2010年3月7日日曜日

久し振りの先生。

    久しぶりの体験入学の講師。早めに昼ご飯を済ませようと、冷凍庫の底で発見されていた鰊をよく焼き食べる。味はイマイチだが、食べられる。いつのものだろうか(苦笑)

   体験入学は、女の子が二人。高校三年だと言う。保護者もいたからではないが(苦笑)、少し頑張りすぎて、声が嗄れる。

   京橋フィルムセンターで、映画監督 篠田正浩
   
   64年松竹京都篠田正浩監督『暗殺(64)』
   嘉永六年六月三日、浦賀にペリー率いる黒船が来航した。攘夷が盛り上がる。しかし、米国の軍事力を目の当たりにした徳川幕府は、諸国に外国船打ち払いを命じたが、本音では時代遅れで脆弱な兵力では到底対抗できないことを認識していた。そこで、大老井伊直弼は、朝廷に無断で、開国を決断した。それに反対する攘夷派を次々と捕縛した。安政の大獄である。しかし、万延元年三月三日、水戸浪士たちが、桜田門外で、井伊直弼を暗殺、桜田門外の変が起こった。幕府は、尊王攘夷勢力に恐れ、将軍家茂に孝明天皇の皇女和宮を迎え、公武合体策を取った。そんな時代、文久三年の正月を迎える。

   「出羽、庄内浪人、清河八郎。老中板倉周防守さまの格別のご沙汰により、解き放ち。文久三年壱月八日 老中板倉周防守」読み上げる役人の前で平伏する男の姿。目明しの嘉吉を斬った廉で、伝馬町の牢に入れられていた清河八郎(丹波哲郎)は、老中板倉周防守により、解き放ちとなった。これは、家茂が京に上るにあたって、その護衛の任を天下泰平に堕落した旗本に代わって、浪士たちを組織化するには、プロパガンダに長けた策士清河を利用した方が賢明であると考えた浪士取扱の幕臣、松平主税介(岡田英次)が周防守に働き掛けた結果であった。
   牢を出た清河が、笠を被り江戸の町を歩いていると、坂本竜馬、清河八郎ら3枚の人相書きが貼られている。同じように目深に笠を被った浪人が、清河の人相書きを破る。その男に「坂本くん」と声を掛ける清河。「ふっふっふ。清河さんか・・・」「破るなら、何で自分のを破らぬ」「出て来たんですね。みんな、どういう手妻を使ったんだろうと噂していますよ」「わしにも分らん」「私も知りたいですよ」町方の姿をみかけ「坂本くん、気をつけたほうがよいようだな」「ええっ」去ろうとする坂本に「坂本くん!たまには風呂に入った方がいい。臭う」自分の着物を嗅ぎ、苦笑する坂本龍馬(佐田啓二)。
   板倉周防守(小沢栄太郎)の屋敷で、茶を飲む主税介。「あの男、信じられるのか?」「信用できません。しかし、浪士隊結成には、あのくらいの男でないと・・・。毒を持って、毒を制すといいますか・・・」
   勿論、主税介は、清河を信頼しているわけではなく、不穏な動きを見せた際には、斬り捨てようと、小太刀日本一と称される風心流(実際は神道精武流らしい)の幕府講武所の剣術師範、佐々木只三郎(木村功)に、その秘命を託した。「君は、清河を知っているか」「逆賊だと聞いています。出羽庄内の百姓の出身だそうですね」「文武指南として、優れているそうだな」「北辰一刀流の遣い手だそうですね」「大目録皆伝だ。佐々木くん、君は今迄何人、ひとを斬った?」「二人です」「二人か・・・。いい時代だな。武芸者には生き難い時代だと言うことか・・・」
  しかし、只三郎は、幕臣山岡鉄太郎(穂積隆信)を訪ねて講武所に現れた清河に、二本取られ完敗した。主税介に叱責され、清河を討たせてくれと必死に懇願する只三郎。自分が命ずる迄手出しをするなと厳命した主税介は、清河と初めて出会った8年前のことを思い出していた。
  ・・・その頃、私は刀に凝っていた。砥師に預けていた刀を取りに行った時、研ぎかけの刀を手に取り「親父!見ろ。七星剣だ」「そうでございましたか」「このように水を掛けると、七つの光が見られる。瑞剣(瑞験?)だ」「初代業平の業物だと聞いてはいましたが・・・」「この瑞剣の持ち主にお目に掛かりたい。どこの大名だ、旗本か?」「いえ・・・、突然ふらりと入っていらした浪人の方です」「何、浪人だと」「清河さまという方です」「もし、刀を取りに見えたら、ぜひお目に掛りたいと伝えてくれ」そして、現れた清河八郎と、山岡らと宴を持った。「この刀は」「詳しいことは知りませんが、父親が、とある大名から拝領したとのことです」同席していた旗本の稲葉公康(城所英夫)「借金の形に、刀を渡す・・・武士にあるまじき行為だ」
誹る稲葉を止める主税介。「七星剣は覇者の剣だと知っているか」「勿論です」幕府の学問所昌平黌を優秀な成績で出た清河を、尚、所詮庄屋の息子だと見下す稲葉に、今の徳川幕府では、攘夷など出来ない、私なら出来ると言って、主税介に「本朝防備計画書」という案を見せる清河。
  幕臣鵜殿鳩翁(須賀不二男)が、慌てて主税介の屋敷にやってくる。「松平さま、大変です」「どうした?浪士隊の募集を伝通院境内でやっているのではなかったのか」「それが・・・」
清河の提案は受け入れられ、江戸の浪人を集め、京に集まる尊王攘夷派に対抗させる浪士隊を募集するにあたり、五拾両五拾人という取り決めを破り、盛大に人を集めていると言う。伝通院に鵜殿と向かう主税介に「責任者は松平さんだが、計画したのは私だ」「予算というものもある」と鵜殿が言うと「しょうがないですな。では、幕府には金がないので、50人しか雇えなくなった」と嘯く清河。結局234人が浪士隊として京に向かうことになった。
  江戸の尊王攘夷派の浪人たちの間では、幕府と取引きをして出獄した挙句、幕府の手足となって、浪士隊を纏める清河を裏切り者として斬るという意見が大勢を占めた。清河塾で若い弟子の宮川進吾(竹脇無我)は、擁護するが、清河の真意が理解できない。奈良原喜八郎(日下武史)は、清河が、目明し嘉吉(山路義人)を斬った事件を目撃したと言う。ある日、浪人の周蔵がそばを食っていると、嘉吉に下っ引きが耳打ちするのに気がついた「何?清河八郎が?お奉行様にいい土産になる」その話しを聞いて、後をつける周蔵。笠を被った清河が山岡鉄太郎らと町を歩いていると、嘉吉が立ちふさがる。「清河八郎だな」「どかぬか、どかぬなら斬る」「斬ってみやがれ!」その瞬間、嘉吉の首は、軒より高く飛んだ。逃げ惑う町人たち。
  その頃、佐々木只三郎は、同心の?からその話しを聞いていた。「太刀筋は?」「首を改めないと分らないが、一刀の元だった・・・。嘉吉の首は笑ったままだった」そして、その後。嘉吉の手下の三吉(青山宏)は、「侍だろうと、人を斬っておいていいってことはねえだろう」と勇気を振り絞って騒いだため、野次馬を含め町人たちは、清河を追いかける。抜刀したまま、江戸の町を逃走する清河。清河は自宅に帰る。お蓮(岩下志麻)と、内弟子の石坂周蔵(早川保)に「無礼討ちで、人を斬った。誰も通すな、着替えを持ってこい」と声を掛け、遁走した。
  お蓮と周蔵は捕縛され、責められた。鞭を打たれ、石を抱かされても口を割らないお蓮。「お前は、本妻ではなく、所詮は妾、清河に何の義理があると言うのだ!!!」

さわ(葵京子)芹沢鴨(織本順吉)伊牟田尚平(蜷川幸雄)島津久光(武智鉄二)有馬新七(水島弘)佐久間修二(穂高稔)相沢圭次郎(水島真哉)河野音次郎(高津住男)石井重二郎(清水元)


   ミュージックマガジンの増刊、THE GROOVY 90'Sを見ていて苦笑する。自分が音楽業界にいたのは、80年代だったんだなあ。後半は映像部門だったから、前半は一体何をしていたんだろう。

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