2010年5月25日火曜日

外苑前粥屋喜々。

     外苑前の喜々の店主Sからメールが来て、全く関係なしに、やはり元会社の後輩で、今はスーパーメジャーアーティストのレーベルの A&RをやっているOと、今晩喜々で飯でも食おうと約束していたことを思い出す。別件で都内で打合せをしていたビジネスパートナーN氏も呼び出し、3人に。昨日の疲労感が抜けぬまま、最初は押さえ気味だったが、結局酒量は通常並みに。
    千駄ヶ谷まで千鳥足で歩き、中央線各駅停車に乗る。途中座ると、青梅行きだ。何とか吉祥寺から戻る。やばかった。

2010年5月24日月曜日

失速バンド@目黒ブルースアレイ。


   調子に乗って、缶ビール空け続けると、いい具合に本番は力が抜けて、自分ではミスも気にならない程度に酔い、笑いも取り、無事に終了。しかし、打上げに参加する余力は残らず、来てくれた秋田県人会3人と軽食。酒は入らず、水を飲む体たらく。
   ターコイス・ホタテでは、調子外れの「涙そうそう」。フィナーレのウィーアーサワールドでは、ディランのパートを。デブ・ディラン。(写真は「涙そうそう」らしきを歌っている。ゴーストバスターズの巨大ミシュランことマシュマロマン。photo by CM hero.乞許諾無断転載)

2010年5月23日日曜日

朝日新聞赤田康和記名記事の全文引用。

   5月21日の朝日新聞の夕刊を読んでいると、深層新層というコーナーに赤田康和という記者が、「国立美術館・博物館の事業仕分け ~理想追えぬむなしさ」と言う記事を書いている。

  『鳩山政権による「事業仕分け」第2弾(前半戦)の結果が出て約3週間が過ぎたのに、役所内にはまだ。むなしい空気が漂っている。国立の美術館・博物館の収集事業について「事業は拡充せよ」「だが投入する国費の増額は認めない」との判定を下された文化庁のことだ。美術館・博物館を運営するのは、国立美術館、国立文化財機構の二つの独立行政法人だ。仕分け人は、館の施設を結婚披露宴やパーティーの会場として貸し出してでも自己収入を増やすよう求めた。だが、両法人は収入の9割を国からの交付金・補助金に依存している。1割しかない自己収入をどこまで増やせるというのか。
  川端達夫文部科学相は18日の閣議後会見でこう話した。「大事に保管する。保存するのが本来の目的。お客さんがたくさんくるとか、収入があるとかないとかという話が目につきがちだが、できないことはできない。」
  語られる目標は素晴らしい。だが、それを実現する道筋が示せないー。美術館問題の中に、普天間問題でもがく鳩山首相にも通じる構図を感じた。
  目標を高らかに掲げることはリスクが伴う。実現できなければ、政権を信じた国民も無力感に襲われてしまう。だからこそ目標を実現しようと懸命に走りまわる人間が必要ではないか。
  国立美術館の改築工事の大変さを描いたオランダのドキュメンタリー映画「ようこそ、あむすてるだむ国立美術館へ」(今年8月渋谷ユーロスペースなどで公開予定)にヒントがある。
  この美術館、大規模な改築による館の生まれ変わりを目指したが、次々と障害にぶつかる。地域住民に反対され、設計変更で強いられる。入札も参加業者が少なく、工事費が予算を超える。だが映画からは、館の再生にかける館長や各部門の責任者の学芸員たちの熱情や意欲がひしひしと伝わってくる。   
  仕分けで示された「目標」を実現するには、副大臣・政務官級の政治家か、文化庁次長級以上の官僚が強力な指導力を発揮する必要がある。法人のお金が余ったら国に返納しなくてはならない制度もあり、そうした制度の見直しは役所の1部門では手に余るからだ。美術館の展示の充実という理想を信じ、この問題を24時間考え続けるような熱意のある担当者もほしい。
  オランダの館長はこう話していた。「私にとって大事なのは理想が守られるか否か。それが私の基準だ。」
  現実を前に妥協を強いられたとき、理想の中核部分が溶けずに残るかどうか。異国の文化の担い手たちのしぶとさに脱帽しつつ、彼我の理想の強度の違いについて考えさせられた。』


  この赤田康和という記者の文章を全部打てば何が言いたいか分るかと思ったが、私の読解力では駄目だ。しかし、これだけは言える。マスメディアの社員"文化ジャーナリスト”らしい上から目線。
  《語られる目標は素晴らしい。だが、それを実現する道筋が示せないー。美術館問題の中に、普天間問題でもがく鳩山首相にも通じる構図を感じた。
  目標を高らかに掲げることはリスクが伴う。実現できなければ、政権を信じた国民も無力感に襲われてしまう。だからこそ目標を実現しようと懸命に走りまわる人間が必要ではないか。》
  《仕分けで示された「目標」を実現するには、副大臣・政務官級の政治家か、文化庁次長級以上の官僚が強力な指導力を発揮する必要がある。法人のお金が余ったら国に返納しなくてはならない制度もあり、そうした制度の見直しは役所の1部門では手に余るからだ。美術館の展示の充実という理想を信じ、この問題を24時間考え続けるような熱意のある担当者もほしい。》

   鳩山迷走を批判するばかりで、“抑止力"としての米軍基地負担は、沖縄に押しつければいいのだという本音は一切書かない大新聞。解決策を政府に出せ!出せ!と言うだけではなく、解決策を提示することはないのか?

  《仕分け人は、館の施設を結婚披露宴やパーティーの会場として貸し出してでも自己収入を増やすよう求めた。だが、両法人は収入の9割を国からの交付金・補助金に依存している。1割しかない自己収入をどこまで増やせるというのか。》これは、赤田記者の意見なのだろうか?文化庁の役人たちの意見なのか?
  《現実を前に妥協を強いられたとき、理想の中核部分が溶けずに残るかどうか。異国の文化の担い手たちのしぶとさに脱帽しつつ、彼我の理想の強度の違いについて考えさせられた。》公的な博物館、美術館の理想的なあり方というのは何なのか?その前に立ちはだかる現実とは何なのか?国からの交付金・補助金の多寡なのか?事業仕分けなのか?借金漬けの日本の未来なのか?
  何が理想と現実なのか意見も提言もしない、記者個人が"考えさせられた”という結論の、小学生の読書感想文のような不愉快な記事。こいつらの高給を払うために、金を払うのは、本当に無駄だな。むなしいのはこっちのほうだよ。

   

2010年5月22日土曜日

日本史における悪党という言葉の意味。

    久しぶりに、ラピュタ阿佐ヶ谷で、昭和の銀幕に輝くヒロイン【第53弾】岸田今日子。

     65年近代映画協会/東京映画新藤兼人監督『悪党(98)』
     スズメバチの巣、激しく巣を出入りするハチたち。《NA東野栄治郎…14 世紀。日本歴史の中で、この時代は最も興味深い。貴族たちに変わって下層武士の悪党たちが力でのし上がり、打ち続く戦乱の中、京の都は、灰燼と帰した。乱世の中、朝廷は南北に分裂、南朝は、吉野を都として後醍醐天皇を立てた。蔵王党を率いる楠木正成は、金剛山の麓の千早城に陣取った。一方、北朝は、関東の足利尊氏を将軍として京にあった。武蔵守であった高師直は、将軍家執事として絶大な権力を誇っていた。》
   高師直(小沢栄太郎)の京の屋敷に、当代の名人、覚一検校(和沢昌治)が、琵琶を弾き、平家物語を詠じている。風邪を引き伏せっている師直は退屈そうだ。そばにいる侍従(乙羽信子)も、扇の陰で欠伸をかみ殺している。3人の女官たちも居眠りをしているもの(川口敦子)も。師直の家来の3人の武将、桃井播磨守(森幹太)大平出雲守(江角英明)山名伊豆守(原田清人)も、所詮東国の田舎侍居眠りこそしなくとも辛抱しているだけだ。
   詠じ終えた覚一に、師直は、検校の平家はいつも素晴らしいが、今日は特に素晴らしかったと褒め、途中の歌は何だと尋ねる。師直だって、無教養な男、意味など分かりはしないのだ。源頼政が「鵺(ぬえ)」を射落としたほうびとして「あやめの前」と言う美女を手に入れるためだったら所領の10や20と取り替えてもよいと言う話しだったと聞き、京の美しい女は、随分見たが、そこまでして手に入れたい美女には会ったことはないと言う。
   侍従は、先帝の御外戚・早田宮の御女・弘徽殿の西の台、かって御所で一緒であった顔世は、上様さえも虜にした絶世の美女だと告げる。師直は、その話を聞き、今では武勲により上様より出雲国の塩冶判官高貞に下され、高さねの妻となっている顔世に強い興味を覚えた。その夜、師直は、侍従に案内をさせ、高貞の屋敷を覗きに行き、顔世(岸田今日子)の気高い美しさに、自分のものにしたいと思った。
   京で想いを伝えるには、歌を送らなければ駄目だと侍従から聞いた師直は、京で最も達筆だと言われている兼好法師(宇野重吉)を呼び出した。新古今集からの歌を書かせ、香を炊きつめた文を侍従に、顔世に届けさせた。返事は無い。一度では駄目だと侍従に言われ二度も出し、侍従は翌日返事を受け取りに行って戻ったが、箱の中にあったのは、自分が出した文だ。
   高実の弟の六郎(加地健太郎)が、文の箱を取り上げていたのだ。六郎は叔父の山城守宗村(殿山泰司)に相談をする。宗村は執事師直によって一族に難儀が降りかかると心配をした。二人の前に、家臣に捕らえられた侍従が連れて来られた。六郎が手荒に取り扱うのを、通りかかった高貞は止める。
   その夜、師直のことで眉を曇らす顔世に、高貞は信じていると言い、愛を確かめる。寝間より高貞が去ると、侍従が忍び込んできた。何か返事をするよう懇願し去らない侍従に、顔世は仕方なしに歌を書きつけ渡す。文を持ちかえった侍従に、師直は大喜びだ。しかし、顔世の返歌の意味が分らない。家臣の中で最も詩歌に長けた薬師寺次郎三衛門(高橋幸治)を呼び、顔世の返歌の意味を問うと、次郎三衛門は、この歌は新古今和歌集の中で、人の妻に恋をするような人の道に反した行為を諌める歌だと説明した。師直の表情が変わった。
   次郎三衛門の去った後、師直は、高貞を北国黒丸の討伐に派遣することを命じろと伝える。今日中に、出雲に戻り出陣の支度をし、即刻北国に向かえと言うのだ。

女房(藤原赫子・松田恭子・武川八重子・小野久子・宮島由巳子・吉田志津子)八幡三郎(清水絃治)木村源三(大木正司)女童(白川光恵)腰元(深沢英子・常盤公子)師直方の武将(尾鼻隆)乞食(宮田勝・中村門)

   映画館近くのキッチン8 1/2で、がっつりランチ食べてしまってから(情けない…)、体験入学の講師。今日は女子高生マンツーマン(特に意味はない)。日野の実家に顔を出し、夕食を取って帰宅。

   今週読んだ本: 佐野山寛太『追悼「広告」の時代(洋泉新書)』、西井一夫『新編昭和二十年東京地図(ちくま文庫)』、風野真知雄『耳袋秘帖・妖談かみそり尼(文春文庫)』『耳袋秘帖・妖談うしろ猫(文春文庫)』、鈴木英治『父子十手取物日記・息吹く魂(徳間文庫)』、藤原緋沙子『藍染お匙帖・風光る(双葉文庫)』『藍染お匙帖・雁渡し(双葉文庫)』、上田秀人『闕所物奉行裏帳合(一)御免状始末(中公文庫)』、『永井義男『吉原占屋始末・奸計(時代小説文庫)』

2010年5月21日金曜日

教えたり、教わったり。

いい天気。早起きをして洗濯。昼から専門学校。御握り作って持っていく。半分夕方に食べるつもりだったが、気がつくと4個全部食べてしまっている。本当に賤しい自分が情けない(苦笑)。

    夜は高田馬場にあるコンテンツ系ビジネス学校で、元ボスが特別セミナーをやるというので、聞きに行く。せっかくの高田馬場、帰りに、餃子の王将(笑)。凄い行列だ。今日は餃子の日で、50円割引だった。

2010年5月20日木曜日

失速バンドカウントダウン。

失速バンド最終リハ。3回目だが、2、3日経つとすっかり忘れている。結局、私の歌のリハ時間が無くなる(苦笑)。来週の月曜本番なのになあ。

2010年5月19日水曜日

結局、毎日がベロンベロン。

     実籾の歌姫おがさわらあいの、ミニアルバムのアートワークのロケハン。デザイナーのNくんに早朝4時に拙宅まで迎えに来てもらい、北区まで。30分位で着いてしまい。5時から、プロデューサーT氏の使っていない持ち家をハウススタジオとして使えないか下見。Nくん、カメラマンの?氏、T氏、みんな何とか行けそうだと言う結論に。地元まで戻って来て、ガストで朝食。家に戻った時点で、8時過ぎだ。
     ダラダラ、うとうとし、11時過ぎには、代々木の学校に。2コマ、ヘロヘロのまま教壇。90分2コマは持たず、ダウン。
    渋谷から白金のデザイン事務所に、前の会社の百周年記念企画のアートワークの下打合せ。10年程前に、3DCGアニメシリーズPのパッケージで、やりたい放題仕事をしたSくんがAD。編集ヘッドが絶賛するような 1000%のプレゼン。ただのコーディネーターの私の鼻が、勘違いで延びきるようなスーパーアイデアの連発。目出度し目出度し。デザイン会社社長と反省会?祝勝会?いやただの飲み会を恵比寿で。

   打合せの途中、元の会社の後輩で、とあるビッグアーティストのインディーレーベルのA&RをやっているOくんから、突然電話。履歴に気がつき折り返し、来週飲む約束を。まあ、今日も、恵比寿の屋台村の京おでん屋(うーむ、京おでんなのか?)で、打合せながら飲みまくり、ほとんど終電で、フラフラしながら帰宅。