織が携帯を家に忘れてきたが、友達からのメールなど他人に見られたら死ぬと言い出す。勝浦は家宅捜索中の家に行く。どうも容疑者は完全黙秘しており長引きそうだと聞き、溜め息をつく。母親がトイレに入ったまま出て来ない。嫌な予感がした勝浦はドアを壊して中に入ると母親は首を括っていた。藤浦は必死に心臓マッサージを繰り返すが、意識は戻らない。
    勝浦が沙織の携帯を取りに行っている間、沙織には、尾上令子(木村佳乃)が付き添っていた。彼女は精神科医で、勝浦は患者だった。かって覚醒剤捜査で、売人を捕まえるために上司の指示で、中毒者を泳がせていたら、ナイフで通りがかった男の子を刺殺した事件は、勝浦の責任となり精神的なバランスを失い、定期的なカウンセリングを受けていたのだ。
    沙織の母の死にショックを受けた勝浦は、再びパニックを起こしそうになり、懸命に抑えていた。自室に戻り、沙織に携帯を渡して、令子の自宅に移動して、母親のこと彼女に伝えて貰おうとした時に沙織の携帯が鳴る。沙織のボーイフレンドの園部達郎(冨浦智嗣)からの電話だったが、自分の母親が自殺したと報道されていることを知ってしまう沙織。警察がついていたのに、母親が死んだことにショックを受け、勝浦を激しく非難する沙織。
   東洋新聞社会部の遊軍記者梅本孝治(佐々木倉之助)は、容疑者宅から沙織を連れて行った刑事に記憶があった。社に戻り、資料を探し、3年前の覚醒剤中毒者による行きずり殺人で、警察が捜査の拙さを追及された時の担当刑事だったことがわかる。加害者家族を庇う刑事が、かって行きずり殺人の担当であることを暴き、警察を弾劾する記事を書く梅本。梅本の息子が学校でイジメを受けた際に、教師たちに放置され、不登校になってしまっていることもあり、公務員を憎んでいた。勝浦の自宅住所を調べ、尾上の自宅まで尾行する梅本とカメラマンの佐山(東貴博)。
   令子のマンションのチャイムが鳴る。梅本は、沙織のインタビューを取らせろと言う。加害者の家族を守るためにお前ら税金を使いやがってと罵る。署に戻って、係長の坂本(佐野史郎)に何時になったら、沙織の保護する場所の指示が来るんだと尋ねる勝浦。しかし坂本は、兄が証言しないので、所轄で妹からの調書を取ることで、自分の成績を上げたいので止めていたのだ。この仕事から下ろしてくれと言う勝浦に、新聞の早刷りに梅本が書いた警察を非難した記事が載っており、もう逃げられないと冷たく指示をする。
   翌日の早朝、勝浦は沙織を連れ令子のマンションを出る。本来家族と泊まろうと思っていた西伊豆のペンション本庄に向かう。オフシーズンの海沿いのペンションは、誰にも分からない筈だった。実はペンションのオーナー夫婦本庄(柳葉敏郎、石田ゆり子)は、3年前覚醒剤中毒者に寄って、幼い息子の命を奪われた両親だった。事件を受け止め夫婦で生きて行こうとした本庄夫妻しか、頼る先はなかったのだ。その頃、ネット上での豊島区姉妹殺しの容疑者一家をバッシングは暴走していた。容疑者少年の本名、顔写真、住所がどんどんアップされ、ついには沙織の写真から、保護している勝浦刑事の名前と住所が上げられている。
   夕食後、本庄夫妻と勝浦が話しあっている。妻と娘を連れて、ここに来て、3年前に起きたことを全て話すつもりだったと言う。家族を大切にしてあげて下さいという久美子に、ギリギリなところでまだ繋がっていますと答える勝浦。しかし、偶然そのやりとりを聞いてしまった沙織の表情は固まる。
   翌朝、ペンションの周りに怪しげな若者たちが集まり、撮影をしている。三島からの電話で、このペンションに自分と沙織が泊まっていることまでがネット上に上がっていると知る勝浦。沙織が勝浦を困らせたいと携帯で書き込んだのだ。また、本庄圭介は、自分の子供を殺された父母として、やはり容疑者の家族を守る勝浦を受け入れることは出来ないと告白する。返す言葉もない。
   三島と稲垣(津田寛治)がペンションにやってくる。稲垣は、何とか沙織の調書を取ろうと、声を荒げ、問い詰めるが、沙織は貝のように黙ったままだ。その時、窓を叩く少年がいる。沙織のボーイフレンドの達郎だ。親には付き合うなと言われたが、心配になって家出をして会いに来たと言う。とりあえず、その夜は泊めることになる。学校や友達の近況を楽しそうに話す二人の声を聞いて安心する勝浦。
   寝ずの番をする筈が、つい眠ってしまう三人の刑事たち。翌朝、二人が避難梯子を使い二階の部屋から逃げ出していることが判明する。最寄りの駅まで、車を走らせる勝浦。駅にはいない。市内で少年の姿を見つける。達郎は、沙織をラブホテルの一室に連れ込み、隠しカメラでネット上に生中継していたのだ。部屋に入りカメラとノートパソコンを見つける勝浦。中継は止まったが、そこに、達郎と二人で撮った写メを見つけて、驚く沙織。
   そこに、3人連れの男たちが現れ、ノートパソコンを取り返そうと、勝浦たちに襲いかかる。勝浦は沙織を庇い、殴られている。結局男たちは逃げ出し、乗った車のバックナンバーも隠されている。ペンションに戻る途中の砂浜で海を見つめている二人。問わず語りに、沙織は、かって兄弟仲は良かったが、受験勉強で父親に殴られるようになり、兄は部屋に引きこもるようになったこと、事件のあった日に兄が血だらけの手を洗っていたこと、その後沙織助けてくれと言ったこと、兄が話さないのであれば自分も話さないことにしていたと告げる。兄さんを守ろうとしたんだな。これから、父親や兄、家族を守るのは沙織がやらなければいけないのだと言う。勝浦の胸で泣き出す沙織・・・。
    
