2009年2月16日月曜日

坊主の食卓

    朝早起きして、惣菜6品作り(ヒジキ煮、きんぴら、南瓜煮、鶏牛蒡、切り干し大根、鶏挽きと大根白滝炒め煮)赤坂のメンタルクリニックに寄って独身“美人”OLに惣菜差し入れ、新宿三丁目に。
  シネマート新宿で、高橋伴明監督『禅 ZEN(85)』。
  鎌倉時代、世の中は荒廃し、民は苦しみ、その苦しみを救う筈の仏教も、僧兵が跋扈し、盗み、タカリ、暴行、強姦など悪行三昧だ。そんな中、道元(中村勘太郎)は、8歳の時に亡くなった母、伊子(高橋恵子)の言葉を思い出していた。
   14歳で仏門に入り、24歳で真の仏教を求め、宋に渡った道元は、しかし、宋の仏教も堕落している。中国各地を放浪の末、道元は、ある日、亡友で、源頼朝暗殺で処刑された公暁と瓜二つの青年僧、寂円(テイ龍進)に出会い、正師となる天童山の如浄(鄭天庸)に出会う。そして、ある夏の夜明けに、悟りを拓く。
   帰国した道元は、建仁寺で「普勘坐禅儀」の執筆をする。俊了(高良健伍)、達磨宗の禅僧懐奘(村上淳)、遥々宋から道元を師として日本に渡ってきた寂円と、日本で如浄禅師の教えを広めようと決意する。堕落した仏教界に失望する若い僧たちが集まり、危機感を募らせた比叡山初め、既成宗派は邪教と決めつけ、僧兵に取り囲まれる。鎌倉幕府の六波羅探題、波多野義重(勝村政信)によって助けられ、洛外の安養寺に移る。
   遊女のりん(内田有紀)は、幼いころ道元に助けられたことがあるが、遊女に身を落としていた。更に、自堕落な夫、松蔵(哀川翔)との間に子供が生まれ、その生活に疲れ果てている。ある日、赤子が死にそうだとりんは、道元をに訴える。道元は、里の家一軒一軒を回り、身内が亡くなったことの無い家で、豆を一粒貰ってこいと言う。瀕死の我が子を抱いてりんは必死に探し歩くが、勿論見つけることは出来ない。冷たくなったわが子を抱いて嘘つきだと責めるりんに、道元は何も語らない。俊了は、死はつねにあることに気付かせようとしたのだと説明する。りんは、体を売り、その金をお布施として道元に渡そうとする。当惑する弟子たちに、尊いものだと受け取る道元。
   しかし、興聖寺も、道元たちに安住の地ではなかった。叡山の僧兵たちは、焼き討ちの暴挙に出る。波多野義信の勧めもあり、越前の山中に坐禅の場、永平寺を建立する。
    りんは、働きもせず自分の身体だけ求めてくる夫の松蔵に愛想を尽かし、家を出た。永平寺を訪れ、入門を願うが、道元は認めなかった。近在の百姓の農作業を手伝いながら、坐禅を組むりん。ある日、里山の中で俊了に出会う。俊了は、坐禅を組んで修行するのではなく、食事の支度をする僧となっており、茸を取りに来ていたのだ。よく取れる場所を教えるりん。しかし、俊了が蛇に足を咬まれ、その毒をりんが必死に吸いだすことで、若い俊了の心の底にあるりんを愛おしいと思う心が浮かび上がってしまう。直ぐに我に返り、自分の心を恥じる俊了。寺に戻り、辞する俊了。道元は涙を堪え見送った。下山する俊了の後ろ姿に、りんは泣きながら名前を呼び、自分の責任だと詫びた。振り向いた俊了は、中国語で、我君を愛すると呟く。勿論、その声も意味も俊了には届かない。
  波多野義重が早朝道元を訪れる。執権の北条時頼(藤原竜也)が、権力を握るまでに流してきた血のため、夜毎怨霊に祟られ苦しんでいると言う。道元は、寂円一人を連れ、懐奘には、永平寺を守るよう伝え、鎌倉に向かう。しかし、道元の語る、ただ坐禅を組み己を見つめ、全てを受け入れよという教えは、時頼を苛立たせる。しかし、斬首しようとした時頼の剣の前でも、ただ落ち着いて坐禅を組む道元と、弟子の寂円の姿を見て、時頼は納得する。
  道元は、天命を全うしようとしていた。弟子たちに一人一人声をかけ、最後には坐禅を組みながら死を受け入れる道元。
  得度し、日本中を旅するりんの姿がある。京では、手足が不自由な乞食に身を落とした松蔵の姿がある。金を恵み、自分の髪を渡すりん、しかし、その修行僧が、かっての自分の妻であったりんであるとは、理解する教養もない松蔵。小さな庵で、子供たちに坐禅の心得を伝えているりん。
  まあ、仏教というもの、禅というもの、道元という人間を知るには、勿論物足りなく、しかし、その入口に多くの人を導いていることで、成功したと言える映画だろう。中村勘太郎の顔もいい。ちょっと、時頼に祟る怨霊と、ラストシーンのCGは、ちょっとどうかと思うけど。その部分だけ新宗教団体のプロパガンダ映画に見えてしまう。
    しかし、人気だなあ。8割女性20代以上各世代満遍なくと言う感じだろうか。狭い方の劇場ほぼ満員。下の角川シネマでも、上映しているにも関わらず。しかし、たまに映画館に来るご婦人方は、大分混乱していて、自分が間違えても、劇場スタッフに高飛車に大クレームだ(苦笑)。
   続いて、横山一洋監督『クジラ~極道の食卓(86)』。
   久慈雷蔵(松平健)55歳は、妻の久美子(秋本奈緒美)と娘の美優(岡あゆみ)を前に、離婚を切り出す。夫がこうと決めたら動かないことを知っている久美子は、自分に愛想が尽きたのではなくやりたい事があると言う話を聞いて、直ぐに荷物を纏め娘を連れて家を出る。離婚届に久慈の涙が落ちる。
   久慈はヤクザの濁組の組長だ。朝、組に出て、若頭の吉田(中村譲)を始め組員たちに、これからは夜は組の仕事をやらないと告げた。実は久慈は、星和高校夜間部に編入したのだ。黒の詰め襟の学生姿で、自己紹介をする久慈。自分の隣に座ればと声を掛ける女子高生木村咲子(岩佐真悠子)。久慈雷蔵だからクジラくんと呼ぶ。ちょっと、淡い青春に萌える久慈。しかし、夜間部の番を張っているつもりの良平(久保翔)たちは、咲子と仲良くしている久慈に嫉妬する。to be comtinued.  
   元同僚と広告代理店の友人と女性シンガーソングライターのNさんと赤坂で会食。もう一杯ということで、赤坂のバーの老舗中老舗のGに行く。何だか調子にのって酔っ払っているうちに、途中から代々木上原の美人人妻が参加したので、とっても嬉しくなってしまって、終電は完璧に逃してしまい、タクシー帰宅。失業者としての自覚が足りないと反省する。

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