2009年8月19日水曜日

もう一つの日本の悲劇

    ラピュタ阿佐ヶ谷で、昭和の銀幕に輝くヒロイン【第48弾】星由里子

    67年宝塚映画丸山誠治監督『父子草(479)』
     遮断機が鳴っている。踏切とガード下に囲まれた場所に小笹と言うおでんの屋台がある。そこで、酔っ払ってご機嫌で民謡を歌う労務者の男(渥美清)がいる。女将(淡路恵子)は、少しうんざりとした顔だ。また遮断機が鳴り出すと男「騒がしいなあ。もっと静かな場所に店出せねえのか」と悪態をつく。「いや、このカンカン言っている音も、日によって、嬉しそうに聞こえたり、悲しそうに消えたりするのよ。」
     一人の若者(石立鉄男)が暖簾をくぐり、隅に腰を下ろす。女将ホッとしたように、「あんたの好きなゼンマイ味染みてるわよ」「じゃあ、ゼンマイと大根」男絡む「五月蝿せえなあ」若者は、ご飯だけを詰めたアルマイトの弁当箱の蓋を開け、おでんをおかずに食べ始める。再び、民謡を歌い始める男。女将仕方なしに「いい歌ですね。」 「おべんちゃらを言うな。若僧どうだ?」若者「聞いたことないからわかりません。」「何だと、俺の故郷を馬鹿にしてんのか?」「どちらなんですか?」「佐渡だ。」「佐渡なら、佐渡おけさなら知っているけど、」「佐渡おけさなんて俗なもんじゃなく、佐渡相川音頭ってえんだ。若僧、酎を一杯やらねえか」「これから仕事何です」「仕事でも何でも俺の酒が飲めねえってえのか」つかみかかるが、若者振り解くと、男よろける。女将、間に入り「西村さんはこれからお仕事なんですよ。もう時間だろ、勘定はつけておくから、もうお行きよ」「てめえ、勝負しろ」「しょうがない、売られた喧嘩だから」すぐ前の空き地で、組み合う二人。男を投げ飛ばして、走って勤めに向かう西村。
     翌日雨が降っている。やはり男が座っている。「よく逃げなかったな、飯済ませたら、もうひと勝負だ」と空き地で体を動かし始める。西村は大根と豆腐を頼み「おばさん、最近よく来るのかい?」「夕べが初めてだよ。そこにあるなでしこの鉢だって、危うく割られるところだった。逃げておしまいよ。」「いや、負けやしないよ」結局、今日も投げ飛ばす西村。
    3日目の晩、男が待っているが、西村は現れない。いつも夜働いているなんてろくでもない奴に違いないと言うと、女将は「西村さんは昼間は予備校に通って夜は近くの高校の夜警のアルバイトをしているんですよ。今時立派な若者ですよ。東大を受けて落ちてしまったらしいです。」バハアだ、マズいおでんだと憎まれ口ばかり叩く男に、「これ飲んだら帰っておくれ、あんただってもう若い年じゃないんだから、帰ってお休みゆ」まだまだ絡み続ける絡む男に「こう見えて、あたいは江戸っ子だよ。神田の生まれだよ!帰っておくれ!!」。そこに、美代(星由里子)が鍋を持ってやって来る。「おでんを頂戴。それと人相の悪いおじさんが来たら、今日は来れないって伝言してくれって」女将笑って「このカバみたいな顔をした人よ。」「西村さん、夕べ雨に濡れた後に夜警をしたので、風邪をひいちゃったのよ。」おでんを鍋に入れてやる女将。
     その日、男は千円札を出しておつりを貰おうとしない。佐渡のおけら野郎からこんなに貰えないよと言うが、人のこと下駄やらカバやらいいやがってと静かに帰って行く。喧嘩相手がいなくて寂しいのだろう。
     翌日また男がやって来たが、今日は大人しい。「なでしこか、いじらしい花じゃねえか。しかし、あの野郎いっちょ前に色づきやがって…。」 「ああ、美代ちゃん、あの子もいい子なのよ、西村さんと同じアパートで、お父さんと二人で駅前で小さなお汁粉やをやっているの。」「いらねえ鍋ねえかい。飯場の若い連中にマズいおでんを持ってってやるのよ、焼酎も一本貰うぜ」西村に見舞いに持って行ってやるんだと女将にはわかったが、とぼける男。
    朝日荘と言うアパートに入る男。西村の部屋に声を掛けるが返事がないので、中に入り、「飯場とたいして変わらねえなあ」と言う。西村は、布団も敷かずにゴロ寝をしている。 目を覚まし、「おじさんどうしたんだ」「おいマズいおでん持って来てやったぜ」「ありがとう、お腹空いていたんだ」近くにあったコップを勝手に取って焼酎を注ぎ「おれの分の箸と皿も寄越せ」二人で食べ始めるが元気のない西村。「僕は、もう駄目なんだ。田舎のお袋は、そんなに学問をしたいのなら、一回だけ受けさせてやると言うので東大を受けたけど、落ちてしまった。生活費を自分で稼ぐからと東京に残ったけれど、昼間の予備校と夜のバイト。駄目に決まっているんだ。」風邪を引いてすっかり弱気になった西村に男は、「三回目の勝負をやるぞ。来年の3月、おめえが大学に受かったら、おめえの勝ち、落ちたら俺の負けだ。」そこに美代子が現れる。「あら、変な人が来てるのね」「こまっしゃくれたガキがつべこべ言うな。分かったな!3度目の勝負だ。おめえいくつか?50のおいらと、18の若僧が勝負するんだ。おめえの手は柔らかけえな、ガキの手だ。俺は、土を運んだり、岩を動かしたりしているんだ。俺の手を触ってみろ、こんなゴツゴツした手になるまで努力をしてみろ。 分かったな。よし乾杯だ。」
    翌日、男が再び屋台で飲んでいる。そこに西村が来る。これ返すよ、昨日男がアパートの管理人に預けた一万円を返しに来たのだ。おじさんと僕は勝負をしているんだろ。敵の哀れみは受けないよ。一万円を押し付け夜警のバイトに走って行く西村。
    男は、なでしこの鉢を投げつけ男泣きする。女将、優しく、西村さんが息子みたいな気がするのね。更に激しく泣いて、聞いてくれよと身の上話を始める男。 俺にだって昔は女房と子供はあったんだ。「亡くなったの?」いや。「どこに住んでいるの?」佐渡だ。「生まれ故郷じゃないの…」俺は故郷には帰れないんだ。生きている英霊ってやつさ。兵隊になってあちこち転戦して、最後はシベリアの捕虜収容所に入った。つらかった、何度死のうと思ったかもしれない。でもその度に、女房子供に一目会うまではと頑張った。シベリアから帰れたのは、25年になっていた。新潟駅に着いて、家に迎えに来てくれと電報を打った。港に船が着き、波止場に父親(浜村純)の姿を見つけ、抱き合ってないた。しかし、近くの旅館で、女房は弟と再婚し、子供も幸せに暮らしているとお話しを聞かされた。もう帰る家はないんだ。親父はまとまった金を出した。しかしそれを振り切って、故郷の相川に向かうバスに飛び乗った。バスはだんだん相川に近づく。自分は途中で降りて、戻るバスに乗った。旅館で親父と酒を飲み、泣いた。今でも、出征するとき別れた女房と赤ん坊だった子供の顔を忘れねえ。話を聞いて女将も貰い泣きをした。男の名前は平井義太郎。
     西村がアパートにいると、屋台の女将がやってきた。7万5千3百円を西村の机に置き、平井さんが置いていったのと言う。平井の身の上を話し、この金でアルバイトをしないで勉強に専念しろと言っていたわ。実は、なでしこの花のことをどこかの大学の先生が学生さんと来た時に、なでしこの花の別名が父子草だと言っていたのを聞いて平井さんはおれにくれと言って持って言ったわ。そして大学に合格したら、このなでしこの種を植木鉢にでも播いて花を咲かせてくれって。突き返されるのが嫌で、もう遠い現場に行ってしまったわ…。泣き出す西村。
    ある夜、西村が勉強をしていると美代子が入ってくる。競輪や何やらで身を持ち崩していた父親と夜逃げをすると言う。自分の荷物を暫く預かってくれと美代子。西村が荷物を運んであげている間に、美代子は大学ノートに「西村さんありがとう。わたし大好きでした」と書き残す。あとで、その走り書きを見て西村は窓の外を見つめる。
    遠く離れた現場で、発破をしかけていた鈴木が石の下敷きになって亡くなった。長い間同じ現場を回ってきた平井は寂しくなる。
    雪の夜、おでんの屋台に平井が現れる。驚き喜ぶ女将。今度は千葉の石切場に行くと言う。誰に聞いたか大学ってやつは一つだけではなく、いくつか受けねえとならないらしい。それで金が掛かるらしいじゃねえかと言って八万円なんとか貯めたので、西村に渡してくれと言う。最後の追い込みだ。
    いくつかの大学で、受験している西村の姿。夜の飯場で、佐渡相川音頭を口ずさみながら、荷物の中にある合格祝い平井と書かれた万年筆を取り出し微笑む平井。
    春が来た。屋台に現れる平井。飲んでいる客に尋ねると、女将は近くに水を貰いに行ったと言う。父子草と書いた鉢があることに気がつく平井。いてもたってもいられなくなった平井が踏切に行くとバケツを下げた女将にぶつかる。今日西村が鉢を持って来てくれたのだと言う。今から西村を呼びに行くと言う女将からバケツを受け取り、客たちに俺の奢りだ飲んでくれと平井。息子さんが大学入ったんだね。良かったねと客たち。そこに西村と由美子がやってくる。おめえの勝ちだな。いや、おじさんの勝ちだよ。じゃあ、もう一度勝負をつけるか。再び、空き地で相撲を取り始める二人。揉み合っているうちな、抱き合って二人泣いている。それを眺める女将と由美子、客たちも貰い泣きをする。