     フィックスさせないカメラで、ドキュメンタリー的な撮影は緊張感を与えてよかったが、特に新しいテクニックではない。そういう意味で、役者たちではなく、ネットの向こう側の人間たちの描写はあまりに、俗っぽく、ありふれていたのではないか。それぞれ、苦悩する内面を抱えながら生活や仕事をしなければならない登場人物の人間性がもう少し深みがあって、その人間たちをモノ笑うかのようなネットの向こう側にいる人間たちのもう少し暗い異様さみたいなものが出せていれば、この映画の意図した陰影がより強いものになったんではないだろうか。
    そうした意味で、テレビドラマで過酷な役を演じ続けてきた"10代の若手女優の中でトップを走る実力派女優"(苦笑)の志田未来を使う意義はあるのだろうが、演技派というイメージを消費するだけに留まっているかどうか、かなり微妙なところだ。意外に表情は乏しい、感情が顔に出ないということでなく、喜怒哀楽の4種類しかない表情ということだ。それは、現代人全ての傾向だから、それがリアルということなのだろうが、映画の奥行きを薄っぺらいものにしてしまっている。
       
     「おくりびと」を見にきた善男善女で映画館の窓口は混雑し、シネコン慣れしていない人で混乱も。こういう10年20年振りに映画館に来た観客こそリピーターとして取り込まなければいけないのに、映画興業界は本当に駄目だなあ。中高生の映画館習慣の定着と金と暇のあるシルバー層の映画館青春よもう一度こそが、生き残りのためのマストなのに・・・。年寄りの困惑を救い上げないと、これからの日本のサービス業は生き残れないだろう。30代、40代の自分の世代が、最も映画館で時間を過ごすことが難しい世代なのだから、自分たちを基準にした快適性は最も不必要なものだ。

   六本木ミッドタウンで、WIRED VISION主催のIPTVセミナーの最終回。面白かったなあ。中村伊知哉がモデレーターを務めた榊原廣(博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所)、鈴木祐司(NHK放送文化研究所主任研究員兼解説委員)、福原伸治(フジテレビ情報制作局プロデューサー)の「テレビ放送と映像コンテンツの今」というタイトルで「テレビは老人のメディアになったのか」「テレビ産業は潰れるのか」「コンテンツはどうなるのか」など、少しあざとい問いかけをしていく第1部や、AVオタクの久夛良木健と麻倉怜士の二人の妄想爆発の第3部の「テレビとネットとテクノロジーのこれから」もとても面白かったけれど、
   個人的には第2部の京都大学大学院教育学研究科准教授の佐藤卓己が、とても刺激的だった。大宅壮一の「1億総白痴化」というキャッチフレーズの呪縛。教育=教養+選抜、つまり選抜という要素のない教育は、教養を生み、選抜でしかない試験勉強などの教育は、教養ではないなど・・・。しかし、「誰も守ってくれない」を見たあとなので、
  氏の著作「輿論と世論」の話の関連で引用した芥川龍之介の「侏儒の言葉」
【輿論   輿論《よろん》は常に私刑であり、私刑は又常に娯楽である。たといピストルを用うる代りに新聞の記事を用いたとしても。 又  輿論の存在に価する理由は唯《ただ》輿論を蹂躙《じゅうりん》する興味を与えることばかりである。】という言葉が響く。ついでに続く、
【敵意  敵意は寒気と選ぶ所はない。適度に感ずる時は爽快《そうかい》であり、且《かつ》又健康を保つ上には何びとにも絶対に必要である。】
ネット社会が・・とか、マスコミが・・・ということではなく、自分の中にある興味や爽快の自覚と、謙虚さが必要だ。
   渋谷7th Floorで実籾の歌姫小笠原愛のライブ。東京マラソンに出場を激励。結局、博華で餃子とビール。

0 件のコメント: