2009年2月2日月曜日

クリエイティブにビジネスを

    シネマート新宿で、今井和久監督『旅立ち~足寄より~(56)』。
    1975年5月9日、札幌の市内をサイレンを鳴らしたパトカーが走っている。札幌の中島スポーツセンターでは,ニッポン放送、STVラジオ他が主催する「‘75全国フォーク音楽祭北海道大会」が行われている。足寄からの応募者の松山千春が遅れていると報告を受けるSTVラジオディレクターの竹田(萩原正人)。そこにパトカーが着く。サングラスをかけ、真っ赤なニッカズボンにTシャツ姿の男が降りてくる。松山千春だ。直ぐに出番、ステージに出てきた千春を札幌の観客は嘲笑する、客を睨んで「旅立ち」を歌い始める。笑っていた客は黙ったが、歌い終わって、審査員の竹田が感想を求められ、「ギターが悪い」と答えると歌じゃないのかと噛みつく千春。態度の悪さに竹田以外の審査員の評価は低く、東京の本戦への出場は逃す。帰ろうとしている千春に竹田が声を掛ける。「必ず、連絡するので、曲を作り続けろ」。
    足寄に帰った千春は、とかち新聞を独りで取材から印刷までやっている変わり者の父(泉谷しげる)に報告する。千春は新聞の配達と集金をしている。配達先の一つ公民館で働く河合紀美子(伴杏里)は、札幌まで友達と音楽祭に応援に来てくれる。彼女に恋心を抱いているが、告白出来ない千春。姉の菊池絵里子(尾野真千子)の店、喫茶カトレアで、友達の佐藤/シュガー(ジョンミョン)たちに、からかわれ、他人を信じないと強がりを言うが、竹田の名前と言葉は千春に刻み込まれている。
一方、竹田は、何とか自分の番組に千春のコーナーを持たせようと企画書を提出するが部長(石黒賢)は素人に出来ないだろうと、にべもない。竹田は企画書を書き続けた。その間、聞き続けた旅立ちのカセットテープは切れてしまう。口ずさめるようになってしまった妻 依子(奥貫薫)との話で、竹田は足寄を訪ねてみようと思う。
    音楽祭の時に新聞社の社長のボンボンだからあんなに態度が悪いんだろうと言う審査員もいた、とかち新聞社は、ほとんどバラック小屋のようなところだ。千春の父親は、札幌から新聞社の取材に来たと勘違いし、直立不動のまま、竹田と話している。そこに姉がやってくる。足寄駅まで見送りに来た姉は、父には新聞しかないように、音楽しかない弟を宜しくお願いしますと深く頭を下げる。竹田は自分が来たことを千春には秘密にするように頼む。
    竹田は、STVの人気番組サンデージャンボリクエストの春の改編で千春の15分のコーナーを盛り込むことを首を賭けて提案する。断り続けた部長もようやく折れた。千春の家を再び訪ねる竹田。毎週15分の生番組、新しい曲を2曲ずつ披露することが条件。デビューもしていない素人には破格の扱いだ。しかし、千春は平日は父の新聞の配達の手伝いをして、週末だけ札幌に行くことにさせてくれと頼む。極貧の少年時代の思い出の場所に竹田を案内し、自分を作った足寄の街から離れずに活動していきたいと言う。北海道にいながらヒットを作ろうと言って固い握手をする2人。
   いよいよ番組のスタートとなった。日曜の生放送を前に土曜日にSTV入りする千春。打合せが終わり、ラーメン横丁に行くと、シュガーがいる。彼は、搾乳機を契約し、酪農の大型化をしようと夢に燃えている。予期せぬ札幌での再会に、すすきので盛り上がってしまう2人。千春が目覚めると既に正午、番組がスタートしてしまった。一方STVホールでは、一向に現れない千春をスタッフは胃に穴が開くような思いで待っていた。コーナーの始まる直前現れた千春は、しかし台本通りに話をしろという竹田の言いつけを守らず、アドリブも交えて話す。その気取らない話は、会場を沸かせた。出番を終え、副調整室に上がってきた千春は、どうだった?と尋ねる。そんな千春を竹田は殴る。スタッフに謝るのが最初だろうと言う。頭を下げる千春に、歌とトークはよかったと言って部屋を去る竹田。呆然と見送る千春に、もし、この番組がうまくいかなかったら、竹田の首が飛んでいたと話す部長。竹田は、その夜、北海道厚生年金会館のホールに千春を連れていく。2300人のキャパのこのホールを一杯にしようと言う竹田。
    千春のコーナーは人気を呼んだ。STVホールは満員になり、ホールを出る千春を女性たちが囲んだ。ある日、客席に紀美子の姿を見つけた。中島公園を歩きながら、桜の木の下で、千春は想いを告げようとする。しかし、紀美子は結婚して東京に行くことになったと言うのだ。おめでとうと言い、紀美子の後姿を見送る千春。竹田は、千春のデビューを考えていた。しかし、制作費の許可が下りない。リスクが大きいといって上が認めないのだという部長の話を聞いて、竹田は、常務の杉浦(渡辺哲)に直談判し、頭を下げる。退職金の前借をしてでも作りたいという言葉に、杉浦も承諾した。
    いよいよ、レコーディングだ。東京の音響スタジオに千春がいる。なかなか、うまく歌えない千春。竹田はギターを持っていないからだと思いつき、掃除婦が持っていた箒を持たせた。デビューシングル「旅立ち」が発売された。北海道では大ヒットだ。竹田は、キャニオンレコードのプロデューサー山本に、コンサートツアーを企画しようと言う。千春はコンサートを活動の中心におくべきだと考えたのだ。プロダクションに所属していない千春のスケジュールの管理やプロデュースは、全て竹田が行っていた。しかし、局内では、そんな竹田に批判的な声も出始める。ラジオディレクターとしての仕事もあり多忙を極める竹田。ある日、千春にコンサートイベンターの男坂上(津田寛治)が声を掛ける。千春の人気に目をつけ、引き抜きを画策する坂上。STVのライバル局に出演してしまう千春に、ヒットしていて天狗になっているんではないかという批判が出るが、竹田は、千春は最初から天狗だったと庇う。
  そんな頃、シュガーの牧場の経営がうまくいっていないという話を聞く千春。利子だけでも払わないと牧場が人手に渡ってしまうらしい。竹田に相談しようにも、中堅のラジオディレクターとして、イベントの企画や東京への出張などで多忙を極めている。そんな中でも、千春とのコミニュケーションが足りないと感じていた竹田は、自宅での食事に誘う。しかし、シュガーの自殺騒動があり、連絡もせずに、千春は足寄に向かった。車に飛び出したが、転んでしまって死ぬこともできないというシュガー。成功しているお前と違って、一生牛の面倒を見ることしかできないと自嘲するシュガーを、千春は殴る。自分が歌しか歌えないように、お前は牛の面倒を見ることができないじゃないかと言う千春。牛糞まみれになりながら、取っ組み合いの喧嘩をする二人。寝転がって空を見ながら、辛い時は空を見ろという。名曲「大空と大地の中で」が出来上がる。
  北海道内のコンサートツアーが企画された。多忙なスケジュールを縫って竹田は、コンサートの構成を組み立てる。ある時、血相を変えた山本が竹田のもとに来る。喫茶店で、坂上たちが千春を囲んでいる。ラジオではなくテレビの時代で、東京に出ればもっと人気が出て、儲けることが出来る。このままでは、竹田に飼殺しになるという彼らに、竹田の悪口は許さないと言って席を立つ。陰で山本と、そのやり取りを聞いて感動する竹田。竹田の家を訪れる千春。先日のことは忘れているように、よい家ときれいな奥さん、美味しい料理、何で今まで呼んでくれなかったんだと言う千春。苦笑する竹田と依子。マーチンのギターを弾いていい音だなあと言う千春。竹田からのプレゼントよと言う依子。残念ながらギターは高いものの方がいい音がするからなと言う竹田。お前を引っ張り込んでしまったのは自分だから、生きている限り応援するぞと言う竹田。また、白と黒のスーツをステージ衣装だと言う竹田。二つはもったいないという千春に、黒いスーツも必要になることもあるだろうと言う竹田。その日、竹田はご機嫌で酔いつぶれる。竹田の机の上に、赤い薔薇の一輪差しがある。依子は、薔薇の原産地は山奥で、自分が足寄から見つけた千春は、美しく、堂々として、また棘を持っている薔薇のようだ口癖のように言っているのだという話をする、
  ツアーの初日から非常に盛り上がっている。忙しい竹田は、なかなかツアーに顔を出せない。竹田の感想を聞きたいんだという千春に、山本は、俺だけじゃなくコンサートに関わっているスタッフも千春に賭けているんだという竹田からの伝言を伝えた。いよいよ明日は、函館だ。竹田と電話で話す千春。函館まで一緒に行こうという竹田。翌朝、千春がSTVの竹田の席に行くと、いつもの赤い薔薇の一輪差しではなく、白い菊だ。悪い冗談だと腹を立てる千春の前に、部長とラジオのAD(江口のり子)が現れる。昨夜遅く、自宅で倒れ、病院に運ばれたが亡くなったと言う。急性心不全だ。あまりのことに信じられない千春。竹田の家で、竹田を前に泣いている千春。函館のコンサートは中止だなという部長。しかし千春には、お前はプロなんだという竹田の声が聞こえる。コンサートのアンコールになって、今までの白いスーツから黒いスーツに着替えてステージに上がる千春。竹田との思いでを話す千春。「旅立ち」を歌う。涙で歌えなくなる千春。会場じゅうが歌い始める。
   何だか見ないといけないような義理を感じてお金を払って見た(苦笑)。広いほうの劇場に10人くらいか。
  慶應三田キャンパスで、デジタル知財プロジェクトのパネルディスカッション。よく考えてみると、慶應のキャンパスに足を踏み入れるのは初めてだ。50才の慶應バージン(苦笑)。天気予報を見ようとichを見ると、星占いに「あなたの不用意な発言が周りを激怒させそう」と見なくてもいい見出しで凹み、アウェイ感全開な気分に。何だか女の子が皆垢抜けて美人に見えてしまうんですな。こんなことなら、32年前に受験でもしておくんだった。とはいえ、よく考えてみると、出身大学も、20年以上足を踏み入れていないので、変わらないかもしれない。もっとも、5年間も通いながら、何だか馴染めずアウェイなまま卒業したんだった。何にせよ、大昔のことだ。
   モデレーター中村伊知哉さん。他に総務省、経産省、文化庁の課長さん方と、慶應のDMC機構准教授たち。そのうちの一人が、前の会社にいた人間で驚く。まあ、伊知哉さんだから、そうなんだな。とっても頭の切れる人なのに、もったいない使い方だったんだなあと、今さら思う。
   意外に、かなり面白かった。霞が関の人たちも、官僚言葉だけ喋るわけではないんだな。コンテンツ業界の問題は、流通過多であることが問題で、クリエイティブが流通の下請けに甘んじていることも問題だという言葉は非常に示唆に富む発言だ。テレビやメーカーはじめコンテンツを流通する側の産業促進だけやっていてもしょうがないんじゃないかという踏み込んだ話は、目から鱗の気持ち。デジタルサイネージ絡みで、高校時代からの友人が来ていた。懇親会まで出たかったなあ。

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