2009年8月19日水曜日

もう一つの日本の悲劇

    ラピュタ阿佐ヶ谷で、昭和の銀幕に輝くヒロイン【第48弾】星由里子

    67年宝塚映画丸山誠治監督『父子草(479)』
     遮断機が鳴っている。踏切とガード下に囲まれた場所に小笹と言うおでんの屋台がある。そこで、酔っ払ってご機嫌で民謡を歌う労務者の男(渥美清)がいる。女将(淡路恵子)は、少しうんざりとした顔だ。また遮断機が鳴り出すと男「騒がしいなあ。もっと静かな場所に店出せねえのか」と悪態をつく。「いや、このカンカン言っている音も、日によって、嬉しそうに聞こえたり、悲しそうに消えたりするのよ。」
     一人の若者(石立鉄男)が暖簾をくぐり、隅に腰を下ろす。女将ホッとしたように、「あんたの好きなゼンマイ味染みてるわよ」「じゃあ、ゼンマイと大根」男絡む「五月蝿せえなあ」若者は、ご飯だけを詰めたアルマイトの弁当箱の蓋を開け、おでんをおかずに食べ始める。再び、民謡を歌い始める男。女将仕方なしに「いい歌ですね。」 「おべんちゃらを言うな。若僧どうだ?」若者「聞いたことないからわかりません。」「何だと、俺の故郷を馬鹿にしてんのか?」「どちらなんですか?」「佐渡だ。」「佐渡なら、佐渡おけさなら知っているけど、」「佐渡おけさなんて俗なもんじゃなく、佐渡相川音頭ってえんだ。若僧、酎を一杯やらねえか」「これから仕事何です」「仕事でも何でも俺の酒が飲めねえってえのか」つかみかかるが、若者振り解くと、男よろける。女将、間に入り「西村さんはこれからお仕事なんですよ。もう時間だろ、勘定はつけておくから、もうお行きよ」「てめえ、勝負しろ」「しょうがない、売られた喧嘩だから」すぐ前の空き地で、組み合う二人。男を投げ飛ばして、走って勤めに向かう西村。
     翌日雨が降っている。やはり男が座っている。「よく逃げなかったな、飯済ませたら、もうひと勝負だ」と空き地で体を動かし始める。西村は大根と豆腐を頼み「おばさん、最近よく来るのかい?」「夕べが初めてだよ。そこにあるなでしこの鉢だって、危うく割られるところだった。逃げておしまいよ。」「いや、負けやしないよ」結局、今日も投げ飛ばす西村。
    3日目の晩、男が待っているが、西村は現れない。いつも夜働いているなんてろくでもない奴に違いないと言うと、女将は「西村さんは昼間は予備校に通って夜は近くの高校の夜警のアルバイトをしているんですよ。今時立派な若者ですよ。東大を受けて落ちてしまったらしいです。」バハアだ、マズいおでんだと憎まれ口ばかり叩く男に、「これ飲んだら帰っておくれ、あんただってもう若い年じゃないんだから、帰ってお休みゆ」まだまだ絡み続ける絡む男に「こう見えて、あたいは江戸っ子だよ。神田の生まれだよ!帰っておくれ!!」。そこに、美代(星由里子)が鍋を持ってやって来る。「おでんを頂戴。それと人相の悪いおじさんが来たら、今日は来れないって伝言してくれって」女将笑って「このカバみたいな顔をした人よ。」「西村さん、夕べ雨に濡れた後に夜警をしたので、風邪をひいちゃったのよ。」おでんを鍋に入れてやる女将。
     その日、男は千円札を出しておつりを貰おうとしない。佐渡のおけら野郎からこんなに貰えないよと言うが、人のこと下駄やらカバやらいいやがってと静かに帰って行く。喧嘩相手がいなくて寂しいのだろう。
     翌日また男がやって来たが、今日は大人しい。「なでしこか、いじらしい花じゃねえか。しかし、あの野郎いっちょ前に色づきやがって…。」 「ああ、美代ちゃん、あの子もいい子なのよ、西村さんと同じアパートで、お父さんと二人で駅前で小さなお汁粉やをやっているの。」「いらねえ鍋ねえかい。飯場の若い連中にマズいおでんを持ってってやるのよ、焼酎も一本貰うぜ」西村に見舞いに持って行ってやるんだと女将にはわかったが、とぼける男。
    朝日荘と言うアパートに入る男。西村の部屋に声を掛けるが返事がないので、中に入り、「飯場とたいして変わらねえなあ」と言う。西村は、布団も敷かずにゴロ寝をしている。 目を覚まし、「おじさんどうしたんだ」「おいマズいおでん持って来てやったぜ」「ありがとう、お腹空いていたんだ」近くにあったコップを勝手に取って焼酎を注ぎ「おれの分の箸と皿も寄越せ」二人で食べ始めるが元気のない西村。「僕は、もう駄目なんだ。田舎のお袋は、そんなに学問をしたいのなら、一回だけ受けさせてやると言うので東大を受けたけど、落ちてしまった。生活費を自分で稼ぐからと東京に残ったけれど、昼間の予備校と夜のバイト。駄目に決まっているんだ。」風邪を引いてすっかり弱気になった西村に男は、「三回目の勝負をやるぞ。来年の3月、おめえが大学に受かったら、おめえの勝ち、落ちたら俺の負けだ。」そこに美代子が現れる。「あら、変な人が来てるのね」「こまっしゃくれたガキがつべこべ言うな。分かったな!3度目の勝負だ。おめえいくつか?50のおいらと、18の若僧が勝負するんだ。おめえの手は柔らかけえな、ガキの手だ。俺は、土を運んだり、岩を動かしたりしているんだ。俺の手を触ってみろ、こんなゴツゴツした手になるまで努力をしてみろ。 分かったな。よし乾杯だ。」
    翌日、男が再び屋台で飲んでいる。そこに西村が来る。これ返すよ、昨日男がアパートの管理人に預けた一万円を返しに来たのだ。おじさんと僕は勝負をしているんだろ。敵の哀れみは受けないよ。一万円を押し付け夜警のバイトに走って行く西村。
    男は、なでしこの鉢を投げつけ男泣きする。女将、優しく、西村さんが息子みたいな気がするのね。更に激しく泣いて、聞いてくれよと身の上話を始める男。 俺にだって昔は女房と子供はあったんだ。「亡くなったの?」いや。「どこに住んでいるの?」佐渡だ。「生まれ故郷じゃないの…」俺は故郷には帰れないんだ。生きている英霊ってやつさ。兵隊になってあちこち転戦して、最後はシベリアの捕虜収容所に入った。つらかった、何度死のうと思ったかもしれない。でもその度に、女房子供に一目会うまではと頑張った。シベリアから帰れたのは、25年になっていた。新潟駅に着いて、家に迎えに来てくれと電報を打った。港に船が着き、波止場に父親(浜村純)の姿を見つけ、抱き合ってないた。しかし、近くの旅館で、女房は弟と再婚し、子供も幸せに暮らしているとお話しを聞かされた。もう帰る家はないんだ。親父はまとまった金を出した。しかしそれを振り切って、故郷の相川に向かうバスに飛び乗った。バスはだんだん相川に近づく。自分は途中で降りて、戻るバスに乗った。旅館で親父と酒を飲み、泣いた。今でも、出征するとき別れた女房と赤ん坊だった子供の顔を忘れねえ。話を聞いて女将も貰い泣きをした。男の名前は平井義太郎。
     西村がアパートにいると、屋台の女将がやってきた。7万5千3百円を西村の机に置き、平井さんが置いていったのと言う。平井の身の上を話し、この金でアルバイトをしないで勉強に専念しろと言っていたわ。実は、なでしこの花のことをどこかの大学の先生が学生さんと来た時に、なでしこの花の別名が父子草だと言っていたのを聞いて平井さんはおれにくれと言って持って言ったわ。そして大学に合格したら、このなでしこの種を植木鉢にでも播いて花を咲かせてくれって。突き返されるのが嫌で、もう遠い現場に行ってしまったわ…。泣き出す西村。
    ある夜、西村が勉強をしていると美代子が入ってくる。競輪や何やらで身を持ち崩していた父親と夜逃げをすると言う。自分の荷物を暫く預かってくれと美代子。西村が荷物を運んであげている間に、美代子は大学ノートに「西村さんありがとう。わたし大好きでした」と書き残す。あとで、その走り書きを見て西村は窓の外を見つめる。
    遠く離れた現場で、発破をしかけていた鈴木が石の下敷きになって亡くなった。長い間同じ現場を回ってきた平井は寂しくなる。
    雪の夜、おでんの屋台に平井が現れる。驚き喜ぶ女将。今度は千葉の石切場に行くと言う。誰に聞いたか大学ってやつは一つだけではなく、いくつか受けねえとならないらしい。それで金が掛かるらしいじゃねえかと言って八万円なんとか貯めたので、西村に渡してくれと言う。最後の追い込みだ。
    いくつかの大学で、受験している西村の姿。夜の飯場で、佐渡相川音頭を口ずさみながら、荷物の中にある合格祝い平井と書かれた万年筆を取り出し微笑む平井。
    春が来た。屋台に現れる平井。飲んでいる客に尋ねると、女将は近くに水を貰いに行ったと言う。父子草と書いた鉢があることに気がつく平井。いてもたってもいられなくなった平井が踏切に行くとバケツを下げた女将にぶつかる。今日西村が鉢を持って来てくれたのだと言う。今から西村を呼びに行くと言う女将からバケツを受け取り、客たちに俺の奢りだ飲んでくれと平井。息子さんが大学入ったんだね。良かったねと客たち。そこに西村と由美子がやってくる。おめえの勝ちだな。いや、おじさんの勝ちだよ。じゃあ、もう一度勝負をつけるか。再び、空き地で相撲を取り始める二人。揉み合っているうちな、抱き合って二人泣いている。それを眺める女将と由美子、客たちも貰い泣きをする。

     木下恵介脚本の人情話。ハラハラするが、普通にハッピーエンドで、逆にびっくりして拍子抜けする。渥美清と淡路恵子いいなあ。テンポのいいやりとりは二人ならでは。デビューの石立鉄男の痩せた姿を見て、他人事ではないと思う。

    神保町シアターで、男優・佐田啓二
    54年俳優座/東宝澁谷實監督『勲章(480)』
    ドーベルマンの訓練をしている岡部雄作(小沢栄→栄太郎)。屋敷に帰ってくる。母の菊子(岸輝子)と妹の辰子(東山千栄子)が、雄作のことを悪し様に謗っている。「中将だか大将だか知らないが、穀潰しで何の役にもたたない。」「ほんと兄さんに、犬の番をさせてやっているのに、訓練代を厚かましくも、求めてくるし」「あたしの隠居所の筈の離れを只で住まわせてやっているのに…。」雄作の娘のちか子(香川京子)は、つらそうに聞いている。今日は、辰子の一人娘で、ちか子の従妹でもある久美子(岩崎加根子)の結婚式なのだ。
    ちか子は、父の雄作の支度を手伝いに離れに行く。雄作は風呂に入りたいなと言うが、ちか子の叔父さまが入っていらっしゃいますとの声に仕方ないなと呟く。お前も今日は母屋が忙しいだろうから、私は自分で着替えるからと雄作。母屋に戻ろうとするちか子は、弟の憲治(佐田啓二)を呼び止める。僕はバイトがあるからと、久美子の式をサボろうとしているので、あたしたちの立場ってものを考えてと言うちか子。憲治は母屋へ行き、辰子や久美子に声を掛ける。高島田の久美子に、あんた昔鎌倉で私を、いとこ同士は鴨の味だからって言って口説いたわねと言われる。でも結婚しちゃえば女の値段はタダになるのさと憎まれ口を言う。
    離れでは、田舎から親類が来て雄作と話している。雄作が勲章を出して見せ、これが金鵄勲章ですよ。終戦があと一年先だったら、あんたが山形出身の2人目の大将になっておったのになと言う。憲治が、どうせ披露宴は賑やかな方がいいのだから、一人位は勲章をつけている親類がいたほうが、叔父さんたちも誇らしいでしょうと、からかうと、その気になった雄作は、モーニングに付け始める。辰子から何を考えているんですか、そんな格好は止めて下さいと言われて、拗ねてワシは行かんと駄々をこね始める。そんな父親を周りに気を使いながら、宥めて式場へ連れて行くちか子。
   披露宴の会場で、雄作は、かって自分の副官だった寺位新平が帰国したことを知る。警察予備隊の幹部となった参謀の黒住康三(松本克平)から、自分と三島の近況を聞かれたが、知らないと答えたと聞いて、三島の件は自分でなんとか解決するので、寺位が現れたら、自分に連絡をくれるよう頼む。
   雄作、ちか子、憲治三人で、車で帰る途中、急に雄作は降ろしてくれと言う。憲治も直ぐに降りてバイトに行ってしまう。雄作は、陸士で同期だった三島善五郎(千田是也)の家を探す。貧しい長屋の一角にある洋傘の修理と大判焼きという暖簾が掛かる店で、三島に再会する。三島は、かっての自分の家の女中だった若い娘お葉(菅井きん)と暮らしていた。お葉は、三島の子供を妊娠していた。身重のお葉に、何度も頭を下げ、酒を買いに使いを出す三島。雄作は、三島の身代りに戦犯になった寺位が帰国したと伝える。お前を殺すと言っていた寺位だぞ。と言う雄作に、三島は、60になって、お葉に初めて自分の子供が宿った、この平凡な生き方を守りたいのだと言って、もう一度お国のためにお役に立てると信じて、恥を忍んで東京にいるのだという雄作は絡む。あまりの五月蠅さに、お葉は怒るが、結局二人酔い潰れて、一つの布団で寝る。
  一方、憲治は、アルバイト先の寄席に行く。憲治は大学の落語研究会の所属で、マネージャーの金子(小沢昭一)に、いくら真打ちだからって、遅すぎるぜと怒られる。時間繋ぎに、客席にいた元芸者の小松浅子(東恵美子)が手踊りで舞台に上がっている。元芸者だけに客席の男たちの野次をいなして、踊る浅子。金子の出囃子に合わせて、憲治が高座に上がる。憲治の玄人はだしの軽妙な喋りは、会場を沸かす。金子に浅子が、この後呼べるかいと話す。マネージャーと込みで2千円ですと答えると、マネージャーはいらないと言われる金子。浅子の家、憲治が一席振って帰ろうとすると、飲んで行きなさいなと誘う浅子。ギャラだけ取って帰ろうとする憲治に、浅子は今時の学生はと言う。憲治だって、あの家には帰りたくないのだ。飲めないと言っていた酒を呷る憲治。
   翌朝、甲斐甲斐しくお湯の入った洗面器を浅子に用意させる憲治の姿。披露宴の翌日、散歩ができす吠えまくるドーベルマン2匹。雄作も憲治も外泊したことで、菊子から嫌みを言われるちか子。帰ってきた雄作に、寺位新平(東野栄治郎)が現れる。慌てる雄作に、自分は、日本の再軍備のために東亜さくら会という団体を作って活動しているという。そのためには、岡部中将が会長になってもらうことが最善だと頭を下げる。初めは固辞していたものの、人のいい雄作は寺位の話に乗る。自分が纏めていた再軍備案が世の中に問われる機会だと思ったのだ。

   何だか一昨日見た「日本の悲劇」と対になるような映画だ。勿論「日本の悲劇」の母親は、古臭く、愚かな母親が子供たちに捨てられてしまう何の救いもないことに比べると、陸軍中将としての過去の栄光を復活させて、うまく立ち回った人間たちを見返してやるつもりで、結局全てを失う雄作は喜劇的である。更に、娘と息子の二人に捨てられてしまい絶望して発作的に死を選ぶ春子に比べて、娘のちか子は、雄作が押しつけようとして男ではなく、自分の愛する人間との生活を選ぶが、戦後に生きる場所の残っていない父親を心配しているだけ、より悲惨な結末だが救われる気もする。
   しかし、敗戦で、簡単に生き方と信じるものを変えて生きたのが日本人だと思っていたが、路線変更できず、淘汰された人たちも多かったんだろう。そんな転向を他人事のようにとぼけて、もう一度雄作を担いでひと儲けしようと言う卑劣漢が跋扈していることを思う。蟹工船よりも、今見直されるべき映画ではないのか。

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