     木下恵介脚本の人情話。ハラハラするが、普通にハッピーエンドで、逆にびっくりして拍子抜けする。渥美清と淡路恵子いいなあ。テンポのいいやりとりは二人ならでは。デビューの石立鉄男の痩せた姿を見て、他人事ではないと思う。

    神保町シアターで、男優・佐田啓二
    54年俳優座/東宝澁谷實監督『勲章(480)』
    ドーベルマンの訓練をしている岡部雄作(小沢栄→栄太郎)。屋敷に帰ってくる。母の菊子(岸輝子)と妹の辰子(東山千栄子)が、雄作のことを悪し様に謗っている。「中将だか大将だか知らないが、穀潰しで何の役にもたたない。」「ほんと兄さんに、犬の番をさせてやっているのに、訓練代を厚かましくも、求めてくるし」「あたしの隠居所の筈の離れを只で住まわせてやっているのに…。」雄作の娘のちか子(香川京子)は、つらそうに聞いている。今日は、辰子の一人娘で、ちか子の従妹でもある久美子(岩崎加根子)の結婚式なのだ。
    ちか子は、父の雄作の支度を手伝いに離れに行く。雄作は風呂に入りたいなと言うが、ちか子の叔父さまが入っていらっしゃいますとの声に仕方ないなと呟く。お前も今日は母屋が忙しいだろうから、私は自分で着替えるからと雄作。母屋に戻ろうとするちか子は、弟の憲治(佐田啓二)を呼び止める。僕はバイトがあるからと、久美子の式をサボろうとしているので、あたしたちの立場ってものを考えてと言うちか子。憲治は母屋へ行き、辰子や久美子に声を掛ける。高島田の久美子に、あんた昔鎌倉で私を、いとこ同士は鴨の味だからって言って口説いたわねと言われる。でも結婚しちゃえば女の値段はタダになるのさと憎まれ口を言う。
    離れでは、田舎から親類が来て雄作と話している。雄作が勲章を出して見せ、これが金鵄勲章ですよ。終戦があと一年先だったら、あんたが山形出身の2人目の大将になっておったのになと言う。憲治が、どうせ披露宴は賑やかな方がいいのだから、一人位は勲章をつけている親類がいたほうが、叔父さんたちも誇らしいでしょうと、からかうと、その気になった雄作は、モーニングに付け始める。辰子から何を考えているんですか、そんな格好は止めて下さいと言われて、拗ねてワシは行かんと駄々をこね始める。そんな父親を周りに気を使いながら、宥めて式場へ連れて行くちか子。
   披露宴の会場で、雄作は、かって自分の副官だった寺位新平が帰国したことを知る。警察予備隊の幹部となった参謀の黒住康三(松本克平)から、自分と三島の近況を聞かれたが、知らないと答えたと聞いて、三島の件は自分でなんとか解決するので、寺位が現れたら、自分に連絡をくれるよう頼む。
   雄作、ちか子、憲治三人で、車で帰る途中、急に雄作は降ろしてくれと言う。憲治も直ぐに降りてバイトに行ってしまう。雄作は、陸士で同期だった三島善五郎(千田是也)の家を探す。貧しい長屋の一角にある洋傘の修理と大判焼きという暖簾が掛かる店で、三島に再会する。三島は、かっての自分の家の女中だった若い娘お葉(菅井きん)と暮らしていた。お葉は、三島の子供を妊娠していた。身重のお葉に、何度も頭を下げ、酒を買いに使いを出す三島。雄作は、三島の身代りに戦犯になった寺位が帰国したと伝える。お前を殺すと言っていた寺位だぞ。と言う雄作に、三島は、60になって、お葉に初めて自分の子供が宿った、この平凡な生き方を守りたいのだと言って、もう一度お国のためにお役に立てると信じて、恥を忍んで東京にいるのだという雄作は絡む。あまりの五月蠅さに、お葉は怒るが、結局二人酔い潰れて、一つの布団で寝る。
  一方、憲治は、アルバイト先の寄席に行く。憲治は大学の落語研究会の所属で、マネージャーの金子(小沢昭一)に、いくら真打ちだからって、遅すぎるぜと怒られる。時間繋ぎに、客席にいた元芸者の小松浅子(東恵美子)が手踊りで舞台に上がっている。元芸者だけに客席の男たちの野次をいなして、踊る浅子。金子の出囃子に合わせて、憲治が高座に上がる。憲治の玄人はだしの軽妙な喋りは、会場を沸かす。金子に浅子が、この後呼べるかいと話す。マネージャーと込みで2千円ですと答えると、マネージャーはいらないと言われる金子。浅子の家、憲治が一席振って帰ろうとすると、飲んで行きなさいなと誘う浅子。ギャラだけ取って帰ろうとする憲治に、浅子は今時の学生はと言う。憲治だって、あの家には帰りたくないのだ。飲めないと言っていた酒を呷る憲治。
   翌朝、甲斐甲斐しくお湯の入った洗面器を浅子に用意させる憲治の姿。披露宴の翌日、散歩ができす吠えまくるドーベルマン2匹。雄作も憲治も外泊したことで、菊子から嫌みを言われるちか子。帰ってきた雄作に、寺位新平(東野栄治郎)が現れる。慌てる雄作に、自分は、日本の再軍備のために東亜さくら会という団体を作って活動しているという。そのためには、岡部中将が会長になってもらうことが最善だと頭を下げる。初めは固辞していたものの、人のいい雄作は寺位の話に乗る。自分が纏めていた再軍備案が世の中に問われる機会だと思ったのだ。

   何だか一昨日見た「日本の悲劇」と対になるような映画だ。勿論「日本の悲劇」の母親は、古臭く、愚かな母親が子供たちに捨てられてしまう何の救いもないことに比べると、陸軍中将としての過去の栄光を復活させて、うまく立ち回った人間たちを見返してやるつもりで、結局全てを失う雄作は喜劇的である。更に、娘と息子の二人に捨てられてしまい絶望して発作的に死を選ぶ春子に比べて、娘のちか子は、雄作が押しつけようとして男ではなく、自分の愛する人間との生活を選ぶが、戦後に生きる場所の残っていない父親を心配しているだけ、より悲惨な結末だが救われる気もする。
   しかし、敗戦で、簡単に生き方と信じるものを変えて生きたのが日本人だと思っていたが、路線変更できず、淘汰された人たちも多かったんだろう。そんな転向を他人事のようにとぼけて、もう一度雄作を担いでひと儲けしようと言う卑劣漢が跋扈していることを思う。蟹工船よりも、今見直されるべき映画ではないのか。

2009年8月17日月曜日

51歳の誕生日。

  神保町シアターで、男優・佐田啓二
  52年松竹大船澁谷実監督『本日休診(476)』
  三雲八春(柳永二郎)の独白「私が、この街に開業してから18年になる。戦後、甥の伍助に院長を譲り再出発して1年・・・。」
  三雲医院では、明日の休診日を前に、どう過ごすか揉めている。箱根の温泉に行きたいという看護婦の瀧さん(岸恵子)たちに、三雲伍助(増田順二)は通俗的だなあと言うが、結局看護婦2人と伍助は結局箱根に出かけて行った。八春と婆やのお京(長岡輝子)は「本日休診」の札を掛けて、のんびり昼寝をして過ごそうと留守番だ。
  表が騒がしいお京の息子の勇作(三國連太郎)は、復員してきたが、頭がおかしくなって今も軍隊にいると錯覚している。通行人相手に軍人勅諭を復誦させようとして、喧嘩になっているのを何とか、抑える八雲とお京。
     やれやれと思っていると、警官の松木(十朱久雄)がやってきた。婦女暴行の被害者の治療をしてやってほしいと言う。泣いて病院に入るのを躊躇っている娘。松木の言うには、津和野愁子(角梨枝子)は、昨日大阪から知り合いの男性を訪ねてこの街にやってきたと言う。住所の男性の家を探すが、見つけられない。途方にくれて駅の近くで、男女に声を掛けられ、全く正反対を探していたと案内してくれたと言う。彼女のボストンバックを持ってあげると言った女は、しかし、踏切でいきなり逃げ出した。電車が通り過ぎて男と探すが見つからない。突然男は態度を変え、愁子に襲いかかったのだ。かわいそうにと八雲は治療をしようとするが、拒絶する愁子に、自分で治療しなさいと薬と使い方を教えて、診察室を出るのであった。
    そこに一人の女性(田村秋子)が現れて、お京と押し問答をしている。本日は休診だと言っても、休診だからやって来たのだと言う。女が湯川三千代だと名乗るのを聞いて、ああ懐かしいと中に入れる。湯川三千代は、18年前に開業した際の初めての患者だった。難産で帝王切開の手術をしたのだ。その時の子供は八雲に名付け親になってもらい、春三という名の青年は18歳になったと言う。外で待っていると言う。窓の外を見ると、春三(佐田啓二)がお辞儀をする。三千代はその時の治療代240円を支払いに来たのだと言う。俊三は、会社勤めをしているが、手紙きちがいで、誰からともなく手紙を書くのだと言う。自分宛の手紙を開けると、ローマ字でタイプ打ちをしているもので、18年前の感謝の手紙だった。うれしそうな八雲。そこに、電話が来て、産後の日だちがよくないので、往診してくれという話だ。
  
  51年松竹大船澁谷実監督『自由学校(477)』
   外苑の絵画館前に佇む南村五百助(佐分利信)。「自由、自由か。」海岸に立つ妻の駒子(高峰三枝子)「ふんっ」後ろで若い男女(佐田啓二、淡島千景)が踊っている。
    駒子忙しげにミシンを踏んでいる。「行かなくていいの?11時7分過ぎよ。」返事はない。「あなた眠ってんの?9分過ぎたわよ。」縁側の五百助、パジャマ姿で横になっている。「ちょいと、ちょいと、いい加減にして!あんた、そうやって落ち着き払っていれば、優秀だと思っているんじゃないの?いい加減にしなさい!!」スーツ、ワイシャツ、靴下、ネクタイを放り投げる駒子。「定期券と紙入れ。300円入れておいたわよ。」再びミシンを踏み始めた駒子。ふと気が付いてみると、着換えた五百助が膝を抱えて座っている。「出かけないの?あんたは、東京通信社の社員じゃないの。」「ひと月前から行っていないよ。」「首になったの?どうしてそれを黙っていたの?」「いや自分で辞めたんだよ。」「どうしたの?どうして辞めたの?」「自由が欲しくって。」「何?何ですって?自由?」笑いだす駒子「あなた、どうして身の回りのことから、生活費まで、全部私におんぶになっていて自由ですって?」「伺うわ?参考のために、戦後、君が働きだしたのはいいが、戦前の封建亭主のように威張りだして、暗闇から引っ張り出されて、牛みたいに働いているのがいやになったんだ。」「勝手にひと月前に辞めて、ぶらぶら遊んでいるの?300円ずつ私から小遣いまで貰っていて。」「退職手当だって使った。」「退職手当まで猫ババしていたの?出てけ!!!」「ではさよなら。退職手当の残りは、机の中にあるよ・・・。」そのまま、家を出る五百助。そこに、米屋の平助(笠智衆)が米の配給ですよと現れる。
   神宮の絵画館の前のベンチで昼寝をしているた五百助。財布がない、やられたのだ。「大変だなあ、自由を認めるってことは。」目の前で若い二人がキスだけして、ではまた明日と声を掛けて去っていく。ふと目の前に防空壕がある。マッチに火を点けて中に入ると、「うん、これはいいところだ。」草臥れて眠る五百助。おい!と声を掛けて起こされる。「ははあ、てめえだな、毎晩おれの飯を盗んでいる奴は。」五百助が「一晩泊めてくれないか。家を追い出されて困っているんだ。」と言うと、「俺といっしょだと、ルンペンの長谷川金次(東野栄治郎)はシケモクを勧めてくれた。「女に気を許しちゃいけねえ、取るばっかりで、くれやしねえ。女と見たら泥棒だと思って間違えはないんだ。」と金次。

    53年松竹大船木下恵介監督『日本の悲劇(478)』
   ポツダム宣言受諾の新聞記事。極東裁判・・・。「戦争が終わって八年。しかも尚政治の貧困・・」23回メーデー、国会前でデモをする労働者。「生活の不安」新聞記事「日毎繰り返される犯罪の数々」新聞記事とニュース映像。「日本人の総てが、この暗黒の墓場に巻き込まれている。この母子の悲劇は挿話ではない。この日本の悲劇は日本中に生い茂っていくかもしれない」
   熱海の温泉街、伊豆荘という温泉旅館の前で、一人「湯の町エレジー」を歌う若い流しの達也(佐田啓二)がいる。二階のお客様いかがですか?と声を掛けるが、一人か地味だなと団体客。しかし女中の井上春子(望月優子)が、上がっていらっしゃいと言う。鳴り物でもないと女中だけじゃ歌も歌えないし、盛り上がらないわよと春子。客もそうだなと言って炭坑節を歌い出す。達也が上がってくると、さっき歌っていた湯の町エレジーが好きだから歌ってちょうだいと春子。
   料理場、花板たち帰っていく。残った煮方の佐藤(高橋貞二)が、女中に文句を言っている。「この料理は温かいうちに食うものなのに、忘れていたんじゃねえのかい。女中も、客も料理の味なんてわからねえ奴らばっかりだ。腕の揮いようもありゃしねえ。」春子やってきて、板わさ二つを注文する。出入り業者の八百政(竹田法一)の姿を見つけ「この間の話は、どうなったんだい。」「相手はまだ若いので結婚したくねえと言うんでさ。」「うちの歌子みたいな器量よし、もったいないのにねえ。」そこに女中が「春さん。ちょっと来ておくれ。客が金が無くなったって言い張るんだ。」「いくらだい?200円。1000円札で按摩さんに払って200円のお釣りを確かにテーブルの上に置いてあったというのよ。」「たった、200円のお金で大騒ぎするなんて、つまらない男だ。」
   女将が、息子さんから電話よと声を掛ける。「清一です。ついさっき着いたばかり。姉さんの処に泊めて貰うつもり。藪いちから掛けています。うん姉さんも一緒です。相談したいことがあるので、会えるかい?」息子の清一からの電話に嬉しそうな春子。藪一で、鍋焼きうどんを食べながら、姉の歌子(桂木洋子)と清一(田浦正巳)が話し合っている。「かあさん、遅くなっても来るから起きていてって。また泣くよ。」「あんたいくつ?」「姉さんの二つ下。姉さんだって、21歳には思えないさ。どう?姉さんの下宿の食事。僕の下宿はひどいんだ。姉さんの英語は上達した?」「所詮、パングリッシュよ。」「姉さん、僕が養子に行くって話、反対かい?」「あんたと昔もうどんを食べたわね。」
   焼け跡の七輪で、うどんを煮ている歌子。お腹が空いた清一は、もう食べようよと言っている。まだ半煮よ。半煮だっていいさ。バラック小屋で、二人で食事をしていると、リュックを背負った春子が帰ってくる。ヤミ屋で母子三人食べているのだ。青空教室、学級委員の選挙をしている。一人の女子が挙手をして、「井上さんが委員になることに反対です。井上さんのおかあさんがヤミ屋をやっているからです。」「君んちだって、うちから米を買っているじゃないか。」と清一、「食べるものがなくて、仕方なしにヤミで米を買う人と、ヤミ屋で儲けているのとは別よ。」歌子の教室、先生が「今まで、国民は騙されていた。これからは本当の歴史を学んで民主的な人になってください」と言う。一人の女子が挙手をして「それでは、先生は今まで、嘘の歴史を教えていたんですか?先生は、私たちを騙していたんですか?」「いや、先生たち、大人たちも騙されていたんだ。これからは・・・。」軽蔑したように笑う歌子。
   再び、新聞記事や、ニュース映像。三鷹事件、下山事件、ストライキ、朝鮮戦争、警察予備隊・・・。ヤミ屋狩りで、警官たちに追いかけられ、必死に走って逃げる春子。
   酔った春子が、歌子の下宿先の下駄屋に来る。二階に上がってくる春子。清一を見て本当に嬉しそうだ。「この服少し小さくなったんじゃないのかい。いつまでいるんだい。ちゃんと食事をしているかい?用って何さ?」何も言わない清一に、歌子が言う。「清ちゃん駄目ね。養子に行きたいんだって。」予想しないことばに愕然とする春子。「どういうことだい。」「開業医のご夫婦がいて、息子さんが戦死して、できれば僕に養子に入ってくれないかと言うんだ。とっても優しい人たちなんだ。」聞く耳を持たない春子。明日、もう一度話を聞くけど、絶対私は認めないよ。」
    春子は、闇屋をするうちにたいそう景気のいい男(多々良純)に声を掛けられる。親切そうに寄って来た男だったが、春子に迫る。一度は拒んだ春子だったが、子供たちのことなど悪いようにはしないと言われて身を任せてしまう。亡夫の弟の一造(日守新一)が、酒屋の免許を使わないでいるのはもったいない。貸してくれてここで商売させてくれれば、二人の子供の面倒をみてやる、こんな時代だからこそ親戚同士助け合おうと言って来た。悩んだ末、自分は小田原の旅館で住み込みの女中として働くことにする。しかし、一造とその妻のすえ(北林谷栄)は、歌子と清一を酷い扱いをする。従兄の勝男(草刈洋四郎)は、美人の歌子に色目を使い、ある日病気で休んでいた歌子にイタズラをする卑劣漢だ。あまりに耐えられずに、小田原に出掛けた姉弟の目の前には、酔って男の客に嬌声を上げる母の姿だった。結局二人は母に声を掛けられず、小田原駅で一夜を明かし東京へ帰った。
   歌子は赤沢正之(上原謙)が開いている英語教室に通っている。赤沢の妻の霧子(高杉早苗)は、夫と歌子の仲を疑っている。事実、婿養子で赤沢家に入り、家庭的な幸福とは程遠い赤沢は、歌子を一目見た時から、この家から、歌子と共に逃走することを妄想して、一方的に熱を上げていたのだ。歌子自身は、従兄の勝男にされたことがトラウマになっており、男への嫌悪感に苛まれていた。
   春子は、板場の煮方の佐藤が、芸者の若丸(淡路恵子)にのぼせ上がっていることが気になってしょうがない。酔って意見をするが、五月蝿がる佐藤。 清一が心配になった春子は東京に出掛ける。清一は新橋まで迎えに来てくれた。亡夫の墓参りに出掛ける。しかし、墓前で、養子になることを認めてくれと言い張る清一と争った末、一人残され泣く春子。
   歌子の下宿には、夫が来ていると思い込んだ霧子が娘の葉子(榎並恵子)を連れてやってきた。娘の服を注文したいのだと言う。押し問答がある。


   重い!!重すぎる!!!直球だ。かなりダウナーな気分に(苦笑)。この母子の不幸はこれから日本中に生い茂って行くと言う言葉が重くのしかかる。53年頃に二十歳位で、愚かな母親を捨てた子供たちは、今75才。歌子と正一は、どういう老後を送っているのだろうか。

   夜は、外苑前の粥屋喜喜で、自分の51歳を祝う飲み会。同じ誕生日には、ロバート・デニーロから、蒼井優、戸田恵梨香、華原朋美。そんなことはどうでもいいが、お盆の時期なのに沢山集まってくれてうれしい夜だった。酔っ払った。酔っ払った。

2009年8月16日日曜日

訃報

   同居人と久し振りに新宿で昼を。調子に乗って少し飲みすぎる。明日で51歳の誕生日だ。
    
    吉祥寺バウスシアターで「色即じぇねれーしょん」を見ようと思ったが、満員で入れない。
    ラピュタ阿佐ヶ谷で、武満徹の映画音楽
    71年東宝/俳優座小林正樹監督『いのち・ぼうにふろう(475)』
    中川と掘に囲まれた100坪の荒地の洲をみな島と呼ぶ。深川吉永町と橋一つで繋がっている島には安楽亭と言う呑み屋がある。そこは治外法権化していて、ご禁制品の密輸入の中継地となっていると言う噂がある。八丁堀の新しい定廻り同心の岡島(中谷一郎)と金子(神山繁)は、下っ引きの?に、中を探って来いと言うが、よそ者が橋を渡って島に入っても生きて帰るものはいないと怯えている。
   その夜、無銭飲食で半殺しにされたお店者の富次郎(山本圭)を連れて橋を渡ろうとする生き仏の与兵衛(佐藤慶)を追い掛けて来た破落戸たちを、知らずの定七(仲代達矢)は次々に川に叩き落とす。安楽亭に連れて入る与兵衛に、安楽亭の主人の幾造(中村翫右衛門)と、その娘おみつ(栗原小巻)、行き場がない住人たち、政次(近藤洋介)、楊枝作りの由之介(岸田森)、髪結いの源三(草野大悟)、吃音のひどい文太(山谷初男)、18歳の仙吉(植田峻)たちが、また生き仏の兄貴が仏心を出したなと言って笑う。定七は、凄腕の浪人だが、文字通り他人には全く関心がない。おみつが「この人を死ぬまでうっちゃっておくの?」と言い、与兵衛は富次郎を運ぶ。富次郎の手当をしてやる与兵衛とおみつ。
    そこに、灘屋の小平(滝田裕介)が現れ、幾蔵に「儲け話がある。13日の晩に、阿蘭陀船がつく。さるお大名家が絡んでいる。ご禁制品の積み荷を降ろして、ここに何日か隠してくれれば、荷降ろしに一人五両出す。」と言う。幾蔵は「俺がやろうたって、若いもんがやると言わなければやらねえぜ。」と答える。「では、五両に色つけたらどうだ。儲け話だぜ。」と食い下がる小平。すると定七が、「うるせえ!!このめえのことを忘れたか!おめえの手引きで受けた仕事で、仲間が二人も殺されたんだ。納得できねえな。」仕方なしに、また来ますよと言って、橋を渡って帰る小平。
   安楽亭の戸が開いて、酔っ払った男(勝新太郎)が入ってくる。おみつが「すみません。うちじゃ、知らない人はお断りしているんです。」と答える。聞こえない振りの男に、安楽亭の男たちが、叩き出す。幾蔵が「あいつは、イヌかもしれねえ。定廻りの役人が変わったところだから用心したほうがいいだろう。」少しして、また男が入ってくる。誰かが「知らないモンは入れねえと言ってるだろ!!」と言うと「俺は、今夜は二度目だぜ。」と答える男。しばらく考えて幾蔵は、おみつに「酒をあげろ。」と言う。一口飲んで、男は笑ったのか泣きだしたのか・・・。
   翌日、サイコロ賭博をやっている。器用な仙吉に、有り金巻き上げられる政次と文太。由之介は黙々と楊枝を削っている。肺病を思わせる咳をする由之介。手先の器用な源三が、紙縒りで女や馬を作っている。「定あにい、何がいい?」「馬がいいな。」「定あにいは、女嫌いだからな。」
   おみつが富次郎と話している。「あんたとあの妙な酔っ払いがここに来たのは、本当に妙な晩だったわ。今日で三日目よ・・・。あそこに、お地蔵さまが10並んでいるでしょう。あれはあたしのお地蔵さまなの。九番目のお地蔵様に花が植わっているでしょう。あれは、今日が九日ということよ。明日は十番目のお地蔵さんに、次からは二本花を植えるの。二十日を過ぎると3本立てるわ。この島は毎日が同じ、いつも訪ねて来る人はいない。いったい何日か分からなくなってしまうの・・・。」
   島を望める場所に、定廻り同心の岡島と金子が立っている。「安楽亭の主人はなかなかの男らしいな。与力の近藤を抱きこんでいたとは。藩の後ろ盾がある舟宿の徳兵衛より、やっかいかもしれないな。」と金子が言うと、岡島は「分別も度を過ぎると、臆病になるぞ。」と言う。絶対ぶっつぶしてやると意気込み、安楽亭を睨む岡島。
   灘屋の小平が今日も幾蔵を訪ねている。「抜け荷に、わけえものに無理強いはしねえのよ。この前、仲間が二人殺されたしな。」「ほかにやりたがっているもんもありますぜ。」「舟宿の徳兵衛じゃねえのか・・・。」あとをついて食い下がる小平に「こっちに上がって来ねえでくれ!」しかし、小平は納屋の二階にある三つ葵の紋が入った布が掛かっている荷に気が付く。血相を変えた幾蔵が、命が惜しかったら見るんじゃねえ!!」と言う。安楽亭から出て橋を渡ってくる小平と、目線を合わせ、合図を送る岡島。
   安楽亭で源三、仙吉がおっかさんの話をしている。「定あにいのおっかさんはどういう人だったんだい?」と声を掛けると、定七の表情が一変する。「おふくろのことだけは言うな!!俺のキセルに触るんじゃねえ!!!」激怒して荒々しく外に出ていく定七。幾蔵が「あの煙管と煙草入れはおっかさんの形見なんだ。外にやられて、おっかさん会いたさに15年経って帰って再会すると、おっかさんは女郎になっていた。叩き斬って江戸に出てきたんだと酔って話すのを聞いたことがある。たぶん人違いだと言ったんだがよ・・・。」と言う。川面を眺めている定七。雀の雛が巣から落ちたのか水の中で必死に羽ばたいている。
   また夜になった。いつぞやの男がまたやってきて飲んでいる。「5年前、おれはこの近くに住んでいたんだ。安楽亭のこともよく知っているんだ」泥酔して大きな声を出す男。定七が「けえれ!けえってくれ!!」と叫び、懐に手を入れる。定七が懐に入れたドスを投げると百発百中だ。幾蔵が「定!」と止める。男に「ここに来る以上、見ず、言わず、聞かずですぜ」と釘をさす幾蔵。
   翌日、地蔵の上に源三が編んだ馬が乗っているのをみて微笑むおみつ。馬を手に取り、富次郎が休んでいる部屋の入口に置く。店の戸に武士の影がある。戸が開いて入って来たのは、同心の岡島が入ってくる。「主人を呼んでくれ!!」幾蔵が現れる。「おめえが幾蔵か・・・。」「この島のことは、与力の近藤さまに全てお任せしてありますから。」「今日からはそうはいかねえぞ。近藤の事は諦めろ。近藤は城詰めに変わった。」「すべて、与力の近藤様がおわかりでございます。」「この間、さるところで悪党を二人叩き斬ってやった。俺は甘くねえぜ。」
   幾蔵は湯呑に酒を出し。「ここにいるやつらは、悪党ではありません。悪党というよりも山の獣のようなものでございます。山の獣が人里に下りてきて色々な目に遭わされているうちに、世間様を信用できなくなってしまった可哀そうな奴らでございます。ここで、少しは人の心を取り戻させてやりたいと思っているんでございますよ。」「俺は、お前たちのことは皆知っているんだぞ。呉服橋はずれの灘屋を通じてご禁制の品を捌いていることも。」「ということは、灘屋の先にある御政道筋の皆さまのこともご存じでしょうな。御政道筋と灘屋は安泰、全て安楽亭に押し付けられて潰されたんじゃ割があいませんぜ。」すると時計がなった。「ほう、一膳飯屋風情に時計があるとは信じられねえな。見せろ!」「あれはお預かりしているものでございます。」
   岡島はどんどん裏の部屋に入る。「旦那、お止しになった方が・・。危のうございますよ。」無視して納屋に向かう岡島。幾蔵の「定!!」という声を合図に、安楽亭の男たちが現れる。それぞれの名前と年を問いただす岡島。最後に定七が、知らずの定七というと、定七の頬を打つ岡島。定七が懐に手を入れると、やはり「定!!」と止める幾蔵。懐から手を出して「やさがしを始めねえんですかい?」と定七。定七に、呼子を見せ、「念のために言っておくが、外は大勢で取り囲んでいるんだぜ。」岡島は次々に納屋の荷を改め始める。
  三つ葉葵の紋が入った荷の上に掛けられた茣蓙を矧がそうとした時に、定七の短刀が投げられ、背中に刺さる。即死だった。念を押すように押し込む定七。岡島の手に下がっていた呼び子を加え吹く定七。安楽亭の中から男たちが萱に隠れて外を窺う。何も起きない。納屋に入ってきた源三が「なんだ、呼び子を吹いたのは定あにいか、脅かさねえでくれよ」「八丁堀は甘えんだよ」と定七。
   島を出ようとした富次郎を捕まえる定七。みなの前で訳を話し出す富次郎。富次郎は11から奉公に出て、13年も勤め上げた。来年年季も明けるので、暖簾分けをしてもらい幼なじみのおきわを嫁に貰おうと思っていた。しかし、七日前におきわ(酒井和歌子)が訪ねてきた。「私売られるの。」おきわのおっかさんがおととい死んだ。夏から身体を壊して寝込んでいたのだ。「おとっつあんは酒を飲んで愚痴を言うばかり、結局、薬代やら何やらの借金でどうしようもなくなって、夕べ、おとっつあんから身売りの相談をされたわ。」「って、おめえ」「時次郎さんのお嫁さんになることに子供の頃から憧れてきた。でも、きっと適わないことだとも思っていたわ」

     「で、おめえはどうしたんだい。」と安楽亭の住人。

     私は主人に言って、奉公の間貯めてきたお金を出して貰おうと思いました。主人は人情深く、道理もわきまえた方です。ただ主人は「そりゃ、その金で娘さんは身請けできて、嫁にも出来るだろう。しかしそんな身を持ち崩した親父さんがいたら、それからずっとことあるごとに金をせびりに来るだろう。賛成は出来ない。酷なようだが、その娘のことは諦めるんだ。」主人のいうことは正しい。自分でもそう思うが、だった十二両の借金で女郎になるおきわのことを考えると諦められなかった。
    そこで、自分が年季明けで貰える筈の十五両の店の金に手を付けて、おきわの家に駆け付けた。しかし、既におきわはいない。おきわの父親はいい気なもんで、女衒の鍾馗の権六と呑んでいた。どこに売られたと尋ねても教えてくれない。奉公一筋できた時次郎は岡場所のことも分からない。そこで辻駕籠に乗り、あっちの遊廓、こっちの遊廓と尋ね歩くが、そんなことで見つけられ訳がない。あと二両しか手持ちが無くなってしまい、誘われるままに呑み屋に上がった。女と酒を呑んでいるうちに、懐にあった筈の二両も消えていて、無銭飲食だと袋叩きにあっていたのだ。

    「そいつぁ、店の女に摺られたのよ」

    店の金を持ち逃げした以上、奉公先には帰れない。せめて鍾馗の権六を捜して、おきわに一目会って死のうと思ったと言うのだ。時次郎が捜したって見つけられないだろうと誰もが思った。生き仏の与兵衛がまた、仏心を出して夜の街に出て行った。定七は、他人のことなど知っちゃいねえぜと、幾蔵と、同心岡島の死体を捨てに舟を出す。引き潮の時刻に、中川の下流で簀巻きに死体を投げ込む二人。
     与兵衛は一晩帰って来なかった。心配するおみつに、女の所に泊まった可能性もあるし、生き仏に限ってしんぺえはいらねえと定七。また夜が来た。文太が雀の雛を焼いて食べようとしていたことを知って、怒り狂う定七。「掘の石に隠してあった。焼いて喰うと、んまいんだよう」と文太。酔っ払っている男が、子供がいなくなって、おっかさんは狂ったように捜しているだろうなあ…。狂ったように…。おっかさんが見つければ巣に連れて行くだろう。川の近くに置いて分かるようにしたほうがいい…。ただカラスや猫に狙われるから籠でも被せて、見張ってやることだ…。何かを忘れるためか、最近は夜毎現れ飲み続けて泥酔する男、何気にみなの話を聞いているようだ。
    翌朝、男の言うとおりに籠を被せた雛を見張る定七。おみつは、そんな姿を見つけて、そんなに近くで見張っていると来られないわと笑顔で言う。定七が人間的なものを初めて見せたことが、おみつは嬉しいのだ。
    番所で、同心の金子と、灘屋の小平、下っぴきの三人が話をしている。岡島が姿を消して、三日になる。「本当に三つ葉葵のご紋だったのか?」「あれは確かに・・。」「あの島の近くに紀州さまのお屋敷が目と鼻の先だ。紀州様が密貿易なんて、江戸中が大騒ぎになりますぜ。」そう言った岡っ引きを切る金子。「口は災いの元だぜ。おめえもな・・。」灘屋小平が帰ると、金子はつぶやく。「岡島は、脇目もふらず、出世を焦っていたからな。」
    生き仏が帰ってきた。やっと、鍾馗の権六をみつけたのだ。「まだ、おきぬは生娘だったぜ。あと3日は店に出さねえと約束させてきた。20両だ、おれは、灘屋の30両が欲しくなったぜ。」という。定七は、気乗りがしない。翌日、幾蔵の出刃包丁を持って再び島を出ようとする富次郎。金は無くなったが、おきぬを一目見て、鍾馗の権六を刺して自分も死のうと思ったのだ。取り押さえた定七は、生き仏の苦労を無にしようっていうのか、そして、おめえが殺せるわけがねえだろうと言う。そして、安楽亭のみなに、危ねえ話だが、灘屋の仕事を引き受けようと思うんだと言う。富次郎が命を投げ出そうとしたのを見ていて、気が変わったぜという。ここで死ぬのもいいんじゃねえかと思ったのだ。全員が賛成する。何故かその日は、酔っ払い続ける男は現れなかった。仕事を受けにいくと定七が出て行った。幾蔵は、賛成はできなかったが、ここの山の獣のような連中が生まれて初めて、人のために命を投げ出そうと言うのだ。ようやく人間らしい心を取り戻し始めた獣たちに思いをはせる幾蔵とおみつ。
    
     




   このところの小林正樹月間の頂点的作品。山本周五郎の深川安楽亭の原作、仲代達矢の妻で無名塾の戦友宮崎恭子の脚本。20代の自分では違和感しかなかった山本周五郎が、38年経って、他人の為に自分の命を棒に振るという字面だけではない味わいに打ちのめされた。
  打ちのめされて、B級的魅力映画を見ようという気も失せ、静かに家で飲もうと思って帰宅途中に、かっての後輩が亡くなったという電話を貰い愕然とする。先月彼が最近ツアーマネージャーを担当するバンドと一緒にやれないかと、かって自分が関わっていたバンドに打診して欲しいと頼まれて、つないであげたら、いつもブログに書いている餃子とビールの店に連れて行って下さいと携帯で話したのは、つい昨日のような気がする。栗原小巻のおみつが言う「生きてても何にもなりゃしない……、私、そんなこと許せない。みんな、あんたたちのためにいったのよ。定さんたちは死んだかもしれないのよ。あの人たちを 無駄死にさせたいの。生きてても何にもならない人なんてありゃしない。死んじゃいけない、死んじゃいけない、死んじゃいけない。富さんも定さんも与兵衛さ んも……」のシーンがフィードバックする。博華の餃子食ってないのになあ。

2009年8月15日土曜日

8月15日だ。

   京橋フィルムセンターで、特集・逝ける映画人を偲んで 2007-2008
   54年大映東京西村元男監督『君待船(470)』
    港に佇み、海を眺める男(林成年)がいる。重い足取りで盛り場を歩く。船員と喧嘩をしている流し田崎義男(田端義男)。男は止めに入る。揉み合う内に、船員を殴ってしまう。警官たちにみな逮捕される。
   翌朝、警察署長の河原(見明凡太郎)と田崎の妹京子(南田洋子)が話していると、義男が連れられてくる。「京ちゃんが貰い下げに来てくれて、身元保証人になってくれたからだぞ」と義男に説教する署長。あの喧嘩を止めてくれた人は?と尋ねると中里って男は、無職、住所不定だから、直ぐには出せないのだと答える署長。署長は、中里を呼び、君は殺人で、3年服役していたんだなと言う。中里精一、25歳…、3年ねえ…、長いなあ。煙草を勧め、差し支えなかったら、事情を話して貰えないかと言う署長。
   遠い目で昔を思い出す中里。早くに両親を亡くした中里は、粟島の大野屋と言う船主の家に引き取られた。成長した中里は大野丸で、船員をしている。港に戻って来ると、明子(藤田佳子)が待っていた。家に戻る途中、明子は増田屋の息子が私を嫁に欲しいと言ってきたけど、どうしたらいい?と言う。増田辰吉(中条静夫)は、札付きの不良だが、母親は増田屋に借金もあり、悪くない話だと言っているのだ。もうすぐ忠士さんが帰って来るからと励ます精一。兄さんなら私の気持ちを分かってくれるわと言う明子。途中辰吉たちと出会う。東京から洋服の生地が届いたので、持って行くよと声を掛けるが、頼んだ覚えはないわとつれない明子。
    帰宅すると、忠士が明日帰ってくることになったと母の志乃(村田知英子)が言う。忠士が大野丸の船長になるので、私は店周りをやらせていただきますと精一。翌日精一と明子は、忠士(品川隆二)を迎えに出る。正は、明子が大人っぽくなった、早く精一に貰ってもらえと言う。照れる明子。忠士と志乃が明子の縁談のことで言い争っている。辰吉は、両親に明子と結婚出来たら心を入れ替えて働くと涙を零したと言う志乃。絶対反対だ。明子は想い合っている精一と結婚することが幸せなんだと忠士。
    しかし、数日後夏祭りの晩に事件が起こった。辰吉と忠士が、明子のことで決着をつけるんだと港の方に言ったと聞いて駆け付ける精一。止めに入り、揉み合ううちに辰吉を殴りつける。とうとう辰吉はナイフを取り出した。
   そして出所して粟島に帰ったが、忠士は大野丸の難破で命を落とし、大野屋は潰れ、志乃も明子も行方が知れず、東京に出たと噂を聞いたので、東京へ出て来て探し歩いているのだと答える。
   警察署を出て来た精一を田崎兄妹が待っていた。喧嘩を止めてくれた恩義があると言って、朝食を誘う。仕事を探していると言うが、今日泊まるところもない精一を心配して、自分の部屋にいろと言う義男。
   京子は、リリアンというバーをやっている。義男はこのあたりで評判の流しだ。リリアンの客の山田が、自分の勤める川西製菓の配達課の仕事を世話してくれた。
    初日、中里の運転するトラックの助手席に川西俊作(高松英郎)が乗り込んできた。川西はしきりと、お茶を飲まないかとか、アイスを食べないかと誘惑するが、主任さんに急いで届けるよう言われていますので、と乗ってこない中里。結局、途中の店の主人が川西の友人で、そのまま下車する川西。
   ボースン頭の権藤(江川宇礼雄)が道で、車を拾おうとするが、なかなか捕まらない。そこに中里の車が通り掛かる。新橋まで乗せてくれと助手席に乗り込む権藤。リリアンに行って京子と飲もうと言う権藤に、今日は店は休みですと中里。僕の就職祝いを家でやってくれるんですと言うと、そりゃ目出度い、自分も参加すると勝手な権藤。実際、就職祝いの食事も、一番飲んで盛り上がっているのは権藤だ。権藤の指名で、義男が「君待船」を歌う。自分の境遇にそっくりで、あまりに切ない歌に、部屋を出て物干し台でボーっとしている中里。京子が来て、何か気に障ったことがあったの?と尋ねる。いや、としか言わない中里に、涙を流して、いつも中里さんは何も言わない、言って貰わないと私たちだってどうしていいのか分からないわと叫んで走り去る。

   南田洋子可愛いなあ。

   56年大映齋藤寅次郎監督『弥次㐂多道中(471)』
   神田八丁堀、溝板横丁の長屋に人だかりがしている。噂好きな江戸っ子たちは何が起こったかと大騒ぎだが、借金取りが集まって、弥次郎兵衛(市川雷蔵)と喜多八(林成年)が溜めに溜めたツケを今日こそ取り立てようとやってきたのだ。酒屋(大国八郎)魚屋(越川一)米屋(石井富子)初め大騒ぎだ。戸をドンドン叩いていると、大家の佐兵衛(中村是好)は、ワシの地所なんだから止めてくれと言う。家賃も何か月も溜めているのだ。二人は困って中に籠る。表も裏も固められているのでどうしようと喜多八が言うとモグラ作戦だと弥次郎兵衛。二人は、床下に穴を掘り、隣の寺の墓地に出た。和尚(武田徳倫)は、墓石が揺れ始め、地面から手が出て来たので、腰を抜かして経を読む。

   銀座シネパトスで、日本映画レトロスペクティブーPART2ー」~戦争と人間 良心の重さ~
   59年松竹小林正樹監督『人間の條件 第3部(472)』

   59年松竹小林正樹監督『人間の條件 第4部(473)』

    子供の時分に映画館で見た後、幾度となくテレビの一挙上映で見てきた映画だ。今回第1部と第2部は、みられなかったが、自分の記憶しているストーリーはスタンダードサイズ。実際はシネスコだったんだ。満州の国境近くの寂寥感はやはりシネスコだな。テレビ放送のためにサイズを4:3にした人間の責任でもなく、そこで切られてしまう部分に大事なものが映っている。

   谷崎×エロス×アウ゛ァンギャルド 美の改革者 武智鉄二全集
   64年松竹/第三プロ武智鉄二監督『白日夢(474)』
   谷崎潤一郎と武智鉄二の前書きが出る。「初め、武智くんはこの作品をオペラにしたいと言って来た。・・・・・この映画になったが、武智君のシナリオは完ぺきにこの作品の世界を描いている。また、当時検閲などで書けなかった部分も、書き足してくれた気がする・・・。主演の路加奈子くんにも会ったが、原作のイメージ通りだ・・・。云々 谷崎潤一郎」協賛の一社消されている。
   歯医者。激しい金属音。老人(小林十九二)の歯型を取る助手の女(松井康子)。歯科医(花川蝶十郎)は女の患者の虫歯を削っている。倉橋純一(石浜朗)やってきて診察券を出し、待合室に座る。少し経って、葉室千枝子(路加奈子)やはり診察券を出し、斜め前の席に座る。まず葉室千枝子の名前が呼ばれ、次に倉橋の名前が呼ばれる。
    智恵子の口腔内を調べ治療する歯科医。千枝子の顔は苦痛に歪みレースのハンカチーフを握り締めた手は震え、豊かな胸と腹部は上下を繰り返している。フェチズムとサディズムが混じったエロチックな光景である。倉橋は隣の女が気になっている。倉橋の虫歯は悪く、抜歯をしようと歯科医は言う。麻酔を肩に注射される倉橋。遠くなる意識の中で、隣りの女が失神する。服を緩め、麻酔ガスを吸わせる助手。歯科医は、女の胸を露出させ、乳房の上を噛み歯型を付けている。倉橋は、完全に眠ってしまっている。ベンチを持った歯科医に抵抗しているようだが、簡単に歯を抜かれる。
    赤坂のナイトクラブ月世界で、千枝子が歌っている。客席にはだれもいない。油絵を持った倉橋が店にやって来て、この絵をマネージャーに届けに来たと言う。千枝子が歌っていることに気づく倉橋。いつの間にやら、客席に正装した歯科医がただ一人座っている。歌い終わり一人拍手をする歯科医。
    千枝子の楽屋、千枝子と歯科医がいる。天井から倉橋が覗いている。歯科医が言う「そう、いつものところに行くよ」「今夜は行けません」「あなたはきっと来ます」「ここてお話しをするだけではいけないんですか」「ただ顔を見るだけじゃつまらんじゃないか」「後生ですから、今夜は堪忍して」「車で待っていますよ」と言い残して先に部屋を出て行く歯科医。千枝子は泣いている。倉橋が降りてくる。倉橋の気配に気付いた千枝子が振り向く。「智恵子さん、僕はあなたを救いに来ました。さあ早く逃げましょう。」千枝子は涙を拭いて「あの人が待っています。どうか、そっとしておいて下さい」「あいつは悪魔なんだ。あいつに関わっていたらあなたは堕落するばかりだ。」「もう堕落してしまいましたわ」と言って出て行く千枝子。
    歯科医と千枝子の乗った車がホテルの前に着く。二人が中に入ると、車の屋根から倉橋が降りる。中に入るが、部屋がわからなかったのか、再び出てくる倉橋。4階位の部屋に明かりが点いている。ベランダに登って窓から中を見る倉橋。中では、歯科医が縄を出し、千枝子の手首を縛り、鴨居に掛けた縄を引く。腕を引き上げられ呻く千枝子の着衣を、鋭利なメスとハサミで切り始める歯科医。

   松竹の富士山マークが出て驚く。更に、谷崎の推薦文、石浜朗まで出演だ。路加奈子がもう少しいい女であれば・・・。子供の頃、通っていた歯医者の苦痛と恐怖が甦ってきた。今の歯医者は随分変わったんだなあ。

2009年8月14日金曜日

成瀬巳喜男特集最終日。

     神保町シアターで、没後四十年 成瀬巳喜男の世界
     66年東宝成瀬巳喜男監督『ひき逃げ(467)』
     パチンコ屋で、這いつくばって玉を探す子供がいる。見つけた玉で打ったところを革ジャン姿の若い男に首根っこを掴まれ、タケシ!!駄目だろと連れて行かれる武(小宮康弘)は、五歳。近くの中華料理屋楓林で゛働く伴内国子(高峰秀子)の一人息子だ。革ジャン姿の男は国子の弟の林弘二(黒沢年男)だ。国子は女手一つで武を育てていた。武は幼稚園が嫌いですぐ逃げ出してパチンコ屋で遊んでいるのだ。
   テストコースで、新型バイクのテスト走行をしている。テストは大成功だ。ヤマノモータースの専務の柿沼久七郎(小沢栄太郎)、川島友敬(加東大介)、黒金周一(土屋嘉男)、重役(十朱久雄)らが、「これでライバルの極東モータースも、インターナショナルモータースも愕然とするだろう」と祝杯を上げる。川島が「ジェミニ・ブルースターでどうでしょう」と言う。上機嫌で自宅に電話をする柿沼。女中のふみ江(賀原夏子)が電話を受ける。「週末に、絹子と健一を連れて箱根にでも行こうと思っているのだが、絹子はいるか」「奥様は、学校の同窓会のバザーの打合せで外出なさっています。」
   名曲喫茶の同伴席に、柿沼の妻絹子(司葉子)と小笠原進(中山仁)の姿がある。絹子は、別れたくないと言うが、家庭は捨てられないのだ。小笠原は、NYへの転勤を期に、この関係を清算したいと言う。店に絹子宛ての電話が入る。万事心得た女中のふみ江からで、夫が帰宅するので、一時間ほどで帰宅してほしいとのことだ。絹子は、運転する車の中でも、別れたくないと言い続ける。自宅近くにまで戻り狭い視界の悪い道を走っているときに、武が飛び出して来て、はねてしまう。バックミラーに武が立ち上がろうとしたのを見て、車を出してしまう葉子。小笠原と一緒で厄介だという気持ちが勝ってしまったのだ。しかし帰宅して車のバンパーに武の血がべっとりとついていることに気がつき、夫に子供をはねてしまい、逃げてしまったと告白する。柿沼は、新車の発表直前に、会社の重役の妻がひき逃げしたとは、どうマスコミで叩かれると考え、身代りにお抱えの運転手の菅井清(佐田豊)

  
    54年東宝成瀬巳喜男監督『晩菊(468)』
    倉橋きん(杉村春子)のところに、周旋屋の板谷(加東大介)が訪ねてくる。女中の静子(鏑木ハルナ)は聾唖者だ。おきんは、家の代金20万円を支払う。コツコツ貯め込んだおきんは、不動産を売買しながら、昔の芸者仲間に金貸しをしている。
   まずは、おでん屋をしている中田のぶ(沢村貞子)と仙太郎(沢村宗之助)夫婦を訪ねる。おきんは裏口から入り、おのぶに、いつものように逃げられるといけないと思ってねと嫌みを言う。おのぶは、神棚に上げてあったお金を渡す。これからたまえのところに回るが、いつもあの人には居留守使われてね、あの人の厚化粧、いい旦那でもいて貯め込んでいるんじゃないかと悪態をつくおきん。いやあの人は、息子さんの面倒で苦労されていてそれどころじゃないですよと庇うおのぶ。
    おきんはおたまが働く旅館に行く。玄関の掃除をしていた女中(出雲八枝子)が、おたまさんは体の具合が悪くて二日前から休んでいますよと答えるが、信用しないおきん。女中に水を撒きますがと言われて渋々引き揚げる。
  やはり芸者仲間だった鈴木とみ(望月優子)が、たまえの家に間借りしているので、おとみが掃除婦として働く下宿屋に行くおきん。

 杉村春子、望月優子、細川ちか子、ベテラン女優の手練手管が炸裂する。沢村貞子でさえ十両(失礼な言い方だが・・・。)、有馬稲子は序の口だ。役柄の問題だろうが、吝い屋で冷静な杉村春子よりも、だらしない望月優子、おっとりしてお人よしの細川ちか子の魅力が光る。それは、自分のだらしなさや無計画性を投影しているせいなのだろうな。

   67年東宝成瀬巳喜男監督『乱れ雲(469)』
    官舎の成城寮を出る江田由美子(司葉子)。通産省に勤める夫の宏(土屋嘉男)と待ち合わせだ。宏はアメリカの大使館の一等書記官の辞令を見せる。スピード出世で、いよいよ3週間後にはワシントン勤務だ。由美子の胎内には3カ月の命も宿っていた。二人は幸福の絶頂だった。宏は、部長のお供で、大臣の国会答弁用の原稿を作りに、箱根に行くと言う。由美子は、姉の石川文子(草笛光子)の団地を訪ねる。石川(藤木悠)と息子は自分のことのように祝ってくれた。
   由美子を駅まで送った文子が戻ったところに、由美子宛てに箱根から電話が入る。宏が交通事故で亡くなったと言う知らせだった。義兄に付き添われて、霊安室で、夫の亡骸と再会する由美子。局長(村上冬樹)と部長(伊藤久哉)が遺体に付き添っていた。
   官舎の集会所で、宏の告別式が行われている。明治貿易からひときわ大きな花輪が出ている。宏が、通産省輸出振興部の所属であり、加害者が商社だったことで気を使ったんだと噂をする宏の同僚たち。そこに、部長の藤原(中丸忠雄)と加害者の三島史郎(加山雄三)がやってくる。お前の過失ではないんだし、俺がお焼香すればいいんだと言う藤原に、それでは気が済まないのでと答える三島。果たして、京都から列席した宏の父親(竜岡晋)は、宏を殺したのはお前なのか、よく、顔を出せたものだと、烈しく罵られる三島。何も言わずに睨む由美子の眼差しが三島を責めた。
   帰りの車の中で、本当に武内常務に直接聞くのかと藤原に、頷く三島。武内(中村伸郎)は、無期限の自宅謹慎、裁判と補償が決まり次第、青森出張所に左遷と言う話を認めた。我々商事会社は通産省輸出振興部の顔色を窺わざるおえんのだと言う。実は三島は、武内の娘の淳子と交際していた。この件とは関係なく、淳子との婚約は私は認めんと言う武内。下宿に帰宅した三島を淳子(浜美枝)が待っていた。いつものように、部屋を掃除し洗濯をしてくれていたが、一緒に青森に来てくれと言う三島の言葉に、私は行けないと言う淳子。
   裁判が開かれ、今回の事故は、直前に起きたパンクによってハンドル操作が不可能になったことが原因であり、不可抗力によるものと認定され、無罪を言い渡される三島。その頃、役所の出納課で、死亡退職金の説明を受ける由美子と文子。胎児は5か月以上になると遺族年金の対象になるが、3か月なので、全く出ないとか、もし、再婚などで江田家の戸籍から抜けると、年金の受給権は無くなると、あくまでも事務的に説明をする係員。宏の死亡以来呆然自失の由美子は、文子に任せきりだ。
   その後、由美子が宏と待ち合わせた喫茶店で三島と待合せる文子と由美子。既に来ていた三島に、裁判はどうでしたかと尋ねる文子。無罪でしたと聞いて愕然とする姉妹。では慰謝料などは支払わないというのですかと尋ねる文子に、法律的にはそうでも、自分の気持ちとして支払います、ただ、サラリーマンなので分割にしてくださいと給与明細を出す三島。お金よりも、夫を返してという由美子に、先に帰りなさいと言う文子。月々1万5千円を10年間支払うことになったと、帰宅して石川に説明している文子。しかし、自分だったら支払わないかもしれないなと石川。お金なんていらなかったのにと由美子。
   由美子が中絶手術を受けている。麻酔が覚めると、病室の外に三島が立っていることに気が付き、目を背ける由美子。文子が戻ってくる。青森に転勤することになったので、連絡先をお伝えに来ましたと三島。帰ってもらって!2度と目の前に顔を出さないでと叫ぶ由美子。

  成瀬巳喜男月間最終日ということもあり、満員札止め、猛暑の中やってきたシルバー層が肩を落として帰っていく。

  山城新伍さんの訃報。代表作が「白馬童子」「仁義なき戦い」「チョメチョメ」という報道を見て、いろいろ考える。。テレビ司会者や映画監督としての山城新伍を思い出すに、代表作がないのがバイプレイヤー山城新伍の魅力かもしれない。東映京都撮影所のプログラムピクチャーのバイプレイヤーには、どんな映画でも毎回クレジットに名前が出続けることが凄いことなんだと思う。

2009年8月13日木曜日

黒い雨の翌日は、黒い雪

   ラピュタ阿佐ヶ谷で、昭和の銀幕に輝くヒロイン【第48弾】星由里子
   64年東宝稲垣浩監督『がらくた(462)』
  室町時代末期、1500年頃、泉州堺の街は、自由都市として繁栄を極めていた。そこの泥棒市場に一人の青年(市川染五郎)が現れる。インチキ博打を見破って土廻りの連中から追い掛けられるが身軽に逃げる青年。彼の顔を見た老婆の占い師(五月藤江)は、とてつもない幸福を得るか、その反対かどっちかと言う。自分は今、銭がないが、ありがとうと礼を言う若者。若者の名前は勘三郎。水呑百姓で、土一揆を起こした土蜘蛛だった。
   千束屋の主人(左卜全)が、盗人から南蛮渡来の砂糖を買っている。その後、勘三郎がやってきて、5貫目で自分を買ってくれと言う。せいぜい一貫目だと言う主人に、砂糖のことを訴人すれば一貫目貰えるだろうと言って脅し、何とか話を聞いて貰う。どういう所で働きたいかと尋ねられて、あまり口を訊かないですむところがいいと答える勘三郎。主人は、勘三郎を店の奥に案内すると、脚がない男たちが、籠を編み、盲目の男たち(天本英世)が石臼を押している。みなそれぞれ相応しい働き場所があるのだと言う主人。働く者たちは、皆土一揆で不具になったことを知る
  主人は、勘三郎を、元海賊で飛ぶ鳥を落とす勢いの豪商黄旗屋に紹介してくれた。その日、黄旗屋は、娘の蒔絵(大空真弓)の花婿選びの宴会が行われていた。公卿の木辻中納言(有島一郎)と、細川家の重臣で管領職の猪谷兵馬(中丸忠雄)、博多の海賊の倅小次郎(早川恭二)五郎次(野村浩三)らが呼ばれている。現主人の庄兵衛(田中春男)は兵馬を、先代の庄左衛門(小川虎之助)は中納言を血縁にしようと考えていた。蒔絵は、小次郎を含めた3人を競わせて自分のプライドを満足させようとする高慢な娘だった。更にお抱えの狂言師の宮千代(平田昭彦)にも、私の夫にはなれないけれど、私の好きな人だと思わせ振りな色目を使う。宮千代は、黄旗屋の下女お京(中北千枝子)と関係がある。当時、使用人同士の関係は不義だった。
    黄旗屋は、めでたい日で、使用人たちも酒を振る舞われ無礼講だった。新入りの勘三郎は、薪割り、水くみなど寡黙によく働いた。井戸の前で、薪を割っていた勘三郎は、お京を探しに来た、黄旗屋の次女の緑(星由里子)に出会う。思わず平伏す勘三郎だったが、緑は自分が飼う鸚鵡のルリの番人を命ずる。蒔絵は、小次郎に誘われ、庭に出るが、押し倒すことしか出来ない小次郎を池に突き落とす。
   勘三郎は、船頭の

    シネマート六本木で、日活シネマクラシックVol.2 継承 川島雄三~今村昌平
    55年日活川島雄三監督『あした来る人(463)』


   東宝平川雄一朗監督『ROOKIES-卒業(464)』
    2009年3月二子玉川学園高校の卒業証書授与式が行われている。私語、携帯メール、全く落ち着かない雰囲気だ。

    アートポート ジョー・マ監督『さそり(465)』
    刑務所の中を、失神した松島ナミ(水野美紀)を運ぶ看守たち。所内の庭に鎖で吊り下げられるナミ。明かりが消され、温度も下がっていく中、自らの死を確信するナミ。ナミの追想、大学の構内にいるナミの携帯が鳴る。恋人のタイペイからのメールだ。今日のパーティーの服装について尋ねるメールに、裸は?と返信するナミ。ナミと恋人のタイペイ(ディラン・クォ)が愛し合っている。今から父親と妹を迎えに行ってくる。パーティーの前に一緒に食事をしたいので、手料理を頼むと言い残して出掛けるタイペイ。カクテルドレスに着替えたナミが食事の支度をしている。そこにサディスストの鉄人と、ミニドレスがエロチックな星愁、メガネにスーツの男蒼狼(サム・りー)、赤城が現れ、タイペイの父親のラム教授を殺すのだと言う。更に彼らは、ナミがタイペイの妹を殺さなければ、ナミの前でタイペイを殺すと言う。タイペイたちが戻るまで、脅迫され続けたナミは、思考力が停止し妹を殺してしまう。タイペイは、ナミを逃がそうとしたため共犯者と疑われ、嘘発見器に掛けられた。釈放されたものの
愛するナミが父と妹を殺したと言う現実を受け入れることが出来ない。
    ナミの刑務所生活は地獄のようなものだった。雑居房に入れられた初日には、新入りへの挨拶として、激しいリンチを受ける。牢名主のダイユー(夏目ナナ)は圧倒的な腕力で恐怖支配していた。さっそく半殺しの目に遭わされるナミ。同室にロボトミー手術を受けた女がいる。彼女にひなげしの花を握らせるナミ。鬼のような刑務所長(ラム・シュ)は、恋人のタイペイに会わせてやるとナミの身体を弄る。所内での生殺与奪を持つ男だ。せっかく再会したタイペイは、ナミの首を絞めた。
    所内では、ジャック・ダニエルのボトルを賭けた女囚レスリングが行われている。所長たちの博打の対象だ。そこでもダイユーは圧倒的な力を持っている。ロボトミー女が、倒し方を覚えないとここでは生きてはいけないと呟くのを聞いて、腕や脚の動きを見つめるナミ。ダイユーの妹分は敗れ失神する。その夜、ナミはダイユーに復讐する。妹分の女を絞殺したのだ。荒れ狂うダイユーは、看病を命じていた女囚を殺害し、懲罰房に入れられる。激しい拷問を受けたダイユーに、所長は手を下したのがナミだと告げた。シャワー室にいるナミを、ダイユーと彼女の子分たちが襲い掛かる。死闘の末、ダイユー以外の女囚は倒したものの、ダイユーは強い。水の入ったドラム缶に押し込まれ、遂に窒息するナミ。助けようとしたロボトミー娘も同じドラム缶に押し込まれる。窒息死した娘の手からひなげしの花が落ちた瞬間、ナミの意識は戻り、娘の頭頂部を塞いでいる金属板を剥ぎ取りダイユーの首を掻き切るナミ。そしてナミは、刑務所の空き地のクレーンに吊り下げられたのだ。意識が遠くなりながらナミは「このまま死んだら、私のことなんて忘れ去られるだけ。まだ死ねない。恨みを晴らすまでは…。」翌朝、ナミの遺体は、看守たちによって、シートに梱包され、刑務所から運び出され、山の森の中に棄てられた。
   ナミの死体が入った包みを担いで、廃屋に運び込む男の姿がある。地獄から蘇った奴は、最強の武道家になると呟く男。

日本語吹替だと思い込んでいたら、広東語だった。シネパトスが日本語版、シネマートが広東語だったんだな。予告編の日本語吹替の違和感が気になっていたので、字幕でよかった気がするが、広東語も全編アフレコなので、水野真紀、石橋凌、夏目ナナもきれいに吹替られている。みんな香港の俳優のようだ。英語版もあるのだろうか(笑)。ともかく、日本語版と広東語版、どっちを見たかによって、少し印象は変わるかもしれない。シネパトスでも見るかどうか、少し考えてしまうが・・・。
   「さそり」は何度も作られてきたが、伊藤俊也・梶芽衣子版の凄さに自滅したものが多いと思う。そうした意味で、日本の映画ファン的な過度の思い入れのない香港映画人による換骨奪胎は少し成功していると思う。しかし、日本出資の香港映画。出来は決してよくはない・・。

   銀座シネパトスで、谷崎×エロス×アウ゛ァンギャルド 美の改革者 武智鉄二全集
   65年国映/第三プロ武智鉄二監督『黒い雪(466)』
   横田基地の前にある売春宿、英子(松井康子)の上に乗ったままの黒人兵(リカド・ヘモサ)。英子は手を影絵のキツネの形にして天井に映している。隣の部屋の天井の隙間から覗いている若者がいる。売春宿の女主人の息子の崎山次郎(花ノ本寿)だ。次郎は、宿の前の駐車場にあるタクシー乗り場にいつものように若い娘が立っていることに気がつく。娘の父親はタクシーの運転手で、毎日弁当を渡しにここへ来るのだ。娘が助手席に乗り込んでしまったので、売春宿に戻る次郎。
   英子が、「ちょっと!あんたさっき覗いていたでしょう。妬いてんのね、坊や」と言う。母親の弥須(村田知栄子)が「病気の雪枝ちゃんの代わりの若い女の子をおばさんが連れてきてくれたわ」と言う。おばの由美(水町圭子)は、米軍将校のオンリーでえらく羽振りがいいのだ。おばさんが雪枝に、あんたの病気はどの位かかるんだい?と尋ねる。口の中におできが出来たのだと雪枝。変わりに連れてこられた娘は皆子(滝まり子)と言った。幸江は、母親の部屋に移ることになり、幸江の部屋に、皆子の荷物を運んでやる次郎。「俺のことどう思う?」「最初は怖かったけど、イカすと思うわ」次郎と皆子がディープキスをしていると、自分の日本人形を取りにくる雪枝。腋の下に大量の天花粉をはたく雪枝。

2009年8月12日水曜日

戦争を知らないコド~モ、たっち~さ~♪

   渋谷シアターNで、34年レニ・リーフェンシュタール監督『意志の勝利(459)』
   1934年9月4日ニュールンベルグで、国家社会主義ドイツ労働党(ナチ党)の党大会が開かれた。ヒトラーの乗った飛行機が雲の上を飛び着陸、ドイツ国民の熱狂の中ヒトラーは降り立つ。ホテル・ドイッチャー・ホーフに向かう車はハイル・ヒトラーの歓声を浴びながら進む。第一次世界大戦で敗北したドイツが、二十年近い間に復興され、遂に民族的誇りを復活させる時が来たのだ。ヒトラーユーゲントたちのキャンプ場、農民たちの民族衣装による収穫祭、国家労働奉仕団、親衛隊、突撃隊……。ヒトラーは、ドイツ人は平和を愛し、従順で、勇敢であれと演説をする。政権交代の時代は終わり、優れた指導者のもと、民族を国家を統一し、全ての自由と平等を実現するのだと言う。6日間の党大会の最終日は、ヒトラーの演説の後、ヒトラー万歳、ヒトラー万歳という大歓声に包まれる。ルドルフ・ヘス副総裁の、うわずった「ヒトラーがドイツだ、ヒトラー万歳、勝利万歳」と言う叫びを延々と繰り返すドイツ人たち。
    単にプロパガンダ映画と言うレッテルを貼るのではなく、ドキュメンタリー、ドラマ問わず映画は、いや、ジャーナリズム、アート、全て人間が作り出すものは、作者の手を離れてメッセージを持ち、プロパガンダの道具になる。作品に罪があるか否か、作者に罪があるか否かと言った二元論ではなく、受け手のリテラシーの問題だろう。そう考えると、不完全で、進歩のない我々は、過去の沢山の事例を見て学習する必要があるが、果たして判断できるようになるんだろうか。
   今更のような禁断の映像の教科書と言うより、テレビで流されている日常的な、既視感のあるただのニュース映画。民族、国家、国民、一体感、誇り、屈辱、威信、忠誠、周りに溢れている言葉の数々だ。誰もが、いつでも、どこでも作れてしまう映像時代。その映像を見ている時の自分が、高揚感を感じていないとは自信を持って断言出来ない。

   ラピュタ阿佐ヶ谷で、武満徹の映画音楽
   68年東京映画小林正樹監督『日本の青春(460)』
   井の頭線が渋谷に着く。吐き出される沢山の人々。ラッシュアワーの通勤客の中に、主人公の中年男向坂善作(藤田まこと)がいる。女性インタビュアーが、あなたは蒸発したいと思ったことはありませんか?とマイクを向ける。向坂は左耳が全く聴こえず、右耳も補聴器が無ければ聴こえない。補聴器のイヤホンを耳にはめ直して、逃げ出したいと思ったことはないと答える。結婚生活と家族構成を尋ねられて、結婚20年、妻に一男一女の4人暮らしだと答える向坂。朝から、肩を丸め、重い足取りで歩く向坂。ナレーション(三島雅夫)に突っ込まれ続けている。
   向坂は、小さな特許事務所を開いている。事務員の金子和夫(橋本功)と平山妙子(水木梨恵)の二人は、所長の耳が悪いのをいいことに勤務時間中にも関わらず、応接室で抱き合っており、5時前には帰ってしまう。結局向坂一人残って仕事をしている。
    戦時中大学生だった向坂は、友人の大野久太郎(田中邦衛)と、神宮で学徒出陣式に出席し、下宿先に帰ってきた。そこの娘の芳子(新珠三千代)を二人とも好きだった。詩を読む大野。そこに郵便屋がやって来る。大野への赤紙だった。国家って何なんだと頭をかきむしる大野。
    あれから23年が経った。帰宅した向坂を待っているのは、食事をしてくるのであれば、電話して下さいと文句をくどくど言う妻の美代(奈良岡朋子)だ。妻の切りがない愚痴に、時々補聴器のイヤホンを外す向坂だ。長男の廉二(黒沢年男)が、予備校生のくせに大学に進むのを止めようと言い出したので、お父さんからピシッと言って下さいと言っている。廉二も、妹の咲子(菊容子)とも会話は噛み合わない。
    廉二が、予備校で模擬テストを受けているが、何も書いていない。横の女(酒井和歌子)が、落とした消しゴムを拾って貰えないかと声を掛けてくる。廉二は無視をし続けた上に、自分で落としたんだから、自分で拾えと言う。言ってから、言い過ぎたと反省して答案用紙に謝罪の言葉を書いて投げる廉二。休み時間、改めて謝ると、鈴木真理子だと名乗った。同じ一浪だと分かり、親しくなる二人。
     ある日、外出先から向坂が事務所に戻ると、発明家の遠山正介(花沢徳衛)が、痴漢撃退用の女性下着を持ち込んで、金子と平山に説明している。痴漢に遭った際に、ボタンを押すと強力な悪臭が出ると言う。向坂が、君は使うかいと尋ねると、痴漢と交際したほうがいいですと平山。
    金子が、そういえばお客さんに連れていかれた銀座のバーのマダムが、事務所の名前を出したら、所長の向坂さんが知り合いかもしれないと言っていたが心当たりはないかと言うが、英芳子に記憶はない。ひょっとして、この詩を読めば思い出すかもと言ってメモを読み出すが青臭い詩を聞き流す向坂。しかし、突然大野が読んだ詩であることを思い出す向坂。
   続いて向坂にも赤紙は届く。下宿最後の夜、空襲警報が鳴り、向坂と芳子は二人になった。向坂は、芳子に、高槻に入隊する前に、名古屋の大野の母親を尋ねるが、実は米軍機が撒いたビラに名古屋の空襲予告が出ていたので、死亡偽装して入隊しないのだと告白し、接吻をする。

    京橋フィルムセンターで、特集・逝ける映画人を偲んで2007-2008
    89年今村プロダクション/林原グループ今村昌平監督『黒い雨(461)』
    この映画のストーリーは、改めてきちんと書きたい。モノクロの映画で、広島原爆投下後に降った黒い雨を浴びた高丸矢須子(田中好子)と叔父の閑間重松(北村和夫)シゲ子(市原悦子)夫婦、最後の重松の言葉「あの山に虹が。不幸の象徴の白い虹ではなく、5色のきれいな虹が出たら奇跡は起きる。矢須子の病気は治る。」。
   普段なら、人間の皮膚の毛穴や、汗や垢や目脂、耳糞鼻糞をこれでもかと見せる今村昌平が、淡々と描く人の生き死に、打ちのされるのだった。キャンディーズ美樹ちゃんファンの自分にも田中好子、スーちゃん切ない。